1.4.6  いっぽう むらのほう




 ――*――*――*――




「これは……どういう状況だ?」


 村へと一時帰還したユーシャの目に飛び込んできたのは、己が知るラスト村の日常ではなかった。


 村人に混じるように王国騎士団が村の中にいた。これは魔王城にて使役魔術より耳にはしていた。だが、ユーシャの記憶ではこの村に王国騎士が訪れることなぞ一度たりとも無かった。

 そもそも王国騎士を王国から離れた場所で見掛けることの方が少ないのだ。北東部の橋を越えた先にあるノースィースト村では――もう幾百年も昔の記憶だが――王国との繋がりがあったため、王国騎士が王国の外へと派遣されることもしばしばあった。何度か隊長ともやり取りを交わしたこともある。それは交易や制約といった繋がり故、彼らの管轄はあくまで王国だ。ここまでくるにはそれ相応の理由が必要であろう。

 その王国騎士は、一部は村に残っているが、残りは馬に乗って北門へと駆けて行った。かと思えば、別の騎士が一瞬にして身体が村から「生えて」きた。そして同じように北門へと走り去っていく。魔術の痕跡すら残さない、転移魔術ではない瞬間移動だった。ポツポツと村に突如現れる王国騎士は何かを追っているようであったが、自らの出没の異常さには気づいていないようであった。


 そして、ラスト村の人達もどこか様子がおかしい。多くの者が家の中に引きこもっており、窓から外の様子を窺っていた。王国騎士を恐れるというより、まるで魔物が村の中へと押し寄せてきたのを静まるよう怯えて待っているかのように思えた。

 ただし、全員ではない。村の門番は変わらず門外を見張っていた。村長は家の前に独り立っては誰かを探しているように見えた。他の村人とは異なり彼らは外にいることに憚りがないようだ。暴動や騒動が起きたというのも考えにくい。王国騎士が事を犯したわけでもなさそうだ。


「村長。今戻ったのだが……」

「おお、ユーシャ様よ。よくぞいらっしゃいました。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」


 特にこれといった様子もなく村長はいつものようにユーシャ達を歓迎した。


「王国騎士が村にいる。何かあったのだろうか?」

「ええ、王国騎士団第三騎士隊の方が訪れまして。話を聞くに、赤い目の人間を探していると」

「赤い目の人間……」


 それは紛れもなくシバのことだろう。


「なるほど。しかしそれとこの状況とは話が違うのではないか? 王国騎士が探しているのはわかったが、村人達が怯えているようにも見える。まるで魔物が村の中で暴れたみたいだ」

「村の中で争いが始まってしまいまして。確か……旅人さんと、王国騎士の方々がいざこざを起こしたようで」

「……シバが、王国騎士と喧嘩したのか?」


 彼はもう目覚めたのだろうか。

 これ以上聞き出せる情報もなく、ユーシャは宿屋へと向かった。一階にある酒場でヒーラ達が立ち止まる。彼らが二階にまで上がってくることがないのはいつものことだ。

 酒場のマスターも何処かで隠れているようだった。気にかけるほどでもないだろう、真っ直ぐ階段まで歩を進める。そこにいればと話を聞けると思ったのだが、案の定扉が開かれた部屋には誰もいなかった。ベッドの傍らに空になったシチューの入れ皿が重ねられており、匙は片方だけ使われたような痕跡があった。体調が良くなったシバが二杯とも食べたと考えるのが自然だろう。

 皿を片付けながらも使われた方の匙を手に取り、酒場の方に戻る。


「ケジャ。追跡魔術と感覚共有を。探すのはこの匙の使用者……シバだ」


 酒場で待つケジャを呼び、追跡魔術を行う。対象を一人にしか絞れなく、痕跡となる物がないと発動しない。代わりに、より正確にその人の行動が見て取れるようになる魔術だ。範囲探知魔術が魔物にしか使えないのに対し、迷子といった人探しなどで活躍するのが追跡魔術だ。

 ケジャは頷き、手に持った匙に魔術を込める。匙はふわりと浮かび上がり、村の交差点にまで飛んでいった。


 そのまま村長宅の前で匙の浮遊は停止する。


「……ここで記憶共有しよう」


 ユーシャは一連の出来事を過去視し始めた。残された記憶はセピア色に過去の出来事をこと細やかに再現する。


 ――……話は聞いたぜ。俺は、赤い目の奴を知っている


 ――……斃す、とまで言ってないのは表向きか?


 ――……くっ。こうなっちゃうか……


「……ふむ。どうやら王国騎士兵殿が旅人殿を捕縛しようとし、互いに武器を手に取る騒動が勃発したようですな」


 ケジャがその出来事を一纏めで告げるが、どうにもおかしいと感じざるを得ない。

 王国騎士団第三騎士隊の隊長サンタイチョウは誠実な方だ。武に長け学も劣らぬ実力を持ち、その性格は着実に証拠を集めてから判断するようなお方だ。騎士隊長の名の元、騎馬技術ではユーシャも未だ参考になるものがある。教えを請うた際にも手厳しい手ほどきを受けたものだった。

 そんなサンタイチョウが提案を一つ聞いただけですぐに犯人と決めつけ捕らえようとするだろうか。


「それに……」


 この続きで、シバが突如姿を消していた。

 このような現象は、初めて出会ったときにも軽く似た事象を見ただろう。アーチャによる背中を狙った矢が吸い込まれた件だ。これは、あくまで予想でしかないが、我々にはっきりとは見えないというシバの連れの存在の仕業と考えられうる。


 村の交差点で生じた一連の過去視を終えると、匙はさらに村の北門へ向け飛び出していった。その速さは馬に乗って駆けていくように、立ち止まっていてはいきなり距離を離されてしまうほどであった。

 ユーシャが足を踏み込むとほぼ同時くらいに、ケジャが身体能力向上魔術を施す。疑似的に馬が走る速度と同じになり、逃げるような匙を追いかけていく。


 道中、前方にて王国騎士も馬で駆けていく姿が見えた。それは目の前にいたかと思えば先程の村の時と同じくして忽然と姿を消していた。この点で王国騎士は村に戻っているのだろう。突如姿を消すという意味では、これもまたシバの連れの仕業やもしれない。シバが追いかけられているならば合理的でもある。


 暫く真っ直ぐな道を走った矢先。一本道ではあるが村からもそこそこに離れた距離で、人影を見つける。

 その人影は膝を地につけ、どこか項垂れているようにも見えた。近くには切り捨てられた馬と王国騎士がいた。ユーシャはその無慈悲にもうち棄てられた死体を見て顔を顰める。どちらも横一文に首を切断されており、即死だったのだと判断できた。シバの仕業ではないだろう。長く見ていられるものでもないため、そっと視線を元に戻した。

 跪く恰好の者は見覚えのある仮面をつけており、何か小言をぶつぶつと呟いていた。魔術を唱えるような呟きではなく、どことなく生気が無いように、単調な言葉を繰り返しているようであった。


「ワレ……サンタイチョウ……」


 その者の近くで匙は再び移動を止める。


「これは……サンタイチョウ隊長。こんなところで何があったのだ」


 言葉を漏らすも問いかけに答えてくれず、ユーシャは再び匙を頼りに過去視を始めた。


 ――シバの逃走劇。

 サンタイチョウが巧みな騎馬技術で逃げるシバを追い詰める。

 後ろからハンマーがサンタイチョウを襲う。

 そこで本性を現すかのようにサンタイチョウが異形と化す。

 切り捨てられる一般王国騎士。

 その目は卑しく光っていた……。


「なんと……」


 誰かが思わず言葉を漏らす。人ならざる者。あの王国騎士団の隊長たるものが魔物と化したのだ。


「王国の騎士ですもの。やっぱり信用できないですわ」


 ヒーラが冷たく吐き捨てるように呟く。だが魔物ではない御本人がここにいるため、何か理由があるだろう。これといってフォローできることもなく、続きを視た。


 ――シバと魔物との戦闘。

 魔物は見たこともない強大な力でシバを圧倒する。

 防勢一筋だったシバが転機を図る。

 仮面をつけた途端、サンタイチョウが静まり、分離する……。


 戦闘はそこで終了したようだ。サンタイチョウはその時からこの姿のままのようであった。とりわけトドメを刺そうとしないシバを見て、危害が広がぬよう彼が食い止めてくれただけなのがわかった。


 ――……んで、書き換られたって話よ。……<>から<>が変わっちまったって?


 知らない単語が飛び交う。聞き取れなかったと言った方が正しいだろうか。虚空に向けて会話するシバ。これは姿見えぬ存在と会話をしているのだろう。


 ――……言ってしまえば、こいつは<>の犠牲者になっちまったんか


 ――……全て……。それってよ。村のヒト達もそうだが……


 そこで一度会話が途切れる。

 サンタイチョウが犠牲者となったとシバは言ったか。犠牲とは何のことだろうか。ユーシャの知り得ぬところで事が進んでいる。シバは事の顛末に前々から気づいていたのかもしれない。

 それに村の者にも被害が及んでいるのではないかとも。


 シバはやれやれといった表情で溜息を吐く。そのまま近くにいた白馬を撫でて、その鞍に足を掛けた。サンタイチョウはそれにも動じず、止めようともしなかった。


 ――……ちょっと借りるぜ、サンタイチョウさん。生憎俺は村に戻れそうにないからな


 ――……こっからやることは、もう決まってるだろ。こうなりゃ、直接カチコミに行くしかねえよ


 白馬に乗るシバは誰かに向かって告げてこの場を立ち去っていく。見えぬ存在に対してなのか、過去視していることをわかっていたかのようにこちらを見つけていたようにも思えた。

 元の視界へゆっくりと開かれる。匙もその場で浮遊するのを止め、コトンと地面に落ちた。これ以上は再現できないようだ。


「サンタイチョウ隊長……」


 自ら跪き、サンタイチョウと視線を合わせる。サンタイチョウはこちらを見ることもない。拳を作り、額に当ててそっと目を閉じる。王国で身に着けた祈りを捧げた。

 サンタイチョウの働きぶりを見ても、彼が魔物であったとは非常に考えにくかった。何らかの原因が生じて魔物へと転化してしまったと考えている。亡くなったわけではないが、茫然としているところを見るにここから治癒することは難しいのだろう。可能なのかもわからないが、ヒーラはそもそも乗り気ですらなさそうだ。魔物となった人が再び人に戻ったなんて聞いたこともない。それ相応のリスクは負ってしまっているだろう。


 このまま野放しにするのも不安がある。魔物から人に戻ったと解釈するならば、今は安全だろう。人であるサンタイチョウを見捨てることの方が、ユーシャにとって有り得ないことだ。


「みんな。サンタイチョウ隊長を村まで――」


 運ぼう、と伝えかけたその時だった。

 近くで何かが蠢いた。誰かの反応があったわけでもなければ、魔物が襲来してきたわけでもない。ここにはサンタイチョウ隊長と我々を除いていなかったはずだ。


 いや、確かにそこにいた。首を飛ばされた王国騎士の死体があった。それが突如として馬の死骸と共に奇怪で黒い粘液状の塊と成り新たな姿へと形成していく。

 その形が出来るや否や、一矢がその身体を穿つ。続けて三本。顔を認識した時に何が起きたのかを一瞬で把握した。


 王国騎士の死体が赤い目の魔物と化していた。


「……ギリギリ、ね」

「アーチャ、反応が早くて助かった。皆も無事か?」


 敵襲に構えていた皆が神妙な表情で頷く。ケジャがそのまま杖を構えて、仄かな光を放った。


「――敵襲、村の方角から三体ですなっ」

「……っ!?」


 遠くから馬のような影が駆けつけてくる。誰かが馬に乗っているのだと思ったが、それが過去視で見た異形の魔物に酷似しているとなるとケジャの報告と辻褄が合う。


「皆、まだ急襲は終わっていない。構えろっ」


 モックがすぐに前線へと出て、ケジャとヒーラが最短で補助魔術をかける。突撃してくる異形の魔物を受け止め、アーチャが急所を狙うように矢を射った。

 過去視のものと姿かたちは似れども下級のようであった。アーチャの矢だけでも十分に魔物は身じろぎ、地に伏せてはやがて消滅した。


 それでもユーシャ達には初めて出会う魔物であった。知っていたからこそその素早さがわかっていたのだが、どうにも様子がおかしい。


「……いや。まさか――」


 ユーシャは考えたくなかった。

 最悪を想定してしまったが、それを覆すような別の理由が思いつかなかったのだ。

 もしそれが正しければ、ラスト村が非常に危ういこととなる。サンタイチョウ隊長の身の安全もそうとは言ってられない状況に陥ったのかもしれない。


 何故そうなってしまったのかという原因が一切わからなかった。微塵たりともそうとなる要因が浮かばない。しかしながら、それ以外に思い当たる可能性がぬぐい切れなかった。


 王国騎士が、魔物と化してしまっている。



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