2.0.7  ‘RRAP’




「……シバの姐御。一つ、提案がありやす」


 神妙な面持ちで、ラックがぼやくように言葉を漏らす。呼ばれたシバが振り返っても、手元にあるハンマーを凝視したまま動こうとしない。


「このハンマー。ラック様の腕にかかれば――」


 一時ひととき思考を巡らせてから、シバは首を横に振る。


「ダメだ」

「……そうですかい」


 がっかりするラックだったが、強奪するような意思は見せなかった。シバが右手を上げると、すんなりとハンマーはラックの手元から離れていった。くるりとそれを一周回してみせたが、ラックは本当に借りただけのようで、シバには特に何ら手が加えられたようには思えなかった。

 それでも、シバにとってはやはり、ラックを信用に値するまではいかなかった。出会って半日も過ぎていないのだ。移動だけならまだしも、何をしでかすかわからぬものに唯一のこちらの武器をずっと預けるわけにはいかない。


「姐御にとっちゃあ余計なお世話かもしれませんが……」


 ラックがこちらに背中を向けながらつぶやく。自分のバイクの元へと戻っていく姿は、あの大きなガタイが小さく見えるほどに、何処かしょんぼりしているようにも見えた。


「いったいそれを何処で手にいたのか気になりはしやすが……それでも尚、おそらく――嗚呼、シバの姐御の力量を疑ってるわけじゃあありません。ただ――ヒューマロイドには通じることすら敵わないでしょう。奴等の装甲は、物理だけでは易々と通らない」

「それは俺も気になってた。あいつら、硬すぎんだろ」


 重量の考え方が先の<世界セカイ>から変わったにしろ、高層階の屋上から落ちた物体を頭に受けて無事で済むとは到底考えられない。地球上では構造物の二階からの自由落下衝撃でも人の頭蓋は陥没すると聞く。今いる屋上はその倍以上、十数階相当だ。地に足をつけている感覚上、ここは月面上のように重力が低すぎるといったこともない。機械とはいえ、かすり傷だけだなんてそんなはずないというが本音でもあった。


CitaWsシタゥーズ社が開発した特殊合金。謂わば、理想的な金属だ。耐摩耗性、耐熱性、剛体に近しい頑丈さ。おまけに張り巡らされるように特殊構造鉱物を溶融し組み込むことによって更に品質の上質化、驚くほどの軽量化、加工のしやすさの向上。それら全てが相まってあそこまで再現できている」

「無敵かよ」


 ああ、とラックはしゃがんだまま頷く。


「そう。無敵ですぜ。稼働中に損傷したのは観測上ゼロに等しい。そのような機体の目撃例さえない。どうやって加工して作ってるんだか。ラック様ですらCitaWsシタゥーズ本体を砕く算段は構えちゃいやせん」


 だが、その口調ぶりからは焦りを感じられない。彼には考えがあるようだ。シバには一つだけ、心当たりがあった。


「一度だけ見たことがある。その腰にぶら下げている……銃か? ようわからんが……それだと、あいつらに攻撃が通るのか?」

「正確には攻撃していない」


 結合していたバイクを引き剥がし、ラックはシバが乗っていた方のバイクの座席カバーを開く。そこから何かを取り出すと、こちらに向けて一つ手渡してきた。ラックの大きな掌からはみ出て見えたのは引鉄の部分。彼の〝エルムヌ三兄弟ブラザーズ〟が蜘蛛型ロボットを止めたあのラッパ銃だ。


「完璧とも言えるCitaWsシタゥーズ社の特殊合金。だが、完璧なのは良いことばかりじゃあないですぜ。奴等は人の会話を拾う。まるで飼い主の帰りを待っていた犬のように、人の声を察知した途端すぐ聞きつけて駆けつけてくる。いや、駆けよらなければならないようプログラミングされている。それを逆手に取ったこいつ、ラック様直々で編み出し作成した逸品――RRAPルァプですぜ。簡単に説明しましょう、RRAPルァプ引鉄ひきがねを引くとCitaWsシタゥーズへ『止まれ』の信号を送りやす。命令は人間には聞こえないだけの波長。人的被害は一切ございやせんので安心して使用してくだせぇ」


 そのRRAPルァプと呼ばれた銃に指をかける。そこまで重くなく、かといって軽すぎるわけでもない。片手でも難なく持ちながら扱えそうだ。見たまんまの通り、銃口が広がっておりここからそのCitaWsシタゥーズへの停止信号を発射するのだろう。操作できる箇所は引鉄くらいで、取り外せそうな弾倉や安全装置のようなものは見向けられない。ベルトに引っ掛けられるようにだけ爪がある程度で、シンプルに「CitaWsシタゥーズを止める」機能だけに特化したものなのだろう。


「さんきゅーな。ところで、あんたさっきCitaWsシタゥーズのこと地獄耳だっつーてたよな」

「……? えぇ、へぇ。姐御の仰る通りでごぜえやすが……」

「…………」


 なんとなく、シバは屋上への出入り口へと振り向く。釣られたラックも疑問を抱きつつそちらへと見遣るだろう。

 一つ、影が近づいていた。すぐに影は赤く染まる。かと思えば、扉を破らんとばかりに勢いよく目を光らせたCitaWsシタゥーズが飛び出してきた。

 奇襲を掛けてきたCitaWsシタゥーズはこちらへと人型の腕を伸ばさんとする。それも、すぐに叶うことは無くなった。


「ひゅー……。流石、仕事が早えぜ」


 指が開かれた状態で、目の前のCitaWsシタゥーズは姿勢をそのままに前のめりに倒れ込んだ。

 RRAPルァプを持った腕をゆっくりと下ろすも、ラックはCitaWsシタゥーズへと鋭い視線を送り続けていた。ふと、我に返ったように「シバの姐御、怪我はねぇですか!?」と心配そうにこちらへと駆け寄る。俺にはあんたに守られるようなことをやってないがな、と心の底で思いつつも御礼は伝えておく。


「お陰様で、な」

「は、はぇ! 当然のことでございやすっ!」


 何の因果か、ラックは助けたシバに向かって深々と頭を下げる。


 彼については知りもしない恩を受けてる感じだ。そのお陰で何度も助けられているため、シバにはメリットでしかないのだが。ただの温情か、まだ見ぬ奥底に裏があるかにせよ悪い気分ではない。未だ完全に理解してない<世界セカイ>においては守ってくれる手段があるというだけで嬉しい限りだ。


「ったく。タイミングが良すぎる気も――」

「――しーっshhh……」

「…………?」


 襲撃を免れて間もなくコツン、コツンと一定のリズムが響く。

 静かになった屋上に、階段をゆっくり昇る音が耳に入った。足音は何かを警戒するように殺している様子だったが、それでも隠しきれていない。屋上にいた二人は再度RRAPルァプに手をかけ、その扉を注視した。


「…………」

「――――っ!」


 一つ、リズムが崩れる。数拍置いた後、勢いよく扉は再び開かれる。



「――……はぁ、はぁ」

「……ヒトか?」

「おお、クイーンか。巡回中からの行方不明だったな。発信機はどうした?」


 今度はロボットでもない普通の女性の人だった。ラックが呼ぶに、彼らのチームの一員なのだろう。クイーンと呼ばれた女も胸を撫で下ろすかのように構えていたRRAPルァプの引鉄から指を外す。そのまま一呼吸入れてからラックへと向け跪いて報告を始める。


「……はっ。連絡が取れず申し訳ございません。我らD8地区担当の〝アナーズ〟ですが、D8地区に突如CitaWsシタゥーズの大群が押し寄せてきてしまいました。騒動により発信機を手放さざるを得ない始末の上、一名が負傷、二名とははぐれてしまいました。現在同ビル十三階にてエースが負傷したテンを看ております」

「ジャックとキングがはぐれたか……。どこまで把握できている?」

「騒動の原因ですが、何やら一体のヒューマロイドを追いかけている様子でした。警戒レベルが一瞬で膨れ上がったため、深くは探れていないですが……。暴徒かいつもの迫害行為でしょうか? 追われていた者は、ヒューマロイドにしては珍しく髪のようなものが備え付けられ、全身が黒い装甲に覆われてました。その個体が逃れてから、このような事態へと陥ってます。……ちょうど、兄貴の隣にいる方にそのヒューマロイドと容姿が似ておりますね」

「……俺?」


 確かにCitaWsシタゥーズに追われていた記憶は新しい。CitaWsシタゥーズの発せられた言葉から、警戒レベルも徐々に上げられていたようだった。


「……待てよ。じゃあ、まさか――」


 元々、ここには『Hatchハッチ』と呼ばれたコードネームを頼りに来ていた。シバが探している≪扉の番人≫ハッチと同じ呼び名だったからだ。しかし、今の流れを聞くと、どうやらコードネームを付けられていたのはその名の通りのハッチ本人ではないらしい。


「シバの姐御……」

「な、なんだよ」

「……まずいかもしれやせん」


 深刻そうな表情で、ラックは眉をしかめる。この一連の流れで、彼も察しがついたのだろう。


「シバの姐御が狙われるかもしれやせんぜ。何せ髪付きのヒューマロイドで全身が黒い装甲に覆われてるとなると、姐御と容姿が合致しておりやす」

「ああ、そうだな。俺も狙われるかも――……ん?」


 少しだけ、話の辻褄が合わない。


CitaWsシタゥーズの統合データベースより人物照合による識別精度は確か98%程。生体ベースで奴らにも100%の確証を得られるはずですが、捕まってないとなると残り2%が実在しやす。十二分疑う余地ありやすから、このままでは姐御が冤罪で追われなければなりやせん」


 ラックは眉間の皴を更に深めながら、真剣そうに独りごちる。


「あんな……。『イコール俺』である可能性は? むしろそうだと思うんだが……」

「何を仰ってやすか、そのようなことがあるはずございやせん。……いやはやしかし、姐御に成りすますヒューマロイドが実在する。何せ2%を詐称できるほどだ、ラック様でもいつの間にかすり替えられてしまった場合に気付けない可能性もありますぜ。ヒューマロイドは女性型にして心臓部にモーターを組み込んでいるものがおおい。胸部の膨らみ程度では人型モデルとしても違和感なく接しやすい故。姐御に近しくできるのも納得いきやす。表面は滑らかに仕上げてますが、触れてみないことには本当なのかもわからない……――」


 しばらくぶつぶつと何かをぼやいてから、ふと、ラックはシバへと向き直る。


「シバの姐御……。胸を揉んでも構いやせんか……?」


 刹那にして、ラックの身体が勢いよく横へと吹っ飛んだ。

 何が起きたかわからないまま、クイーンはラックの元へと駆け寄る。それを見れば、大きく腫れた頬を抑えている男の姿が見えるだろう。


「ぶっ殺されてえのか?」


 左手首を回しながら、思ったより飛んだなと別の方向でシバは感心していた。重力は普通だが、力は少しだけ過剰に起こせるかもしれない。それでも耐えきったCitaWsシタゥーズの装甲とやらが尋常でないことが余計にわかってしまうのが癪だ。


「コントしに来たわけじゃねえだろ。こんなことしてたら日が暮れちまう……いや、今はお天道様が昇っちまう方だがよ。時間が勿体ねえだろ」


 それはそれとして、シバは空を見上げた。満月の夜空。ネオン街の真っただ中にいるせいか、星の数は少なく見える。光害とやらはここでも起こるのだろう。それとも、<世界セカイ>が見せる星の数が元より少ないのかもしれない。


「あ、あねご……」


 ラックが右頬を抑えながらこちらへと腕を伸ばす。助けを求めてるのだろうが、自業自得だ。


「発言には気をつけろ」

「ちが……姐御も、それだけ、は…………」

「あ? 口答えたあ、いい度胸だ。何が違うかはっきりと――」


 ラックはシバに起こしてほしいわけではなかった。その光景を目の当たりにして、ようやく理解した。それも、遅かったのだと。


「――……ッ」


 突如目の前でクイーンが頭を抱え込む。すぐにその両手でガリガリと頭を掻きむしる。目が引ん剥いたようだったが、それはシバからは観測できない。


 クイーンの頭上に、見覚えのあるノイズが走った。



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