1.4.5 武勇ノ豪傑 対 旅人
大きく振りかぶる長柄を見て咄嗟に左に避ける。自分の右側を掠めるようにその長柄が空を切る。
「……っぶねぇ」
横から見える魔物と化したサンタイチョウは名状しがたい姿をしていた。
正面からでは馬の首から上がヒトの上半身をしている半身半獣のものだと思われた。地球の誰かがケンタウロスと呼んでいた有名な空想上の生物に酷似していた。しかしながら、知識として覚えがあるケンタウロスにしては、馬の後ろ脚と思わしき箇所に蹄がない。それを例えて言うならば筋肉質なヒトの腕の形をしており、真後ろに向かって地を這うような恰好にも思われた。何より尾にあたる箇所には融合されたはずの馬の頭がちらりと見えたのだった。
魔物は長柄を振るった反動で少しだけ前進していたが、臀部をちらりとこちらに向けた。いや、その後ろにあった馬の顔がこちらを捉えていた。
「き――」
後ろ脚の一本だけを器用に立ち上げ、四つ足の魔物が毛深い片脚を伸ばしてくる。
避ける判断ができずにいた。ハンマーが独りでにその脚を殴り払おうとする。それに合わせて力いっぱい振るう。ヒトの手よりも大きな足の指が広がり、ハンマーを受け止めるように掴んだ。
捕らえられたハンマーを引っ張ってもなかなか抜け取れそうになかった。両手で引っ張っては相手の片脚に引き返されてを繰り返す。
サンタイチョウの魔物が長柄を持ち替える。下に矛先を向けた。ここから離れなければ串刺しにされてしまう。それでもハンマーを手放すと、このまま奪われてしまいそうだ。
「……あ゙ぁっもう。なら、こうだっ!」
ハンマーに全体重を乗せて前へと押し込む。力を向けた先はもう片方の後ろ脚だ。
捻られるような恰好で魔物の片腕はハンマーを手放し、さらにもう片方の後ろ脚のひかがみにハンマーがぶつかる。バランスを崩した魔物が振り下ろさんとした長柄はあらぬ方向へと投げられ、地へと刺さる。
転生直後の闘いでも似たような転機を図ったなと頭によぎる。
もしくは魔女神以外の存在がいるというのだろうか。
タックルした勢いのまま、転げるように馬の魔物と距離を置く。その間ヒトの上半身が項垂れるようになり、馬の顔がむくりと起き上がる。
『ンヴヴヴゥフ……』
「今、考えてる場合じゃねえな」
馬の顔には似つかわしくないほどの鋭い牙が露わになった。後ろ脚が腕となり、ヒト型の上半身が後ろ脚となる。地を小刻みに蹴っては、その太ましい腕で殴りかかってきた。
自らハンマーを拳に合わせて振るう。魔物の拳とぶつかり合い、衝撃が波となって空気を揺らした。長い髪の毛がなびく。ハンマーを介して全身にもその衝撃が伝わってきた。魔物の腕は砕けることなく、反動を受けて互いに後ろへと下がる。
魔王城前にいた既存の魔物は、このハンマーで殴って一撃たりとも受け止めきれることはなかった。城内にあった謎の石像もそうだった。<想像>から産まれた新たな魔物は、魔女神ほど力を有していた。
偶然なのだろうか。それとも、俺のハンマーの力量を知っていてこのようになったのか。
「はぁ、はぁ……。ちと、不味いな」
互角どころか、こちらが劣勢かもしれない。
相手がどのくらい動けるかもわからないが、何処にも異常をきたしてないのを見るに体力は有り余っているのだろう。このまま繰り返していっても消耗するのはこちらの体力だ。今の全力の一撃をぶつけ合っただけでも、かなり身体に堪えた。二度目ならまだしも、三度目までもつかかなり怪しい。
『逃げる? 逃がす?』
「……いや。俺がここで止める」
勝算は見込めない。それでも、ユーシャやその他の<想像>まで巻き込みたくないのが本音だ。
ユーシャにはとっとと魔王をぶん殴って欲しいが、こんな見慣れぬ魔物が出たらこちらに寄ってしまうだろう。魔王も城には不在だったのだ。ユーシャはユーシャで別の場所で奮闘しているだろう。もしかしたら今、魔王と出会って戦ってるかもしれない。
ここで起きた事件の発端は明らかにこの身故だ。ならば、ケジメはここで俺が絶つ。
「そうでもしなきゃ、恰好がつかねえよっ」
飛びかかるように脚を狙う。大きく動く敵ならば脚さえ機能不全にしてしまえば動けなくなるはずだ。防がれぬよう地面スレスレでハンマーを振るう。
魔物もわかっているのか、今度はハンマーではなくこちらへと腕を伸ばしてきた。自分の身体が捕まっては意味が無い。ハンマーの角度を変え、カチ上げるようにぶん回す。何とかその腕を払うように退けた。腕はハンマーの打撃を受け弾かれたが、そのままブツ切れるようなことは無かった。手に残る感触も、強固な鉄塊を殴ったような気分だった。
二撃目が来る前にすぐさまその場から離れる。後ろに回り込むように走るが、身体が反転してヒト型の上半身がむくりと起き上がった。いつの間にかあの長柄も携えていた。
前脚が起点となっているのはわかるが、あの半身もどうにかしないといけないらしい。
「――ぐぁっ!」
ものすごい勢いで長柄を突き出してくる。咄嗟にハンマーでいなせたが、とても目で追えるような速さではなかった。発達している後ろ脚で地を思い切り蹴ったのだろう。勢いにどつかれて大きく後ろに下がる。距離は取っているが、またすぐに詰めてくるだろう。
「何か対策ねえか……」
こんな道すがらに使えそうな物が落ちてる訳でも無いだろう。
そう思った矢先に、一つだけ手元に転がっていた物を見つけた。そこにあったのは偶然だった。俺が馬から落下した衝撃で外れてしまったあの仮面だ。
とりわけ物凄い効力がある代物でもないのは知っていた。赤い目を隠せる程度の認識だ。無論、魔物相手にはつけても全く意味が無い。
赤い目を今更隠すだけでは役割不足だ。
「――ちっ、またかよっ!」
大きく地を蹴る予備動作が見えたため、今度はすぐに対処できた。それでも両手を使ったハンマーで受け止めることが精一杯だ。
『オマエ、何度も受け止めることは危ない。もう逃げる方が最善』
「ったく。俺だってあの魔物になっちまったヒトとやりたくてやってるわけじゃ――」
『フゥヴッ!』
「……魔物、なら――っ」
距離を詰められたまま五月雨のように激しく突いてくる。ハンマーがまたも勝手に受け流してくれる。それが受け止めてるかもわからないが、何とか凌いでいることだけは事実だった。
連続突きも最後の一発は大振りにきた。むしろそれが最後の一発であるとわかるほどであった。
ハンマーで受け止め切って、赤い目の魔物の手がふと止まったところで咄嗟に仮面へと手を伸ばす。全身を回転させるように拾い、そのままハンマーを片手で振るう。
『フゥヴヴヴンッ』
目の前で見え透いた回転攻撃には魔物も容易く受け止めた。両手で持った長柄で器用に受け止め、片手だけの俺を弾き返そうとする。
「そっちはブラフ――」
こちらからジャンプしてさらに魔物へと詰め寄る。赤い目と赤い目が合った。ハンマーはそのままに、もう片手で仮面を魔物の顔面目掛けて押し付ける。魔物はそれを躱そうとするが、殴ったハンマーに気を取られてか顔だけで避けようとする。
若干届かないだろうか。さらに伸ばそうと思い切って仮面を手に持った腕を伸ばす。
「届け……っ!」
『……ッ!?』
手元の仮面が魔物の顔に取り付いたのがわかった。仮面が顔に触れた途端、光が仮面の隙間から漏れる。光はすぐに収まり、俺は手を離した。
魔物は抵抗することも無く訳が分からないように長柄を落とし、空になった両手で頭を抱える。
「フ……フン、フンフン…………」
「はぁ、はぁ……。仮面があるうちは、赤い目が無くなる。さらに今、俺はお前が魔物という【概念を破壊】した」
赤い目を隠せる程度の効果。
だからこそ、魔物の象徴である赤い目であっても隠せるはず。
しかしそれだけでは足りない。外部からの認知が赤い目ではないとなるだけだ。
そこに、その外部からの認知を、仮面をつけた魔物へと押し付けてやった。魔物であるという事実を隠すのではなく、事実を無くすようにと。
「ワ、ワレ……サンタイ…………」
上半身を崩すように倒し、魔物はそのまま分離する。元のサンタイチョウと白馬に戻っていた。馬の方もまた厳つい牙を有していない最初の状態であった。
サンタイチョウは元に戻れど、仮面はつけたまま言葉を連呼し続ける。何かに憑かれたように、魂が抜けたように、焦点も合っていないようであった。
ハンマーの面をサンタイチョウの顔に近づける。抵抗する様子はなかった。添えただけであり、こちらからも殴る意思は見せない。
サンタイチョウに向けていたハンマーを肩に担いだ。気を紛らわせるようにチョンチョンと肩を叩く。
「……なんか、呆気ないってか、気ぃ抜けるな。流石に無防備な奴を殴る趣味は俺には無え」
『<中核>の外から<想像>を書き換えた? 例外。オマエにそんなことができるなんて』
「できるって思い切ったら行けたな。というかあれ、ハッチが扉で近づけてくれたんか? 必死すぎて分からんかったが、普通に距離が足りなかった気がしたぜ」
『……例外となるオマエを、信じてみた』
「んはっはっ。やっぱか。サンキューなっ。……それに今更何さ、
そんなことはどうでも良くて。
サンタイチョウが変身する前にも闘うハッチが気になることを言っていた。
「んで、書き換られたって話よ。……<中核>から<想像>が変わっちまったって?」
『異世界の転生当事者……ここではユーシャって個を中心に<設定>は動く。それ以外で発生する事象は、
物語の登場人物として実在していたサンタイチョウの設定がユーシャの知らぬ間に変わった、ということだ。物語上初めからサンタイチョウがヒトに成りすました魔物であった、ということではない。しかもリアルタイムで、今魔物へと<中核>から転じたというわけだ。
「言ってしまえば、こいつは<想像>の犠牲者になっちまったんか」
『考えられうる推測。<想像>を介して、ウチ
「全て……。それってよ。村のヒト達もそうだが……」
『
それはユーシャの連れもそうであるということ。目の前で仲間だったヒトが魔物になるなぞ、とてつもなく恐ろしいことだ。
推測の域を出ないとはわかってる。だがそれでも、一度事例が出来てしまった以上、十分有り得てしまうのが<中核>から成るこの<世界>なのだ。
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