第74話 スタートライン

4月の始まりは新しい年度の始まりである。

思えば1年前の私は高校入学を間近に控えていた。ピカピカだったこの制服も、今では少しずつキズやテカリが出てきている。

そんな懐かしい思いに浸る今日、入学式の係員として学校に来ている。もちろん5人揃っている。

春休みの自習会の最終日に、担任から人が足りないから来てくれないかと声をかけられてやることになったのだ。こういったことは面倒くさいと思って断る人の方が圧倒的に多いと思うが、せっかくの機会だし色々経験しておきたいという理由だけで参加を決めたのだ。

こうして私たちの高校2年生の生活がスタートした。


業務内容としては、それぞれ1人または2人のペアになって誘導と案内、新入生が入る前の各教室の整備を務めた。

私は式の前に受付に生徒会のメンバーに代わって入り、式が始まる時間にはその受付の場所に座って待機した。各業務を終えた友人達もようやく戻ってきて、一時の休憩時間へと入った。

式が終盤に差し掛かり、校歌が流れ出すと同時に次の業務へと向かうべく忍び足で体育館を後にした。


次の業務は、それぞれ1人1教室ずつに散らばって配布物を教室に移送し、その後タイミングを見て生徒用の名札を配りに行くという重要なものだった。

今回のボランティアにはもちろん私たち以外の生徒も参加している。見たことのある顔ばかりなので恐らく同学年だ。人数多かったね、びっくりした。と、私たちに話しかけてきた子と配布物を取りに行くまで6人で静かに談笑した。

2往復で配布物を運び終え、いよいよ新品の名札をとりにいった。学年カラーをベースに英語横文字で書かれた学校名のバナーの下に、漢字フルネームで名前が書いてあった。

知ってる名前など1つもなかったが、私と同じ下の名前の子がいて親近感が生まれた。

そのまま教室へあがり、名札の配布を告げられるまでドアの横で待機した。教室内に名札と同じ数の40人を超える男女が、みな緊張した面持ちで椅子にくっついていた。

見ているこちらも絶対に落とせないと思うと、ひっくり返すことさえ許されないトレーを持つ手に手汗が走っていた。


いよいよ名札の配布を告げられ、保護者と生徒が見つめる中教室に入り、教卓の端にトレーを置いた。このクラスの担任の先生から、ではお願いしますね、と言われて一瞬困惑したが直ぐに配布が始まった。

どうやら先生が名前を読み上げ、前に来た生徒に私が1つずつ手渡すシステムのようだ。そんなことは聞かされていなかったので緊張したが、先輩らしく一人一人におめでとうと声をかけながら渡し、無事に赤いトレーは空になった。先程見つけた同じ下の名前の子はどうやら女子生徒のようだった。

配布が終わるとそのまま戻るのかと思っていたが、先輩から一言お願いしていいかな、と話を急に振られて再度緊張が走った。

何を話したかなんてもちろん覚えていないが、拍手喝采が起こって嬉しかった記憶はある。

担任の先生からも私の言葉のあとに、こんな素敵な先輩も居ます。と言われて思わず頬が緩んだ。


ここで私の役目は終わり、待機場所の職員室へと戻った。既に友人含むボランティアメンバーの半分は戻ってきていたので、ほかのクラスの状況を聞いてみた。やはり私と同様に名札配布補助と一言話をお願いされたようだ。全く聞かされていなかったことで本当に緊張したと口を揃えて言ったが、これも貴重な経験だと思えた。

体育館の片付けは部活動生がやるので、私たちは早くも解散となった。むしろ早く帰らなければ混雑に巻き込まれるだけなので、スグに出なければならない。

ボランティアだと思っていたが、最後に1人ずつクオカードを手渡されてかなり嬉しかった。初めて自分でお金を稼いだような気がした。


友人が生理きたかもと渋い顔でトイレに駆け込んだことで、見事に1年生が帰る時間にぶち当たってしまった。笑顔で保護者や友人と話しながら歩く姿を見てちょうど1年前の私たちを思い出していた。1年前に写真を撮った正門前を抜けようとすると、後ろから声をかけられた。

聞いたこともない声だったが、顔を見るとスグに思い出した。そこに居たのは先程名札を配った同じ名前の子だった。

150cmくらいの小柄な彼女から、さっきの先輩ですよね。私同じ名前なんです。よろしくお願いします。と胸いっぱいの希望を込めた明るい声で言われ、思わずよろしくね、頑張ろうね。と返しながら頭を撫でていた。

保護者は申し訳なさそうにペコペコしながら私を見ていたが、本当に嬉しかったので気にしないでほしい。


駐輪場を出て、私たちはランチへと向かった。私たちの素敵な先輩としてのスタートを祝して、オープンしたばかりのレストランへと急いだ。

みんながみんな、スタートラインを超えたばかりだ。

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