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〝エルムヌ
髪飾りを解いた長髪は水を吸い込み、肌にへばりつく。それを掻き上げながら、壁に備え付けたシャワーで洗い流す。ペタペタと足踏みする裸足にまで水は伝う。
時間という概念がほとんどない「夜」だけの<
簡単に言えば、RPGゲームにおけるトイレや風呂といった日常的な所作は省かれがちなものだ。あったとしても立ち寄れる程度のオブジェクトポイントで、そこがパラメータや進行に影響を及ぼすことはほとんどない。「勇者と魔王」の<
それに対してここの<
それは別として、この身体に慣れてからというもの汗や臭いにはどこか過敏になっていた。動けば汗をかく。汗はどこか乾きが悪く、体に残ることが多い。ある程度の時間経過で自然と消えるようだ。だがしかしそれを良しとできない自分だと、しばらく生活していてわかってきた。設備は
「…………はあ」
シャワーを止め、水浸しになった自分の全身姿が鏡に映る。
勿論、最初は自分の容姿に困ったものだった。脳がバグると表現するべきだろうか。意思としては男だと認識していたが、鏡が現実を見せつけてくると嫌でも認めざるを得ない。散々活動してきて今更何をともなるが、記憶も不足しているため上書きしようにもどうもしっくりとこない。
大きめのバスタオルを手に取り、長い髪から水分を拭き取っていく。服を手に取ろうとすると、端末デバイスに一件の通知があることがわかる。その内容は「話がある。モニタールームにて集合」と短い文章のみ。急ぎではないとわかったシバは適当なスタンプで返信しながらゆっくりと着替える。ドライヤーで髪を梳かし、ラックが作った乾燥機兼折り畳み機能付きの自動洗濯機に使用したタオルなどを放りこみ、在庫が有り余っていた保湿剤を肌に塗りこんでからそこを離れた。
シャワー室から廊下に出れば見慣れた磁器タイルの廊下に差し当たる。
当然、この場所を最初に教えてくれたのはラックだ。正確に言うならば、記憶を改変される前のラックだ。それを今いる本人が知る由もない。彼は我が物顔で大部屋から
「えらく急に呼び出すなんて珍しいな。かと言って緊急性があるわけでもなさそうだしよ。どうしたん?」
セキュリティロックがかかったガラス扉を顔認証で開け、ゴーグルを首元に下ろしたままの大男に話しかける。ラックは部屋の中央にある大テーブルで何かを探すように目を動かしていた。街をホログラフィ化させたそれはこの<
「……まずは、姐御の武器を返しやす」
ラックは手元に置いていた一本の黒い棒を手渡す。両手で持ち上げているのは礼儀正しいわけではなく、見た目に反してずっしりと重たいせいだろう。
それを難なく片手で受け取るシバ。くるりと一回転させると、それは元のハンマーヘッドのある姿へと変形した。彼の持ち主であるシバにとっては質量はほとんどないに等しい。
「一通り見てみやしたが、特に異常はなし。問題なく運用できるぜ」
「そいつはよかった。流石、【改造】の<
それもラックの<
「――そいつぁシバの姐御に合わせて動きを変えることができやす。例えば、リーチを伸ばしたいと思ったならばその通りに振るえば柄が伸びていく。自分の身を守ってほしいと感じたならば、それは大楯にも成りうる。いったいどこで手に入れた代物か、どんな素材で作られたかさっぱり見当もつかない。しかしながら、パッと見ただけでも構造はわかりやす。他人の手が加えられていない自然さがあり、生命体が持つ組織構造のように複雑でもあり、機械のように規律を保ったまま精密でもある。正直、手に取った途端その構造体のあまりの美しさに恐れやした。ですが、それだけではありやしません。この武器――……正確に武器、と呼べるかも怪しいが――欠陥品、もしくは不完全体ですぜ。未完成品か、それとも何かの一部分か。このラック様がお教え出来るのはそこまでが限界だ。……とにかく、こいつぁ姐御の矛とも盾ともなるすごい性能を持っておりやすぜ」
受け取ったときはそのようなことを言っていた。
初めもシバは疑わしい部分もあった。だがラックの腕に嘘があるとは、この長い間一緒に過ごしてきてなおそう思えなかった。むしろ【改造】の力を否定することが難しくなっていた。だから、ラックに一度預けてみたのだ。
事実それはシバの思う通りに動かすことができた。
「デメリットもなし。ただ潜在された力があっただけ、か。俺もこのハンマーが何か、さっぱりわかってねえけどな。役に立ってくれるってんなら、これからも存分に振るってやるさ」
「それが良い。……あと、呼び出したのは別件もあってだな」
ラックは少しだけ右にズレて、街を投影するテーブルの一部分を叩く。その場所が数倍に拡大され、その地区の情報が増える。
「例の件で、姐御に付き合ってほしい場所がある」
「へえ、今度はデートの誘いか? 懲りないやつだな」
冗談混じりにからかいをかけると、目の前の大男は予想以上に焦った表情を浮かべる。
「ち、違う。そそそ、そんな意味でい、いみ、いっ――」
「……はいはい、悪かったって。いいから落ち着け。それって『月』に向かうために必要なこと、なんだろ?」
ラックは『月』という単語を受け止めてから大きく咳払いをし、気を取り直しては頷いて肯定した。
「
ミッドナイトタウンと呼ばれるここはいくつかのエリアに分かれて構成されていた。
拠点としているここは総称としてE地区に区分される。
次いで近くにあるのがD地区とC地区。どちらもビル街に属する場所なのだが、この<
あとはA地区とB地区だが、今回の目的となるB地区は主に生産工場があるエリアだ。
「ふうん、ね。そのB23地区には何があるんだ?」
「銃火器、
「これまた物騒なとこだ。それらをまとめてぶっ飛ばすんか? 今必要なこととは思えねえがな」
確かに
だがしかしそれだけで
チッチッチッとラックは人差し指を振って否定する。
「あくまで目的は倉庫のブツを掻っ攫うことだ。事を荒らげずに済めば最も良いとさえ言える。要は、物資の強奪をする」
「デートを口実に強盗へと誘われるなんて初めてだな」
ラック様も初めてだよ、と悪そうな顔で無邪気にも笑った。
異世界転生の≫ぶっ≪壊し方 一於 @nishiti_14
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