第73話 フラペチーノ
短い短い春休みに入った。その間は授業こそ行われないが、部活動非加入の生徒を対象に自習会が行われる。三者面談の期間にも同様の自習会があったので面倒だとは思わなかったし、むしろ大好きな学校に来て友人にも会えるので楽しみですらあった。
クラスメイトで数人サボっている人もいたが、私たちは毎日欠かさずに参加した。私の属するレベルのクラスは全部で3クラスあり、互いの教室間であれば移動も座席も自由だった。そのため隣のクラスの友人2人を呼び寄せて5人で自習した。
自習と言っても先生への質問や生徒間のちょっとした会話も自由で、こちらとしてはかなり気楽な時間だった。
そんな自習会も毎日午前中だけで、午後はそのまま遊びに出かけていた。昼食は基本的に学食で済ませてから出かけるようにしていた。
そんな春休みの1日、この日も自習会を終えて昼食を食べると遊びに出た。
身体を動かしたい気分だったので、近くのボウリング場へ向かうことにした。制服でのボウリングは久しぶりなので、スカートが捲れないように注意しなければならない。
すると、この日の自習会をサボった同じクラスの男子5人が偶然にも隣のレーンにやってきた。彼らもまた、昼食後にボウリングしに来たようだ。
彼らは制服姿の私たちに気づくとスグに気まずそうな顔をして、担任には黙っててと頼んできた。
そもそも担任に密告する気など全くなかったが、ここは1つ私たちなりにお遊びに出た。
いいけど私たちに勝ったらね、負けたら密告しちゃうからね。とわざと勝負をしかけ、男子vs女子のボウリング対決がスタートした。男子達はハンデの量を相談してきたが、私たちはハンデなんかいらないと返した。
ハンデなしで負けたら恥ずかしい。男子達はそう思ったらしく、本気の勝負が繰り広げられた。
ルールは簡単で、それぞれ全員のスコアの合計で勝敗を決めるようになっていた。
無理ないフォームでストライクやスペアを惜しみなく取る私たちに対して、男子達は出来もしないカーブで苦戦し、3投目で既に50点もリードしていた。このまま勝負あったかと思われたがここはさすが男と言うべきだろうか、ストライク連発で一気に逆転されてしまった。
しかし、ここでめげないのが私たちだった。
猛追にも動揺せずに無理のない投球を続け、最終的に逆転勝利を収めた。
約束通り私たちは担任に密告すると宣言してみた。それを聞いた男子達は笑いながらも黙っておくように嘆願してきたので、近くのカフェでドリンク1つずつご馳走してもらうことを条件に黙っておくと言い、自転車を押しながらカフェまで同行させた。
この時に飲んだフラペチーノは特別な味だったと思う。普段は何も気にせずに飲食している私たちが、男子の前ということもあってかこの日は上品にちょっとずつ飲みものを飲んでいた。
実はこの5人の男子は私が元男子であることなど知らないし、知る由もない。もっとも高校に入学してからは、小学校ぶりの再開となった友人以外に私の事情を話していない。だから私はいつも以上に振る舞い方に気を配っていた。
そんな私のいつもと違う様子を4人はすぐさま見抜いていた。男子達とも別れた帰り道に、あんなに気配らなくても、自然な姿で十分だから力抜いていいんじゃないかな、らしくないよ。と言われて目が覚めた。私も気づかないうちに、私の自然な立ち振る舞いはすっかり女の子になっていたようだ。
私としてはそうなることが本望だったので嬉しかった。
これまであまり気を配らずにすごしたこの日々のなかで、果たして私は女の子らしく生きられているだろうかと不安になっていた。そんな不安を無くすかのような友人の言葉だった。これからは何も意識せずに振舞ってみようと決意し、改めて友人に感謝した。
さっきは緊張で味のしなかったフラペチーノを家の近所のお店で、夕と夜が入れ替わる空の下で、今度は私の奢りでみんなで味わった。
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