第81話 クリーンヒット

期末考査も無事好調に終わり、いよいよ夏がやってきた。梅雨の間の贅沢な通学の影響で、若干ではあるが全員太っていた。毎日体を張った通学をしていたはずが、いきなりやめてしまえばそうなるのも仕方がない。

ならばそれを早く取り戻そうと、空いた時間にはなるべく体を動かすようにした。

ちょっとした部活動のような生活をやってみて、1週間もしないうちに効果が現れ始めて安心したのは5人ともだった。


ある日行われた体育の授業、種目はハンドボールだった。激しい日照りによってかなり暑くなり、少しでも涼むために休憩中はみんな建物の日陰になる部分で座っていた。

そこに5人と言わずみんな並べば体温で暑くはなるが、陽のあたる場所にいるよりは全然マシに思えた。

当然だがこんないい天気でジャージを着る者は一人もおらず、その代わりに様々な日焼け止めの匂いが、誰かの近くを通る度にほんのり感じられた。私の日焼け止めは夏らしいマリンフローラル仕様で、パッケージにも海のような青が彩られていた。

数分待つとすぐに私たちの試合の番がやってきた。今日も当然のように5人でチームを組んでいた。みんなハンドボールはそこまで上手ではないが、相変わらずの女子としては高い身体能力を活かして楽しんでいた。

そんな私のその日のお楽しみ体育はすぐに終了してしまった。


私が今保健室のベッドに居るのは跳ね返ったボールが当たったからである。それもよりによって、今ひんやりとしている脚の付け根のド真ん中に。幸い強烈な当たり方ではなかったので、自らの足でここまで来た。ソワソワして落ち着かないが、ちょっとは良くなった気がしてきた。

今現在女子だから全く問題がないという訳では無いと思うが、少し前まではそこが急所であり、男性としての特徴があったのだ。それだけに何か起きる気がしてならなかった。

一時安静を余儀なくされて体育の授業への復帰は叶わなかったので、4人が心配しているのではないかとばかり考えていた。

予想通りと言うべきか、授業終わりの時間に4人で会いに来てくれた。落ち着いたら教室へ帰還するとだけ伝えた。みんな教室に戻ったかと思えば、友人の一人がわざわざ制服と制汗剤、タオルのセットを持ってきてくれた。自分が着替えるよりも先に、私が快適に授業に戻れるようにと気を遣ってくれたのだ。


その友人が時間を見て慌てた様子で教室へ戻った後、ちょっと休むだけで痛みは収まったものの、私に一抹の不安が過ぎった。

結局この日はここで早退させてもらい、自転車はそのままにして電車に乗った。帰宅したわけではない、私はその足でクリニックに向かったのだ。微かに感じる、不思議な感覚の正体を確かめたかった。

帰宅して着替えてから行っても良かったのだが、私が立派に女子高生として生きている姿を見せたくていつも制服で行くことにしていた。

クリニックで事情を話して診てもらったが何の異常もなかった。ほっとすると同時に、無意識に山なりに成長した胸を撫で下ろしていたかもしれない。

先生は私が何を不安に感じていたか、詳しく話さずとも理解してくれていた。だから今後の生活にも、女性としての身体の方にも一切支障はないと断言してくれて本当にありがたかった。

私が感じていた不思議な感覚は、私に男性としての要素があった頃の記憶から呼び起こされたものの可能性が高いと言われた。確かにそう言われると、既に身体中のどこも痛くも痒くもなかった。病は気からというように、私が不安だと思ったからこそ異常な感覚が引き起こされたのだろう。

結局いつものことながら、治療や診察というよりはお悩み相談によるメンタルケアをしてもらった。決して無駄ではなく、私が生きるために重要なことなのだと思う。


次の日、少し迷ったが5年も共に同じ制服に身を包まれ、素の私を知る友人達には知っておいてもらいたいと思って昨日あったことを話してみた。

すると友人のひとりがおもむろにスカートの上から擦って、ヨシヨシ痛かったねと幼稚園児に話すようなトーンの冗談を言ってきた。

その瞬間私もふっと力が抜けた気がした。確かに重要なようでほんの小さな悩みだった。ボールが当たるくらい、怪我さえなければ大したことはないはずだ。そう気づかせてくれたのは、私の話を聞いて目の前で笑っている4人の友人だ。

今はまだ思春期真っ只中で、こんな事を何度も繰り返すかもしれない。それでも素直な気持ちで向き合ってくれる存在は何よりも大事なものだと思えた。


この日のハンドボールでは、前日の憂さ晴らしのようにゴールネットにクリーンヒットするシュートを連発することが出来て大満足だった。

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