2.0.4 a Crush
「……てなわけで。ここが我らが
声に釣られハッと顔を上げると、一つの箱型の建物に近づいていた。
〝エルムヌ
だだっぴろいこのエリアは駐車場だった場所なのだろう。だが廃車が転がっているように、どうも整備されているようには思えない。車を停めるという役割よりは建造物が建てられていないといった方がしっくりくる。
視線を遠くへと向ける。アジトと呼んだのは前方にある倉庫のような建物のことだろうか。工場と呼ぶ方がしっくりくるやもしれない。パッと目立つ外装ではないが、屋根上に大きなアンテナのようなものが置いてあった。それでも二階建程のもので、始めに見かけたビル群までには敵わない高さだ。周辺は高層建造物が少ない地域のようだが、それでも一番高い位置にあるわけでもなさそうだ。
入口付近はシャッターが開かれており、そこに門衛のように仁王立ちで立ち塞がる二人の影があった。遠くからでもかなりガラの悪そうな印象を覚えた。その場所へと向かう最中、一人がシバを警戒するようにガン飛ばしてくる。続いて同行している長身のエルへと視線を合わせる。エルが無言で頷くと、門衛は潔く中へと通すように出入口の中央から退ける。彼ら門衛の腰にもあのブランダーバスのようなものを引っ提げていた。
「兄貴に紹介したいッスから、もうちょっと進んで欲しいッス」
外からでも中の様子が伺えたが、どうやら倉庫ではなく所謂廃工場跡のようであった。
吹き抜けたエリアがシャッター入口付近に大きく広がる。積み上げられたコンテナや簡素な事務室があるだけで、用途として元々ここは搬入車両の荷下ろし地点だったのだろう。今はいつ置かれたかわからないコンテナでそれとなく空間が設けられ、そこに複数のグループのヒトが点在していた。こちらに気付くグループもいたが、一瞬顔を顰めるだけでとりわけ突っかかってくるようなこともない。興味がないのか、そのような意思が与えられてないのか。ここで考えることではないだろうとシバは視線を逸らした。……どちらかと言えば、見つめ続けると喧嘩を売られているように思われることを危惧して、だったが。
「階段降りるとか言ったら流石についていけねぇぞ」
「兄貴は一階の一番奥の部屋にいる。ソウ、まだまだ歩くぞ」
自動ドアを越え一本道の長い廊下に出る。質素というべきか、事務的というべきか。意匠的に作られたものではなく、ただ往来するためだけにある通路だ。道中所々に金属の扉があり、ネームプレートのようなものは掲げられていない。一つの両開きの扉をじっと見れば、プレートが取り外れたような跡が残っていた。部屋名や役割を無理に隠しているわけでもなく、単に取れてしまったままなのだろう。扉自体も表面は綺麗に清掃されているようだが、とりわけ普段使いされている様子もなさそうだ。エルに導かれながら、それらの扉が開かれることもなかった。
コツコツと異なるブーツが磁器タイルを蹴る音が響く。確かに中に入ってからも道は長く、何かを注視してなければ否でも耳に残ってしまうだろう。
何事も起こらずそのまま一番奥の突き当たりまで辿り着いた。行き止まりというわけではなく、これまでとは質感が異なる自動ドアがあった。ここだけやけに先端的だと思わざるを得ない。他の部屋があまりにも用途がないのか、時代に取り残されているとも言えた。
自動ドアは簡単に開くものでもなかった。廃墟跡とはいえ腐っても近未来的な<
ガラス製の自動ドアのせいか、開かずとも中の様子は何となく見て取れていた。開かれた後も薄暗く、完全には照明をつけていない一室。テーブル上の手元ライトと、残りは液晶パネルによって部屋全体を照らし上げていた。それでもちらりと見渡すには不足ない照度だ。中央には大きなテーブルがあり、ぼんやりと立体的に映し出された街並みがあるだろう。ミニチュアサイズに圧縮された街。ホログラムといったものだろうか。シバがまだ認知できていないだけで、この街並みというのは今いる<
部屋の壁にはモニターが一面に貼り巡られており、大きな一つのものではなく複数台あるのだと近づいてわかった。そのどれもが一見で理解できそうなものではない反面、初めに見た人型ロボットが投影していたスクリーンにも酷似していると感じた。そう思っただけで、シバにはそれが何かも、そもそも全く同じなのかもわからない。
部屋に入って左手側に動く影があった。一人、それはヒトなのだろう。がたいの大きな男で特徴的なスキンヘッドに部分的な傷跡が見受けられる。デスクと呼べるそこに立っては工具を持って作業していたようだ。エヌが言っていた紹介したい人物とは彼のことだろうか。
「……どうした、巡回は終わったのか? ここまでわざわざ来たんだ。急ぎって訳ではなさそうだな」
そう声を掛けてきたが、こちらを見ることは無く作業に没頭していた。工具で火花が散り、煙が舞う。手元を見るに、解体された機械を修復しているようだ。機械技師かその技巧に優れた人物なのだろう。
「イェス、兄貴。人を見つけた。生き残りのようで、
「ただ、ヒューマロイドかもしれないッス。ロゴもなければ
そこまで聞いてスキンヘッドの男は顔を上げた。ゴーグルをしており、すぐには表情を見れたわけではないが、驚きが半分含まれているようだった。
「……
ゴーグルを外し、首にかける。立体的な顔つきで、光が少ないこの環境ではより彫りが深く見えるだろう。相手もこちらに気付いたのか、目を細めていた。しばらくして「エム、そこの照明スイッチつけてくれ」と指示をした。単に暗かっただけのようだ。
「……む」
素直にエムが従い、一気に部屋全体が明るく照らしだされる。少し眩しく覚え、シバは照明を遮るように腕で覆う。
それも一瞬で慣れただろうか。ふと目を戻すと、先のスキンヘッドの男が目の前にまで迫っていた。何故だか視線が低い位置にいる。相手の身長が低いわけではなく、腰を低くしてこちらに跪いているようだった。服装は作業着のようで、腰回りにツールの一式が巻き付けられていた。しゃがんだ姿勢のせいか、ガチャリと床に工具が擦れる音もしただろう。それに気をとられているうちに、シバは上げていた手がいつの間にか何者かに握られていたことに気が付く。
「……?」
ほのかに熱を感じる。何てことは無い、自分の手が目の前の男によって手に取られていた。両手で優しく包み込まれるように握られており、無理に引っ張ろうとしているわけではない。捕まえられたというにはすぐに振りほどけるだろう。しかしながら状況を理解できていないシバにはそれをすぐに行動に移すことはできなかった。
「…………」
「…………」
「……なんと美しいのだ」
「…………は?」
言葉を理解できず、シバはポカンと口を開けたままにする。
「このラック様がこんなにも心打たれちまったのは初めてだ。どう表現しようものか。そうだ、これは一目惚れってものだ。あまりにも麗しき姐御の佇まいに一瞬で惚れてしまった。嗚呼、当たり前だ。今まで見たことないほど見事に美しいのだから。つい、この身が衝動に駆られたんだ」
「いや……。あの、どなたで――」
「
包んでいた片方の手を離し、いつの間にか用意されていた花束をシバの手の内へと納める。いきなり手渡しされてしまったのもあるが、その花束――と呼んでいいものなのか――はかなりの重量を帯びていた。目の前の男はともかく、シバは両手で抱えられるかといった具合だ。色味や形からでは典型的な薔薇の花束と認識できた。しかし、一概に花束と言ってもフローラルな香りが漂うわけでもなく、そこからは油臭さを強く感じる。即座に害を成すものではなさそうだが、まだ何も慣れてない自分には不快感を覚えてしまうだろう。よくよく観察してみると、花にしては色味はどこか褪せており、形も継ぎ接ぎで歪になっていた。パッと見では恐らく見逃してしまうほどで、器用にもそれらが作られたのだと理解するには時間が必要だった。
「……だから、あの。初めまして、だと俺は、思うんだが……」
花束に気を取られているうちに、周りには誰もいなくなっていた。先まで先頭にいた〝エルムヌ
「いや違っ、待っ……」
「――
そそくさと現場から離れようとする〝エルムヌ
スキンヘッドの男は何も言わずスクリーンに溢れた壁側へと移動し、その前でカタカタとキーを打ち始める。顔を見上げながら、ふと、小言のように呟いた。
「……
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