2.2.2  XXXXX XXXXX later



 *――*――*――*――*




『――……シバ。首尾はどうだ?』


 無骨なドローンから聞こえるのはクリアな機械仕掛けの音声。

 シバは目の前の光景を見て、一つ大きな溜め息だけで答えた。少し顔を上げれば、髪飾りにも似たイヤホンのようなものから顎のラインに沿ってマイクが隠されて伸びているのがわかる。

 プロペラも無しに静かに飛ぶそれはシバの頭大程の大きさしかなく、小型の拡声器が飛んでいるようにも見えるだろう。音を広げるという機能はなく、そもそも声は髪飾りから伝ってシバにしか聞こえていない。ラッパ状に広がったそれをシバが見る方向に向けては、楽しそうに光景を映しとる。


『――……なるほどalright。こいつぁ、いい獲物じゃないか』

「そう思ってんのはあんただけだよ、ラック」


 シバは誰もいない方角へ向けて声を発する。それを聞き取ったのか、ドローン越しから響く笑い声は愉快そうであった。


『――今回「試し打ち」してみたいと言ったのはシバの姐御だったはずだ。このRRAPルァプも留めてまで、とな』

「だからって……CitaWsシタゥーズがまとまって何体もいるとは聞いてねえぞ」

『――なあに。この数で不足はない、だろう?』


 再びわざとらしく大きく息を吐く。シバの呼吸音を聞き取って、CitaWsシタゥーズの一体がバッと素早く振り返った。隠れる暇もなくシバは見つかり、気づいた一体は大きく警告音を鳴らす。それに釣られて周囲にいたCitaWsシタゥーズも同様な反応を示し、すぐ後方にいた目標の姿を捉えた。


『――警告、該当スルデータガアリマス。捕縛対象、通称「Hatchハッチ」。危険レベル9、手法ヲ問ワズ生命停止措置命令ガアリマス』

『――危険レベル9ニツキ応援ヲ要請……要請中…………ザ、ザザッ。……通信不可。電波障害ガアリマス』

『――初動対応プログラムニ従イ「Hatchハッチ」ノ捕縛ヲ開始。危険レベル9ニツキ、確実ナ生命停止措置ヲ与エル必要ガアリマス』


 最初に反応した一体がすぐに腕を伸ばす。単眼レンズだけの頭がシバだけを見つめ、捕縛せんと飛び掛かる。


 シバは避ける素振りも見せずに、右手を横に振るう。それと同時に何かがシバの手から伸びていく。いつの間にか手に握られていた黒い棒状のものが展開していき、ガチャンガチャンと最大限まで伸びきった長さはシバの腕の数倍程であった。警棒のようでもあり、しかし一般的なそれよりは格段に長すぎるだろう。リーチの差は瞭然で、CitaWsシタゥーズの腕が届く前にシバは掴まんとする片腕を受け流した。


「――――ッ」


 黒い棒は続けて長さを縮め、の先端にその質量が凝縮されていく。それは質量を増やすよう頭と呼べるものへと大きく変形させた。ある程度形作られたタイミングでシバは両手で握り直し、襲撃に失敗したCitaWsシタゥーズを狙って振りかざす。大きく避けることをしないCitaWsシタゥーズ。鈍くぶつかる音が鳴る。右肩に攻撃を受けたものの特殊合金で守られびくともしないCitaWsシタゥーズはその頭をくるりと回転させた。

 しかしその頭は持ち堪えることもなく地上へと落下していった。


『――…………ガ、ガガ。深刻ナエラーヲ感知。正常ナ動作ガデキマセン。修復マタハ他機ヘノ補助ヲ要請……要請中…………ザ、ザザッ。……通信不可。電波障害ガアリマス』


 大きく機体が凹んだわけでもない。身体のバランスを崩したようで、上手く起き上がることすら難しいようだ。反撃や警告の意思を赤いランプで示しているが、喚き散らかすだけでシバは興味を失くしたように他の標的に目線を送る。


『――……よしyupよしyup。良いぜ! うまくいったようだ』

「まだ終わっちゃいねえ」


 CitaWsシタゥーズはあと三体残っていた。

 続けてシバへ目掛けて飛び掛かった二体。裏路地にいるせいか、両脇から狙っていたようだったがどうも道幅が狭く正面から襲ってきていた。

 シバがハンマーをくるりと回すと、ハンマーはヘッドの大きさを少し縮めながら手元の柄の長さを今度は伸ばしていった。ある程度長くなってから両手で突き出すと、三つ又に分かたれた先端がちょうどCitaWsシタゥーズ二体の胴体を捉えていた。CitaWsシタゥーズは腕を伸ばすも、その指先はシバの髪にすら触れることは叶わなかった。


『――二体の後方。焼却光線LASERの収束発射までのカウント、10ten……』


 シバは無言で遠方を見つめる。言われる前から、それを視認していた。

 ラックの言葉通り、二体のCitaWsシタゥーズの後ろにもう一体いた。既に変形を済ませてこちらへと銃口の照準を向けている。光の粒子が収束しており、読み上げられたカウントが0になったとほぼ同時に光線が発射されるだろう。


『――5five4four……』


 シバは一瞬だけ変形したハンマーに力を入れ、二体のCitaWsシタゥーズを奥へと押しやる。そのままハンマーを持つ腕を引く。

 進行が阻まれていた二体は再び自由となり、片腕を伸ばしてシバを掴まんとする。


『――2two……』


 黒いハンマーは更に形を変えていく。ギュルルンとシバの手元まで戻ったかと思えば、あのハンマーの頭がガシャンガシャンと音を立てながら盾状に広がっていった。


『――1one……0nought

「――――ッ!!」


 ラックの伝令を掻き消すように、一本の光がシバへ目掛けて放たれる。シバの前方は変形した盾が展開しており、光線はすぐに盾へと着弾した。

 光線はそこだけに留まらず、鏡に当たったかのように反射した。いくつかに分かれた光の筋は、一つはCitaWsシタゥーズの腕へと当たる。それで焼き切れるほど柔な素材でないのはシバも承知していた。むしろCitaWsシタゥーズの腕の表面は光線を跳ね返すようだ。それらは指の隙間をすり抜け、ビル壁を伝う鉄管、自らのボディへと乱反射していく。

 一つが、CitaWsシタゥーズの頭へと流れた。単眼のそれは跳ね返った光線を真っすぐ受け止め、そのレンズ越しに光の波長を通す。


『――…………』


 ヴィイッと何かが焼き切れる音とともに、一体は完全に沈黙する。光らせていた赤いランプは電源を消されたように消灯していき、その体躯を崩していった。


 もう一体は相方が倒れたことに気にも留めず、腕を伸ばしていた。ただその方向は明後日に向けたもので、近くにいたシバがどこにいるかもわかっていないようであった。ようやく何かを掴んだのようだが、それが機能停止した味方の腕だとは気づかずに無理やりにでも引き千切らんと力を加えていた。


『――発射ヲ確認。ボディニ深刻ナ負荷ガ発生。冷却ヲ開始シマス。次ノ使用マ――……』


 奥から照射していたCitaWsシタゥーズは、続けて攻撃せんとするも予備動作中にその全身は大きく吹き飛んでいた。シバが冷却時に露になったCitaWsシタゥーズの弱点へ目掛けて、持ち替えていたハンマーで殴り終えた後だった。壁に打ちつけられてからしばしの抵抗の意思を示すも、変形したCitaWsシタゥーズはシュッと身動きを取らなくなった。


『――ピーッ。捕捉対象ノ生命反応無シ、ナ、ナシ。無シ。……投影機ニエラーヲ感知。正常ナ判別ガデキマセン。修復マタハ――……』


 残された一体もほとんど機能不全に陥っていたが、シバは無言で宙に浮かんでいたドローンを掴んではそのトリガーをCitaWsシタゥーズへ向けて引いていた。音声も銃声も出てくることはないが、その所作の後にCitaWsシタゥーズは完全に沈黙した。


「言われた通り殴ってあのCitaWsシタゥーズを黙らせることはできた、が。……暴れ回るやつに狙いをつけるのは無理な話だ。どのみちRRAPルァプしょる方が数百倍も早い」

『――ははっ。まぁ、その発明者のラック様とやらは大変喜んでいるだろうさ。とはいえ、CitaWsシタゥーズの完璧な素体をここまで物理的に機能停止まで持ちかけるのは初めてのケースだ。今回では遭遇した一体目が、CitaWsシタゥーズの人型の体軸を崩すことで二度と立ち上がれなくした。彼の個体は人間で云わば脊椎損傷に近しい。元来正面から狙っただけじゃあ特殊合金を前に物理攻撃は無力。しかしだ、アームの接合部が心臓部に近いのを狙えば可能だと構造体を調べてようやくわかった。そうは言っても生半可な力の加え方じゃあ衝撃が分散してしまう。一点集中、会心の一撃を間隙狙ってぶち込む。良くも手練れたものだぜ』

「あの一体は自滅したんか? 勝手に止まっちまってよ」

『――二体目は味方の焼却光線LASERによって運悪くもレンズ先を焼き切られてしまった。これは偶然を狙わない限りは難しいだろうな。ついでにここで他の個体も確認、報告しよう。……三体目はその焼却光線LASERの冷却時の瞬間に現れた弱点への一撃。こちらは以前から確認されていた方法だ。一時的に防衛措置が必要、周辺への被害、焼却光線LASER照射により他機が反応する等リスクは大きい。四体目がRRAPルァプによる停止命令。確かに、一番手短に処理することが可能だ』

CitaWsシタゥーズの回収屋に見つかると直されるから厄介だがな。どうする? 今回も持って帰るか?」


 ドローンは少しだけ上を見つめて、ピピッと小さな音を立ててから答える。


『――……そうだな。だが、持って帰るのはそいつじゃあない。シバの姐御が初めて生き捕らえた個体にしよう』


 そう言って示したのは、シバが最初に肩へと強打を加えて動けなくなったCitaWsシタゥーズであった。


「あれを? 危なくないか? 急に動き出されて拘束されちゃあたまったもんじゃねえ。俺は持たねえぞ」

『――だから、彼らを呼んだ』

「…………?」


 自信ありげにドローンは後ろを振り返る。釣られて見ると、横に並ぶ三人のシルエットが現れた。


「ああ……――」

「イェス。ここに頂戴しにきた」

「――呼ばれて見参。全ては運算」

「そう、俺達ゃ――」

「エル!」

「エム!」

「エヌ!」

「三人合わせて……」


「「「〝エルムヌ三兄弟ブラザーズ〟!!」」」


「………………」

『――…………』


 呼んだやつが反応しろよ、とまでは言わないが、この無言の空間はどうにかしたいものだ。

 〝エルムヌ三兄弟ブラザーズ〟も間を開けて各々のポーズを解除し、役割をこなさんとする。ひたすらに『――……要請中……要請中…………』と身動きが取れないCitaWsシタゥーズの四肢を持ち上げて、えっさほいさと手運びし始める。


『――我々も拠点に戻ろう。当初の目的は達成できた。おまけに手土産までできたのだ。これもラック様様、だろう?』

「それをもらって嬉しがるのは技巧屋のあんただけだよ……」


 三度みたび、シバは大きくため息をつく。ふと、空を見上げる。小さな月がビル裏の狭い路地の合間を縫ってこちらを見下ろしていた。


「…………」


 決して忘れていたわけではない。シバの目的は一つ、≪扉の番人≫のハッチを探すこと。


 ハッチの存在は<限界ゲンカイ>から突き落とされた日に確信を持って「いる」ことが理解わかった。小さく見える月がそれを証明していた。

 だからと雖も、簡単に見つけ出せるものではない。<世界セカイ>という箱庭で、シバだけの力で特定するのは到底難しい。現に時間はかなりかかってしまっている。今は耐えているときだ。

 あの日から、具体的な数字はわからないが、幾年のときが経過していた。感覚で言えば3年程だろうか。<世界セカイ>が夜のみで、星々も一向に回らなければ時刻の計りようもない。


 その間も夜空に浮かぶ小さな月は形も明るさも変えぬまま、必死に藻掻き続けるシバ達を見下ろしていた。



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