第29話 予想外な出会い

季節は6月に入った。梅雨と呼ばれる時期の割に今年はまだそこまで雨が降らない。

ある金曜日の放課後、先生にこの後校長室に来るように言われた。悪い事をした覚えなんてないが、校長先生直々に話しがあるのならよほど大事な用なのだろう。

この後塾もあるので長引くようなら引き揚げようとすらこの時は思っていた。


校長室の戸を叩いて中に入ると、見知らぬ女子生徒と保護者がいた。

校長先生は私を見るなり、彼女が説明の際にお話しした生徒ですと2人に説明する。私は困惑したが、ほどなくして事情を聞かされた。

この女子生徒は私と同じく生物学上は男性にあたる。

つまり私と同じく女子生徒扱いで女子学生服を着て通っている男の子なのだ。見た目からは男であることなんて一切分からない。

彼女は今年入学した1年生だ。元々小学校の時から女の子になりたいと思っていたそうだ。

そんな彼女に立ちはだかった中学校入学時の制服と性別の壁。その壁を打ち破ったのは私だと校長が言う。


今年度の新規入学生に向けた中学校の入学説明会の時に、校長自ら多様性という項目で私の例を挙げて話をしたらしい。

性差に悩む男の子が女子生徒として通えること、もしくはその逆もありえます。当中学校ではそういった事も受け入れます、と話したそうだ。

その話を聞いて即座に女子生徒としての入学を希望したのがこの親子である。

私としてはむしろ大歓迎だったし、この子を1年間という短い間ではあるが支えてあげたいという気持ちになった。

校長先生も同じく、この子が無事学校に通えるように支えてあげて欲しいという気持ちで私に紹介したようだ。

こうなれば今日の塾は欠席だ。両親に遅くなると、塾には欠席すると電話を入れた。


私はその子に女子生徒としての心得と私の女子生徒としての経験を事細かに話した。幸いこの子の周囲も理解をしてくれているようで、既に女子生徒の友人も居るという。

私と唯一異なるのは、この子が入学式から女子生徒であるという点だけだ。

結局20時になるまで話し込んでしまった。彼女は入学してからの2か月で自信を無くしてしまっていたらしい。それは部屋に入った時に見た、明らかに猫背になったジャンパースカートの上半身部分からも読み取れた。

しかし、私が話した後の彼女の顔は晴れやかだった。やはり実経験のある私の話は説得力があったのかもしれない。

あなたは3年間ここで女子生徒として過ごしていいんだよ。何も間違ったことなんかじゃないんだよと最後に伝えてあげた。


帰る前に保護者の方から、せっかくだからツーショットを撮りましょうと提案された。親戚の子の時と同様、私なりの最高の笑顔で写った。

この子とはこの日を境にすっかり仲良くなったし、休み時間中にあった時は軽く会話を交わすようになった。

月1回の私の個人面談も、この子とこの子の担任を交えた4人での面談に様変わりした。

後日保護者の方にお会いした際、あの子を救ってくれてありがとうと感謝された。

しかし私があの子を救ったのと同じくらい、私もあの子に救われていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る