2.1.0 ”Limited“
シバが開けた穴は人一人分ほどが通れそうな空洞になっていた。
そこは〝
そのまま開けた穴を通らんとするシバを制して、ラックが先んじてその穴に腕を伸ばす。しばらくして、そのままズカズカと穴の奥へと進んでいった。彼にとっては穴は小さかったかもしれないが、通る分には問題なさそうだ。
「……
危険であった〝
〝
ラックが右手でシバの後ろを手招きすると、穿った穴からゆっくりとバイクが通り抜けていった。そのままふらふらとラックの元まで近づく。まるで猫のように、傷んだ箇所を毛繕ってほしそうに機体を擦り寄せていた。不調なのは変わらずだが、自立走行するのは問題ないらしい。しかしこのまま乗って移動することはこれ以上難しいだろう。
一つ、バイクの機体を撫でてから、ラックはシバに提案する。
「申し訳ねぇですが、ここからは足で歩きやしょう」
シバには否定する理由がなかった。ゆっくりと、まだ見ぬ〝
妙な静かさが二人を包み込む。トラックもだいぶ見えなくなってきた。道は続いていく。単調に、一寸も曲がることは無く。道を照らす街灯が等間隔で配置されてなければ、進んでいることもわからないほどだっただろう。道の先には
「…………」
「……たんま。なんか、やっぱおかしくねぇか?」
シバはバイクの主に止まる様に指示する。バイクは主が立ち止まったのに合わせて、その動きを止めた。
「違和感、ってやつですかい……えぇ、このラック様にもヒシヒシと感じ取れやす」
「一応聞くけど〝
その問答にラックはすぐに頭を振るった。
「次なる〝
「あれが門で、瞬間移動した……にしちゃあ、そもそもこの道が続いていることがおかしいしな」
「事実あそこでは水を含むモノは完全分解されてやす。この左腕がまさしくそうでした。仮に『水を消し去る門』ではなく『水以外を運ぶ門』だとして、これもまたラック様の左腕が違うと証明してやす。今はここに、運ばれることなく繋がっている」
一概に同意はできないが、その線も違うようだ。
ラックはまじまじと自分の左腕を見つめる。ゆっくりと、手のひらが開閉できる程度には動かせるようだ。それでも満足には動かせず不自由がありそうだ。改造済みとはいえ、じぃっと見ていても痛々しいのが伝わってくる。
あれこれと考えるのはシバの性に合わない。ため息を一つついてから、再び歩みだす。
道は真っ直ぐ続く。街灯だけが頼りに、暗い高架線を照らす。月は明るいが、どうも光が足りていないようだ。
繰り返される直線。きっと、そうだったのだろう。だが、次第にシバが奥で見えてきたのは、それではなかった。
「……今度こそ、ストップだ」
やはり元々の<
『――……あれが<
ハッチに教えてもらったのは二度目の転生を果たした時だった。シバもそれを目にするのは久しぶりである。四度目であるこの<
「なんですかい、あれぁ?」
ラックは目を丸くして遠くを見つめていた。彼にもきちんと見えているようだ。<
「<
「ゲンカイ……? それに、セカイの端、だと…………?」
始めはそのような反応をするも無理はない。シバだって嫌でも教え込まれなければ理解できたものではなかった。ラックは転生した自覚はあるだろうが、この<
気づけば、周囲のほとんどが闇に包まれていた。後ろを振り返れば、きちんと先程までの景色が映し出されていた。<
「詳しくはねえが、おそらくそのはずだ。底なし沼だと思えやいいよ」
「姐御……っ」
「とりあえず、ここは少し危険だな。一度引き返して――」
振り返ったシバの視界に、闇が広がっていた。
「――――っ!?」
闇が濃く、暗く、黒く塗りつぶされる。それががたいの大きな人影だと気付いた時には、彼は黒い腕によって掴まれていた。
「<
『何って……ついでに「これ」を更生しているだけだが?』
さも当たり前のことのように黒髪の女神は豪語する。
<
「…………ッ」
ラックが言葉にならない声を挙げる。そのしかめる眉間が、スキンヘッドの頭が、掘りの深い顔全体が、落書きされたように塗られていく。モニターへとヒビが入ったかのようにランダムな線が走って、ラックの頭をビリビリと小刻みな線を描いていく。
転生者だけが逃れられたはずのノイズは、今、ラックの頭上にしっかりと表れていた。
『当の転生者に知られたら不都合な情報は消さねばならない。これも<
しばらく見ていなかったと思えばこの様だ。
<
それで立ち止まって眺めていられるシバでもなかった。
咄嗟にハンマーを振りかぶったシバを目視するも、<
「離し、やがれ……っ」
『……興冷めだ。成り損ないに従う道理は、無い』
<
そのまま、指がハンマーを絡みつくように伸びていく。それが幾重にもハンマーを掴んでは、ゴミを投げ捨てるように振り払った。
ハンマーを両手で握っていたシバは雑にあしらわれたまま、その身体を闇の奥へと飛ばされてしまう。
『……ああ。すっかり伝えようとしていたことを忘れていたよ。…………確かに、そこは<
それはシバにとって災難であった。
投げ飛ばされた先。そこは壁も地面もない、<
『≪
ふわりと、身体が宙を舞う。
視界がスローになって、何か手はないかと必死になって情報を集める。それも、無駄な抵抗だと理解することはそう難しくない。こればかりは、シバでは何も手が出せない。
ふと、大男が苦しむ姿が目に映る。散々手伝ってもらった挙句、こちらを庇った彼をシバは一度も助けることができなかった。頭を抱える彼へ手を伸ばすには、あまりにも遠い。遠すぎた。助けることも、助けを請うことすらもできない。今のシバはとても無力だった。
「…………ッ」
「ラック――っ!!」
地表よりも下へシバの身体が沈む。実際は崖から離れたように落下していた。<
視覚からの情報が<
『…………についてだが……報告、は…………いらぬぞ――』
自由落下は止まらない。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちていく。
ひたすらに、シバは落下する。
見えない<
くそったれな<
それでも自由落下は止まらない。
空気が薄くなる。落下による血流不全の失神か、<
背中を下にしたまま、シバの落下は留まることを知らない。
長く白い髪だけが、黒の<
『………………』
風はまだ身体に覚えていた。自由落下はまだまだ止まらない。
耳鳴りが脳裏をつつく。痛みはわからない。あったかもしれないが、とうに朦朧としていた。
自由落下は延々と続く。
落ちて、
落ちて、
落ちていき――
――ドシンッ、
一つ。遅れてもう一つ、さらに重々しい音。
「………………」
シバの身体に、衝撃を覚えた。
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