1.5.3  そこで待ち受けたのは




「そこの者、立ち止まりなさい」


 王宮内に入るや否や、シバの進入を制する声が飛び込んだ。外で出会った王国騎士が会話すらままならない魔物と化してしまった今、唐突に声を掛けられるとは予想だにもできない。身じろぐシバに構わず目の前で二人、槍を交差させるように進行方向を妨げていた。


「ここは王宮である。通行は禁止されている。通るには許可が必要だ」

「王宮から発行された許可証を見せるか、王宮内の人物からの直接的な許可を得た者のみ通すだろう」

「…………」


 シバは城内にいた王国騎士二人と視線を交わそうとするが、それもうまくいかなかった。というのも、この二人は鎧兜に覆われてしまい顔を判別することができなかった。シバもそうであるが、これでは外から見ても赤い目の異常となってるか見てわからない。逆に言ってしまえば、鎧兜によって隠されていることで無事だとも言えるのだろうか。

 少し後ろにも目を通してみれば同じように鎧兜を被っている者が徘徊していた。数は多すぎるほどでもなく、忙しなさも感じられない。王宮内はいつも通りといったところか。少なくとも門兵二人だけの事象ではないのだろう。


 思えば全身の鎧も形状や配色は村で出会った王国騎士とは似ているものの、全く同じものというわけでもないようだ。こちらは王宮内に配属された王国騎士で、ラスト村で出会った王国騎士とはまた別部隊なのかもしれない。あちらは第三騎士隊と名乗っていただろうか、第一や第二が在るとも容易に予想つく。


『…………』


 シバが二人には見えないように指示を送ると、ハッチは理解したようにスッとその場から離れた。そっと門兵の間をハッチが通り抜ける。彼らには見えてる様子すら無さそうだ。


「もう一度警告しよう。そこの者、立ち止まりなさい。通行は禁止されている。通るには許可が……」


 門兵の話声が届けられる前に、シバの姿は忽然と消え去っていた。


「…………」

「…………」


 目の前で消えた姿を探すことも疑問に持つこともなく、門にいた王国騎士の二人は交差させていた槍を横脇に掲げる。小言ひとつ漏らさず元の定位置まで戻り、そして槍の柄を地につけるとゆっくりと王宮への扉が閉ざされた。


「――通るのがダメなら、そこを通らなけりゃいい」


 扉が閉まり切った王宮内。それとは別の『次元の扉』から姿を現すシバはそうぼやきながら階段へと踏み入った。


『オマエは、馬での移動の時もそう、悪知恵がよく働く』

「褒めてるんか? 入口さえ越えられりゃ、こっちのもんさ。あとは向かうだけだ」

『……そう』


 ハッチは文句ひとつ言わず素直に背中へと潜る。

 サーキュレーター階段を一段ずつ上りながらもシバは王宮の内装を今一度見渡した。

 一つ一つ内装を観察するが、これもまた魔王城の入口付近と似通っていた。既に足を掛けているようにエントランス入って正面、二手に分かれたサーキュレーター階段が設置されていた。入口側扉がある門兵のあたりから赤いカーペットで示され、それは踏面にまでも敷かれていた。このフロアは二階にまで吹き抜けており、中央には大きなシャンデリアが一つ飾られていた。

 どちらかと言えば、魔王城が王宮に酷似していたのかもしれない。元の<>主にとって「城」とはこの造形パターンなのだろう。

 魔王城と同じ造りであれば道に迷うことも無さそうだ。無論王宮内にも王国騎士は配置されているが、階段を上るシバを見かけた者がこちらを咎める様子もない。皆一様に鎧兜で顔全体を覆っており、当のシバもまた仮面によって赤い目は隠しているのだ。不届きものだとか不審者だとかで止められたらそこまでだったが、そのような指摘もなくすんなりと三階に繋がる階段へと辿り着いた。


 三階入って右手側。魔王城では瓦礫の山が詰まっていた箇所だったが、そこは壁で隔てられていた。隠し部屋がなければここは突き当たりとなるだろう。左手側は魔王城でも見た長い廊下が続いていた。燭台も同じく点在しているが、そもそも王宮内はどこか明るい。見回りの王国騎士とも出会わず、彼の目的地にまで向かう。


「……ここはちょっとだけ違うんか」


 角を曲がった先、魔王城で言うなら二対の騎士像があった場所。王宮では代わりとも呼べるような金の動物像が飾られていた。騎士像のような生々しさは感じられず、装飾としてあるのだと認識できた。片方は尾長の鳥でもう片方は馬だろうか。

 動物像に気を取られていると、大きな扉が突如としてガタリとその場で開かれた。


「――っ!?」


 ハンマーの頭を上げて奇襲に臨むシバだったが、扉の先から襲い掛かってくる様子はなかった。

 開かれたことでこちらからでも中の様相は窺えた。大空間があり、一階で見たシャンデリアがズラリと並べられていた。壁の装飾もさながら、白い石柱も何本か並んでいるのが目に映る。比較的魔王城最深部と大差ない内装だ。

 それよりも先に飛び入る情報としては王国騎士の列だろうか。門兵と同じ槍を携えた騎士が、ざっくり数えても十数程、それも二列になってカーペットに沿うように並んでいた。王国騎士は鎧兜を被っているが、皆一様にカーペット側を向いている。無闇に通り掛かってしまえばすぐにでも襲われるかもしれない。そう思うのも不思議ではなかった。


「…………?」


 しかしいくら待てど誰かが動く様子も無かった。大きな扉の近くで開け放った者もいないようだ。まるでシバが来るのを出迎えてるかのように、独りでにその扉は開かれたのだ。

 恐る恐る前へと踏み出すシバ。腰が引けてしまいそうなのを何とか堪えながら、仮面を直しつつその王国騎士の門を潜りぬけていく。彼らが襲いに来る気配はない。


「……ようこそ。世界を旅をする者よ」


 語り掛けてくる声の主はすぐに見つけることができた。

 少しだけある段差の先に設けられた金の椅子。両サイドの王国騎士に護られるようにそこへ深々と座る御老体がいた。頭には冠が載せられており、その装飾は目を奪われてしまうほど煌びやかであった。ぶかぶかのコートを羽織い、これまた細やかな装飾が付けられた宝杖をついている。余った片手で手持無沙汰そうに肘掛を擦っているが、指輪もまた色とりどりの宝石が埋め込められていた。顔のほとんどが区別つかなくなるほど皴寄っており、口元も白い髭によって覆い隠されてしまっている。


 国王。彼が王宮に君臨する王国のトップで間違いないだろう。


 頭を下げないのも失礼だと思わざるを得ないが、例の勅令の件もある。こちらは捜索対象でもあり被害者とも呼べよう。ぐっと堪えるものでもないが、シバは逆手に握るハンマーの力をそっと強めることで紛らわした。


「ようこそ。世界を旅する者よ」


 国王は同じ言葉を繰り返す。


「……ようこそ。世界を旅する者よ」

「…………」


 シバはそっと仮面に手を伸ばす。それを少しだけズラして、片目だけを見せつけるようにする。


「……ようこそ。世界を旅する者よ」


 何事も無かったかのように台詞が復唱される。

 ここにいる誰もが大きな反応を示さなかった。

 仮面を外し、そしてじっと国王を見据えた。両脇に抱えられた騎士もこちらを魔物だと叫ぶことなく、その上微動だにもしない。


「国王さん。無礼だと承知の上で俺はここまで来た。俺から二つだけ聞きたいことがある」


 指を二本立て、さらに指の本数を減らし一つ目の質問を提示する。


「一つ、赤い目の人間を探している件について。見ての通り、それは俺だが……どうしてとらえようとしない?」

「…………」


 国王は答えあぐねるというよりも、それに合わせる言葉を持ち合わせていないように黙りこくってしまった。


「答えられないなら、もう一つだが……」

『……これは<>だけじゃない』


 シバが二つ目の問いを並べる前に、ハッチが姿を現し割り入った。


『何かがいる。オマエ、気を付けて』

「…………」


 答えることもなかった国王だが、一瞬だけ反応を示した。スッと些細な動きではあったが、その視線は明らかに隣に飛び出たハッチの姿を捉えていた。

 ハッチを視認できるのは転生者か、もしくは魔女神のような存在だ。<>から生まれた人が目視できるはずがない。


「隠れてないで出てきたらどうだ? 見られて減るもんでもないだろ。そっちが<>弄って<>を動かしてるのはわかってるからな」

『…………珍しいことをする人間もいたものだね』


 王の間で声が響く。

 その主はすぐに見つかるだろう。国王の御老体の直上、椅子の背凭れに座るようにいつの間にか『それ』はいた。


『それと此奴こやつが報告のあった個体か。ふむふむ。……≪弐≫かな? いや≪参≫かな? 君はどっちなんだい?』

『……ウチは≪壱≫だ』

『ほう? そうか、そうか。……ニハハハハッ! 素直で良い子じゃないかッ。なあに、彼奴きゃつがすごく焦った様子だったからどんな末恐ろしいモノかと待ち望んでいたよ』


 会話についていけないシバを余所に『それ』は場違いなほど大きく笑う。

 黒く跳ねるような長髪を垂らす、童顔赤目の女性。だが椅子の大きさから見てもそれを人と認識するにはあまりにも大きいだろうか。頬杖を突き、脚を組んで余裕そうな態度を取っている。服装はどこも見覚えがないような、それとして以前出会った魔女神を彷彿とさせるような白い布地を広げる恰好だ。そのまま目線を落とすとヒールを履いている足先で腰かけている国王の王冠を弄んでいた。

 会話から察するに、魔女神ダイズ本人ではないのは確実だ。それとは別の新たな女神となるだろう。


「……あんた、何者だ?」

『人間如きがわれを知ってどうする?』


 今更赤い目に驚くことでもないが、その目で見下される威圧にはつい圧倒されてしまう。シバは負けじと睨み返し、次に黒髪の女神が口を開くのを待つ。


『……≪災厄の神≫』


 シバの問いに答えたのはハッチからであった。

 それは少し驚いたように目を大きく見開かせるが、すぐに笑みを含む視線へと変わる。


『ニハッ。よく知ってるじゃない』

「≪災厄の神≫……って、それは魔女神の異名じゃないんか? 別神べつじんなんだろ?」


 確かに魔女神のことをハッチ自身からそう告げていたはずだ。本名じゃないにしろ、それが偶然同じになるとは考え難い。


『区分。成り損ないで言う組織みたいなものさ』


 ハッチの代わりか『それ』は代弁する。手持無沙汰にも手首をくるくると回していた。


『でもその呼び名は正しくないなァ。それは君達の造語であって、朕々われわれの呼称ではない。そうか、君達は名前で呼び合っているのだったな。……ふむふむ。無知からは事物すら孕まぬ。興味や好奇心というのは少量の味を覚えてから貪欲に成るものだ。だがしかし、が口から全て喋るは興が削がれる。……ニハッ。では、こうしようか』


 突如『それ』は両手を大きく広げ、フロア中に響かせるよう高らかに声を張った。


『――シバと語る者とハッチと呼ばれる者よ。朕はこの<>を有する神たる者だ。さて、君達が欲するはさぞかしが正体よりももう一神ひとりの情報だろう? 彼奴の正体や名前くらい安い情報……と言いたいところだがね。ここは一つ、余興ゲームをしよう。ニハハハ! さあ、存分に朕を楽しませてくれようぞ』



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