2.0.5 call me ‘Luck’ !
「ハッチがいるのか!?」
その単語にはシバも反応せざるを得なかった。
「…………? ……あ、ああ」
「…………」
「…………」
「…………む」
「……すまん」
驚いた表情で皆がシバへと注目を集める。思ったよりも大きな声で叫んでしまったようだ。一つ、咳払いをしてから情報を探って貰えるよう促す。
「あー……ハッチって名前、おそらく俺の探し人だ。……人、ではねえが」
「姐御の知り合いとなら、必ず見つけ出しましょうぜ」
あいわかったと二つ返事で熱心にキーボードへと向かうスキンヘッドの男の無防備な背中が丸くなる。すっかり信用しきっているのか、やれやれとシバは一息つけてから、手に持った偽花束を後ろに放って男の元へと向かう。偽花束は宙を舞って〝エルムヌ
男の肩に腕を掛け、同じくモニターを覗き込む。そのまま伝えられる限りのハッチの容姿を列挙していく。小さき子供の大きさ、黒い髪に混じるような片角。それでも次元の扉についてはまだ触れなかった。口にしたところで理解し難い上に余分な情報だと流されるのがオチだろう。
「姐御を疑うわけじゃあないが、
「まさか。ありえないね」
「子供がレベル
「はっきり言うが子供ではない。見た目は子供ってやつ。……いや頭脳も子供かもな」
「…………」
男は訝しげな表情を少しだけ上げる。おや、とシバはその一瞬を見逃さなかったが、それで確信が持てたわけではなかった。
シバにはモニターに映し出された情報のどれもが理解しにくいものだ。どこからか寄せ集められた膨大なデータ量。謎のグラフ群とそれらの割合表示。顔写真とプロフィールがまとめられた資料が展開し、一つずつ照合しているのか、一定間隔でその顔写真に斜線が引かれては別の顔写真へと切り替わっていく。データ一つ一つに文字として浮かび上がっている言語はシバにはわからないものだ。そもそも「外」から入ってきたシバにとっての異世界で文字が読めてしまってはおかしいだろう。
しかし完全にわからないわけでもなかった。教育機関で少しだけ触れた他言語を眺めている感覚だ。同じ文字列が繰り返されていれば、それがコードネーム『
しばらくキーを叩いていたが、男はどこか納得いかない様子で頭を強く掻く。
「どうなってる……」
「どうした、見つからねえか?」
「それもそうだが……状況がおかしい」
スキンヘッドの男が即答する。右手にあるボタンを押し込み、画面を切り替えてくれた。モニターに映し出されているのは現地隠しカメラのライブ映像だろうか。先程シバと出会った人型ロボットがそこらかしこに映し出されていた。ビル裏の自販機がある裏通り、小型バリケードが横たわる一本道、ドラム缶が占有する空間。シバにとってどこも見たことがある景色であったが、ここまで人型ロボットがいた場所ではなかっただろう。
「レベル
キーボードをいくらか叩く音の後、画面が切り替わる。また別の道だろうか。一通り監視カメラのようなもので彼はこのエリアを網羅しているのかもしれない。
「コードネーム『
「痕跡は……いても残らないだろうな。俺にも見覚えのある裏路地のようだが、こんなにこいつらいなかった気がするぜ」
「姐御の知り合い以外にも本来D8地区は
「その巡回が終わってD8地区とやらの外に出てる可能性は?」
「ないわけではないが……完了報告を受けてない。終わったら皆律儀に伝達してくれるものだ。その上全員が持つ発信機の座標を照合すると何故か数は揃っている。どこか戦闘痕が所々にあるのが気にかかる。言いたくはないが、それでも死体一つも残っていない」
「こんなに
「……そいつが一番最悪だ」
そうぼやいてから、スキンヘッドの男は身を翻すようにモニターから離れた。その際こちらをチラッと見たような気がしたが、ついてこいと言いたかったのか、ズガズガと外へと向かって歩き出してしまう。自らの足で探し出そうとしているようだ。その背中を追いまいと部屋から出ると、〝エルムヌ
「あんなにあのロボット達がいる危険地帯だってのに突っ込む気か」
「そりゃ、このラック様だからな」
「……それがあんたの名前か」
自己紹介が遅れた、とシバは自分の名前を伝える。早足で廊下を抜けたせいか、すぐに搬入倉庫側まで辿り着く。
「シバの姐御。ラック様についてこいとは言ってないが、それでも来る意気は否定しない。ここからの足は用意しよう」
「そりゃどうも。しかし見つけたとしてよ、あの数から救い出せる自信があるんか? もしくは、それ相応の力がある感じか?」
「……正面から挑んでも、あやつらには力では勝てない」
どこかからかエンジン音をふかながら近づいてくる。音を頼りに振り向くと、こちらへと自動で向かう二台のバイクの姿があった。片方はなかなかにゴツイ見た目で、もう一つはいかにも軽そうでシンプルなデザインのものだ。
自らをラック様と呼ぶ男の手前に大きい方のバイクが急停止する。二つを見比べると、形状が違うのもさながら、ラックの近くにある方がタイヤのあるもので、シバの近くで止まった方にはタイヤがなく宙に浮いたまま停止していた。見慣れたものではないが、ここは車もタイヤがない時代なのだ、むしろタイヤ付きのバイクを扱うラック側の方が物珍しい方だろう。
「だが、任せてくだせえ。ささっ、姐御はこちらへ」
「俺、バイク運転できるか知らねえぞ」
「そこは安心を。信頼と技術あるメイド・バイ・ラックのバイクですぜ。完全自動運転機能完備、追跡機能付き、静音性能で音声案内有り、おまけに好きなジャンルの音楽を――」
「……お、おう。わかったから、乗るよ」
彼はエンジニアより技術オタクとも言うべきなのだろうか。饒舌なほどの口調で機能の説明があっても内容が一切入ってこない。このバイク一つもただのメーカー品ということでもないようで、かなり手を加えられているということは伝わった。
片足を乗っけてから、ハンマーを地に押し当てて勢いつけてバイクに跨る。バイクは一瞬だけ重みで沈みはしたものの、ハンマーを担いだままでも宙に浮いていた。搭乗者を感知してか、フロントに備え付けられたモニターが起動する。とりわけエラーも出ておらず、いくらかこの前の馬よりは融通が利きそうだ。
「正面がダメなら抜け道があるんか?」
「今は現場見てから判断としか言えない。だが、それで問題ない。このラック様がラック様たる所以をな」
「……えなっ、ちょ――もう行くんか?」
既に準備を済ませたラックが、ヘルメット越しに視線を合わせてはすぐに飛び出していった。せめてこのタイヤのないバイクの扱い方くらいは教授してもらいたかったが。そう考えてる間にもラックとの距離が離れていく。
「ったく。馬の次はバイクか。乗ってた記憶があればいいんだけどな」
掛けられていたヘルメットを手に取り、その後バイク側からレスポンスが返ってきた。『管理者権限より、自動追尾運転モードに入ります。』と一つだけアナウンスが入ったかと思えば、そのまま自然と動き始めた。その辺りはきっとラックが気を遣って手配してくれたのだろう。ハンドルを握り、その機械音声だけを頼りに前進する。
タイヤの無いバイクなせいか、妙に浮遊感を身体に覚えた。止まっていた景色がみるみる流れていく。駐車場、住宅街、裏路地、一車線の通り。進む度、角を曲がる度に、ヘルメットに隠しきれなかった髪がなびく。
シバはこれを気持ちの良い体験だと知っていた。記憶の奥底で、どこか興奮もしていた。転生前のものか、はたまた人間の本能なのか。すぐにわかるものでもなく、夜に染まり切った街並みを眺めていく。
十数メートル程先にラックのバイクが先導しているのが見えた。ラックはバイパスとなる大きな道を選んでおり、周りの車を追い越しながら駆けていく。それになぞるように、シバの乗っているバイクも車を追い抜いて行った。チラリと車の中を一瞬だけ覗くが、誰も座っている様子は無い。自動運転化された世界で、車だけが自主的に動いていた。ここに何ら意味は無いのだろうと、シバは他の車を見てそう考える。
「……左手が、例のD8地区だ」
ビル群が立ち並ぶ街並み。バイクで進む道は高架線となっており、地上を歩く人型を見下ろす形となる。それらは全て
そのネオンカラーが高架越しに光る最中、ふと赤みが増した。ビルとビルの間に光の障壁が現れており、シバには読み取れない文字列が浮かび上がっている。エラーコードのようなものだろうか。近くの建物周辺には同じような壁が展開されており、何かを覆い囲っているようでもあった。半透明な赤色の先、細い路地裏にあたる場所で数箇所に人影が見えるだろう。果たして本当の人かは定かでは無い。これらもまた全て
「
「赤い壁……触れちゃあ不味いよな。隙間も見当たらねえし」
こんな時にハッチがいれば、とシバが思うも、どこにも見当たらない。この異世界にいるはず、というだけで出会ってすらいない。そもそも今探しているのが同じ呼び名の『
「ひとまず話は、中に入ってからじゃなければ始まらない」
「へえ、その言い様……何か伝手か手筈があるんだな?」
運転中にも構わず、ラックは後ろを振り返りつつニヤッと笑った――ヘルメット越しであったが、そんな気がした。
「なんて事はないですぜ、シバの姐御。壁ってものは……乗り越えてみせるもの、だろう?」
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