1.X.X ゆうしゃのものがたリ
*――*――*――*――*
――ここはとある大陸に君臨する栄えある王国。
突如現れた魔王が世界を我が物にしようとしました。魔王は赤い目の魔物を引き入れ、嫌いな人類には『
人は魔物に敵う術もなく、魔王の言いなりになるしかありません。
その時。救世主となる人間が光と共に現れたのです。
魔物に抗う力を持った勇ましき者を人々はユーシャと称えました。ユーシャはどんな魔物でも一振りで退けることができました。
これを知った国王は、ユーシャを城へと招きいれました。そして全てが終わった暁にどんな財産や領地や地位でも与えることを条件に、魔王を討伐するようにとお願いしました。
ユーシャは城での入念な準備を施し、街で精鋭な四人の味方を引き連れました。
その後、ユーシャ一行は魔王の住まう魔王城の元へと向かったのです。
その後、ユーシャ一行は魔王の住まう魔王城の元へと向かったのです。
その後、ユーシャ一行は魔王の住まう魔王城の元へと向かったのです。
……何度も。何ヶ月も。何年も。
時には別のルートから挑んでみたりして。時には二回目の日没をも厭わず歩み続けたりして。
ユーシャ達は魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
それでも辿り着くことはできなかった。
不可能だったのだ。
それを知る由もなくユーシャは、毎日、魔王城の元へと向かった。
魔王城の元へと向かった。
魔王城の元へと向かった。
魔王城の元へと向かった。
ひたすらに魔王城の元へと向かった。
段々と目的がわからなくなるほど一定地点まで通っていた。
私は何のために魔王城へと向かっているのだろうか。
私は何を以て魔王城前の大通りを歩いているのだろうか。
私は何処へと向かっているのだろうか。
私は、誰だろうか。
ユーシャは疑心暗鬼に陥っていた。
下された使命には必ずややり遂げるという信念が身体に沁みついていて、それだけがユーシャをひたすらに魔王城へと足を運ばせていた。
これは――ユーシャの転生前からの性格だった。
元々ユーシャにあった性格ではない。ユーシャは世界に作られていた。身も心も、その性別も。虐げられ、凌辱を味わいつつも、そうせざるを得ないほど、世界は戦乱と混沌に渦巻いていた。
世は無常であった。戦争。侵略。奪取。町で徴兵令が下されたときに、若くも男勝りなユーシャは親戚への確認も蔑ろで連れていかれた。
軍事基地でユーシャは淡々と任務をこなしていた。自分が出兵すれば家族を養えると聞かされて、それだけを信じてひたすらにその身を仕上げていた。
単調な日々がひたすらに繰り返された中、急に一つの任務が下された。名前を呼ばれ、これは名誉だと何度も言い伝えられた。
既にユーシャは作られていた。二つ返事で頷いて、本番に臨んだ。
臨んでしまった。
我に返るのがとても遅かった。
燃え盛る村々。逃げ惑う住民達の奇声。周辺には乗っていたであろう機体の残骸。はっきりと認識せずとも、情報は少しずつ脳内に刻み込まれていく。
痛い。そんな一言では済まされないほどの激痛。四肢は既に動かなく、視界も明瞭とは言い難い。
死ねない。打ち所が良かったのか悪かったのか、即死とならずに身体が生きようと必死に藻掻いてしまう。何もできないとわかっていても脳の思考回路は生きるためにフル回転していく。
ドロッとしたものが口中を巡って気味が悪い。歯も数本取れていただろう。骨も内臓に多く突き刺さっただろう。痛い。痛い。痛い。痛覚が全ての思考の邪魔をする。
こうなるとわかっていながら、私は進んで臨んだというのか。
痛みに耐えきれないほど、未熟なままだったのだろうか。
己を犠牲にしてまで、国の為にやらなければならなかったのか。
それは未練となって残り、動かせぬ身体のまま段々と意識が白んでいく。
――……の願い……。……吾、が…………
声が響く。姿もうっすらと浮かび上がる。真っ白な世界に見えたのは二つの赤い丸。それは月のように満ち欠けする。血だまりだろうか。
さらに意識が暗転していく。誰かが呼び掛けていた。何度も何度も。聞き慣れた声。聞き飽きるほどの台詞。忘れていたこと自体が驚くほど、身に課せられた今の名前。
――…………ャ、さま……
ユーシャは夢を見ていたようだった。
それもそのはず。習慣が崩れることはない。ほんの少しだけの昼寝もまたそうだ。
本当にほんの少しだけだったのだろう。これまでの経験全てが夢で、今からが現実かもしれない。それを証明できる術はない。だが、
「あ、ああ。なんだ……――か」
その時のユーシャは変化を望まず、終わりのない続きから始めることを選んだ。
*――*――*――*――*
夢か。
否、これは現実であった。
確かな感触。嫌というほどこの伝説の剣でありとあらゆるものを斬り刻んできた。今度こそ手ごたえはしっかりとあった。ユーシャが持つその剣の刃は欠けることなく、破壊もされていない。多少はこの大広間の床も抉れただろうか。力を使い果たした光の柱は収縮し、伝説の剣は元の長さへと戻る。
言葉を発することのなかった魔王が低く唸るような声を荒げる。その左半身は刀身を伸ばした伝説の剣によって縦に切り裂かれ、白く光る断面がこちらへと覗かせていた。断面は徐々に魔王本体を侵食し、闇に包まれたその身を光のヒビで覆っていく。顔中に稲妻のような割れ目が広がっていき、最期の断末魔と共に塵となって散っていった。
静かに、大量の魔王だった
ユーシャが起こした風の渦もそっと止んだ。開けた空間に夜空が360度に広がる。
「……どうして、だ…………」
膝から崩れ落ちるユーシャ。カランと無傷な伝説の剣が床に転がる。
わかっていた。こうなることはわかったいたではないか。
そう自分に言い聞かせてもなお、溢れんばかりの涙はむしろ
互いに覚悟を決めた上での決闘だ。シバの目的はわからないが、非常に協力的であったことに変わりはない。刃を交わした今でもユーシャは信じていた。
世界に
そう言い放った過去の自分が憎い。悔やんでも、取り返しはつかないとわかっても、恨んでしまう。
これは勇者の物語。
主人公は一人だけで、主人公以外には犠牲がつくもの。
ふと、ユーシャの濡れた頬が照らされた。顔を上げて、あまりの眩しさに目を細める。夜が明けようとしていた。
長い長い夜だった。魔王城探索から村での戦闘、さらにここに帰還して魔王と戦って今に至るのだ。疲労も久々に覚えただろう。ユーシャにはそんなものを感じるはずがないが、身体を動かすのがだるかった。
ユーシャの他には、仲間としてついてきてくれた四人と、椅子に座る国王の姿のみ。四人はその場に佇んで動こうとしない。そっとしてほしい今はこちらから無理に声を掛ける必要もないだろう。国王の方は、魔王との戦闘の中心地にいながら何故か傷一つもなく光輝いたまま項垂れていた。
『……あァ、こちらは終わったのだな』
「――……っ!?」
空間に穴が開き、見覚えのある姿がゆっくりと現れる。腕を組み、背凭れの高い椅子に寄りかかっていた。
戦う気力が奮発できないユーシャは、伝説の剣で身体を支えるので精一杯だった。鼻を啜り、一回だけ目元を強く拭う。
『なるほど。転生者が生き、転生者が死ぬ。さしずめ
「……神、とシバは言っていたな。今更、何用だ。魔王であれば私がたった今、この手で斃した」
剣を握りしめるユーシャを前に、それを宥めようと黒髪の女神は手を振るう。
『そう敵対せんで良い。立場が立場だ、
「……望み」
ユーシャが一番欲していること。
我欲に任せるならば、紛れもなく一つしかない。それしか心残りが無い上に、今失ってしまったのはそれだけなのだ。
しかしながら、それを言葉にするのが恐ろしかった。本当にそれでいいのだろうか。シバだってそれを望むのだろうか。彼とは合意した上での結果だ。シバもこうなるとわかっていながら自らを犠牲にしたのだ。
これからどうなるのかもわからないユーシャには何が必要なのかもわからなかった。財産、領地、地位。どれもパッとせず、手に入れたからとはいえどうすればいいのかも捌ききれないだろう。
そもそも徒に望みと言って叶えてくれるとも信じがたい。遥か昔に国王がそのようなことを誓ってくれただろうか。ユーシャが魔王討伐に働いた理由はそんなものだったか。その時のユーシャは何を求めていたのだろう。
『もう一つの人間体は気にすることない。≪…≫と共に行動するとは異例ではあったが、<……>で死んでしまっては一からのやり直しするしかない。転生するにしても、朕ではなく元の管理者があしらおう。……
「シバは……そうか」
彼はもういない。
難しい言葉をしばしば扱っていたが、唯一の願いは絶たれてしまった。
ユーシャには今更必要なものなんてなかった。魔王城への道程も、魔王の討伐に必要なものも。これからどうするべきかも皆目見当がついていない。
一つだけ、と言うならば。ユーシャは視点を変えてみる。返答を待つ黒髪の女神は早く早くと退屈そうにこちらが口を開くのを窺っていた。
「私は、貴方に……」
迷った時に、頼れる存在がいた。彼は私には理解しがたい道をも切り開いてくれた。
ならば、ここは倣ってみるのも――。
「――貴方を一発、殴らせてもらえないか?」
『…………は?』
ぽっと出た言葉。意味なんてない。叶わなくてもいい。
それでも、ユーシャはシバが一番望みそうなものを選んだ。
口に出してからちょっとだけ笑みがこぼれてしまう。なんて冒涜的で非道的だと自分を嘲笑した。ここにいなくとも、短い間でも、ユーシャの心の中にはしっかりと彼の後ろ姿が刻まれていたのだ。
黒髪の女神はやれやれと首を振るう。ダメだと言いたげなのか、そんなことでいいのかと言おうとしているのか。この世界で願うにはちっぽけでくだらない望みだ。ユーシャの心の中では、神に願う前に殴りかからんとする彼の勇猛な姿が映し出されていた。言葉にするよりも行動に起こすのもありだったかもしれない。
彼は――シバは、ユーシャにとってかけがえのないただ一人の英雄だったのだ――。
――*――*――*――
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