2.0.9 fire wall
ミッドナイトタウンと呼ばれるにはいくつかの理由があったという。
元々はそこまで栄えていないとある町の開発地だったようだ。その後
それがいつしか、ヒューマロイドにとってミッドナイトタウンは人を閉じ込める監獄へと変えてしまった。
「誰もがミッドナイトタウンに行きやした。郊外では願いが叶う、なんて噂もされてやした。ですが、現実はこの通り。何でもできるのは
そして
「言ってることとやってることが矛盾してやがる」
「
信号がない大通りの交差点をまっすぐ抜ける。全自動の世に信号は不要なのだろう。ラックのバイクが通り過ぎてから、後ろで急ブレーキ音がしていた。
「なるほどな。んで、その話と脱出する手助けってのがどう繋がりあるんだ?」
ラックはこの街を抜け出したいと言っていた。そう発言するのも無理もない。確かに、この街にいたところで人の扱いがああでは碌なことはないと想像に容易い。シバだってこんな現状を目の当りにしたら居ても立っても居られないほどだ。しかしそれだけのことであれば、誰彼構わずすぐに実行すればいいだけのことだろう。
不思議そうにラックが顔だけで振り返り、すぐ納得したように「姐御はまだご存じじゃあなかったですかい」と運転に集中する。
「ミッドナイトタウンは入る者拒まず。ですが、出る者は鼠一匹すらおろか、許されたことは一度もない」
「……そいつもまた、最悪だな」
あの頑丈さと執拗さを兼ね備えた
「…………噂をすりゃ、ヒューマロイド様のお出ましだ」
バイクの前方。進行方向にヒューマロイドが二体いた。立ち塞がるというよりは互いに道を挟み込んだ形で配置されている。少し奥を見れば、そこがゲートのような形状をしているとわかる。そのゲートには格子が下ろされており、このままでは進むこともままならない。彼らは門衛のようなものだろうか。
運転中のラックも気づいているはずだ。にも関わらず、バイクの進路は変わらずであった。近づいたあたりでそのヒューマロイド二体ともが道路の中央まで移動しては、頭の赤いランプの照準をしっかりとこちらへ向けた。
『――警告。ココカラ先、一般ノ方ハ、通行止メトナリマス』
『――通行証ヲ提示シテ下サイ』
素直にラックはそのヒューマロイドの前でバイクを止める。
先の話とは少しだけ異なるのも近づいてすぐに納得がいった。ヒューマロイドだが、ここを管理しているのはあの
だからと言って別のヒューマロイドに安心できるわけでもない。このヒューマロイドは装甲内から鈍色の長物を備えつけていた。チラリと複数の銃口のようなものも見える。強行するのは良くないとシバでも判断できた。
手慣れた手つきでラックが一枚のカードをヒューマロイドの一体に差し示す。ヒューマロイドはくるくると自前のレンズを回し、数刻の後にそのカードを手放した。軽快な音が鳴り、ヒューマロイドがバイクから離れる。ラックも何事もなかったかのようにハンドルを握り、そのゲートをくぐり抜けていく。
「……なんだったんだ、今のは」
あのヒューマロイド達が切符切りのような、有料道路を通過する一連の流れを体験したようでもあった。
「いくつか、乗り越えなければならない壁がありやす。脱出に要するルートを阻む分厚い
「流通があるってんなら、ここでの脱出がそこまで難しいとは思えないけどな。それを聞いただけでも、荷に紛れ込んで隠れて過ごすなり、無理くり突破するなりいくらでも考えられそうだ」
それが今までラック一人ではできなかった。何やら一難癖ある仕掛けがあると思って間違いないようだ。
「順を追って話しやす。手前に出てきた〝
「へえ、そいつはありがたいな。っつーても、他はそう上手くいかないんだろう?」
ご明察通りとも言いたげに、ラックは大きく頷いた。
「〝
「生態認証付きってことか?」
その問いかけはすぐに首を横に振るって否定された。
「それが生物である限り、無事には絶対になりやせん。〝
「……ようわからんが。それ、流通の中身も影響受けるんじゃねえのか?」
「
流通で挙げられるものの中で影響力が大きいものといえば食物の確保だ。環境によって得られないものを外界から輸入するのが流通を要する仕組みとなる。
しかしミッドナイトタウンに住まうヒューマロイド達には食料はそこまで必要としないらしい。最低限を街の中で賄えることができれば、流通周りが無機物だけとなっても支障をきたさないのだろう。
だが、確かにヒトは街の中へ入り込んでいると言う。今の話を聞いた限りでは〝
「理想は、そのルートを見つけて逆方向に行くこったな」
「ええ。ここから先も、姐御の力をお借りしやす。大方の怪しい候補の目測はつけておきやした。逆走となれば、規律から脱することを極端に拒むヒューマロイドにとっちゃあ目の敵になるでしょうぜ。もしかせずとも、多少の荒事が必要になりやす」
「そこからは俺の出番、ってわけだ」
車線数が増した道路はかなり広々としていた。それでも通りかかる車が大きいせいか、無駄に広すぎるといったほどではない。トラックは大型コンテナを積んだものが多くなってきたようだ。これも交易路が近しいからだろうか。
ラックのバイクが大きく右へと曲がる。中央線を越え、敢えて対向車線へと入っていく。向かい合う車が猛スピードで突っ込んでくる最中、その隙間を縫って進む。ブレーキ音がありとあらゆる方向から飛び交う。
遠くでバスのようなものが正面に見えた。ラックは直前でバイクを跳び上がらせ、通常の車へとよじ登る。そのまま飛躍し、バスごと飛び越えていった。着地の衝撃はあるもの、機体にはさほど損傷するものでもないようだ。
「……おいおいおい、不味いだろ」
目の前の大型トラックが、牽引する二台のコンテナごと横倒しにこちらへと倒れかけていた。飛び出したバイクを認識した上での咄嗟の挙動だろう。ブレーキの制御が利いてないようだ。このままでは通り抜けるよりも先に圧し潰されてしまうだろう。
「――――っ!!」
ラックが大きく機体を左へと横に倒す。バイクはその状態で搭載されたジェット噴射で加速を始めた。膝が擦りむかんとするほど道路と近づく。一瞬触れたかもしれない。
シバもただそれを見ているだけにはいかなかった。ハンマーを左手に持ち替え、投げ込まんとする勢いでコンテナを撃ち返す。それができないものだと思いつつも、一歩でも倒れるのが遅れればと殴った。
トラックはその衝撃を受けて、一瞬だけ浮き上がる。シバの殴打の方が力が勝った。バイクは体勢を横倒しのまま、コンテナと地表との合間をすり抜ける。遅れて、コンテナが壮大に崩れる音が響いた。
「――まだだっ」
「……ッ!」
前方から押し寄せてくる車の数は相当であった。バイクは不安定な体勢を起こすも、それを避けんとするあまりに車体がふらつく。何とか整ったかと思えば、目の前の大型トラックが再び正面からこちらへと突っ込んできていた。
クラクション音が喧しいほどに前方から飛び鳴ってくる。遅れた音が反響するように耳を震わせる。ラックはドリフトをかませながらバイクにブレーキを利かせるが、それでも避けるまで押し留まろうとするのは難しい。
そのブレーキがかかる慣性に合わせて、シバは上体をラックの上へとさらに乗りかかる様に飛んだ。バイクからつかず離れず、シバの方がバイクよりも少し前方に出る。ハンマーを持ち替え、正面衝突しそうなそのトラックのフロントに向けて横に薙いだ。
「……これで、どうだっ!」
殴った衝撃によってバイクごと回転の力が加わる。数回転ほどしてから持ち堪えるようにラックはハンドルを切り直し、安定するまで機体のバランスを取り戻す。
猛スピードから生じた回転の力は大きく、支えの無き今シバはバイクの主から引き剥がされてしまう。
「――――っ。……ってえな」
幸か不幸か、壁が近くにあったためそう遠くまで飛ばされることは無かった。受け身を取ったのもあり、骨が折れる惨事にまでは至らなかった。ハンマーを地面に当てて立ち上がり、歩行にも支障がないことを確認する。
見渡せば、何やら光放つ壁のようなものが目に映った。嫌でもそれは煌々と視界に入るだろう。形状は門のようであり、それが〝
「姐御、無事ですかい……? こいつが例の〝
ラックがバイクを手押しながらゆっくりとこちらへ近づく。しかしどうにも動きがフラフラしていた。バイクの方も調子が悪いようであった。かすかな異臭と共に、プツプツという異音が遠くからでも聞こえてくる。
苦笑いしながら提案してくるラックもどこかぎこちない。その視線をゆっくり下ろせば、左腕が奇妙な色味をしているように見えた。シバがじっと見つめていることに気付いたラックは、恥ずかしそうに左腕を右手で持ち上げて乾いた笑い声をあげた。
「……へっ。今、ちぃっとばかし門の内側を掠りやした。幸運にも――えぇ、この名の通り――左腕は【改造】済みで人体への影響はありやせん。表面の人工皮膚だけは流石に焼かれちやしたが、生きてるだけマシってもんですぜ」
「…………」
シバは何も言えず、ただ顔を顰めていた。そして前方に立ち塞がる壁を見上げる。
〝
見た目もさながら、それは人が通過するには困難を極めた
しかし、シバは何となくわかっていたことがあった。
改めて見返せば、D8地区に出てきた赤い壁とは似て非なる代物だ。その「門」は上からも横からも光る何かを放っており、それが水を消し去るものなのだとわかる。どうも真ん中を通ってみてみることができないのが難点だが、明らかに「門」の形をしている。その光線を放つために門は少しだけ壁を形成しており、さらにその周囲は無骨にもコンクリートで固められていた。門以外のところを見遣れば、さながらそれは築かれた塞のようにも思えてくる。
「この門の主が誰かはわからねえけど……」
「……? いかがしやした、シバの姐御?」
シバは〝
「ここに何らかの壁が立ち塞がってる、としてよ。相手が身構えてるだけってんなら俺はこう応えるさ」
ハンマーを掲げ、両手で柄を握りしめる。
「――――っ!」
そのままシバは壁に向かって振り下ろした。一度、衝撃が道路にまで及ぶ。それだけでは〝
「――ラァっ!」
二度、続けてシバは「壁」を殴った。パラパラと砂埃が舞う。何かの破片が、どこかからか飛び散った。
「――――ウルルァっ!!」
一度持ち直して、シバは盛大な力を込めて「壁」を殴る。
その力の勢いには、壁は耐え切れずに大きなヒビが入った。それもすぐにシバがさらに強く押し込むと、
「
絶句するラックのぼやきを聞き、シバはそちらへと振り向く。そのままハンマーを肩に置いて鼻を膨らませた。
「ああ……あんたはさっき言ってたな。壁は乗り越えるものって。そんで越え方がわからずに立ち往生してたって。……そいつは違う。壁ってやつは――【ぶっ壊す】もの、だろう?」
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