1.4.4  その違和感は 唐突に




「国王陛下との面会を申し込むか」


 サンタイチョウは腕を組んだままこちらを睨む。何かが弾け飛べば一瞬にして火蓋を切られるような威圧。誰もが動きを止めてこちらに注目していた。


『最善の選択ではない。今なら撤回できる。オマエがわざわざそうする必要もない』

「お互いに必要だから、さ」


 ハッチに視線だけを送る。当たり前だがこの場において、ハッチの声や姿に気づいている者はいないようだ。


「……貴様のその自信ありげな態度、理由わけを先に述べよ。それにより貴様を信頼に値するか判断する」

「んじゃ、まずは論より証拠ってな」


 隠し持っていた一本の剣を差し出す。剣と言っても柄の近く根元で砕かれた刃折れの剣。武器としてはあまり期待できないほどに壊れている。

 一見するとただのガラクタであり周りの王国騎士は何がなんやらといった表情を浮かべているが、サンタイチョウは鋭い眼光を大きく見開かせた。見ただけでもわかるということは、流石に知っていたようだ。これは、ユーシャが使っていた伝説の剣だったものだ。


「赤い目の人間は、あの魔王討伐を目指してるユーシャにすら打ち勝った奴だ。そいつを探してるなら、それ相応の覚悟と理由ってもんを聞きたい」

「ユーシャ殿が……対峙し、たの……か?」

「おっと。これ以上の情報は取引に応じるかだぜ。どうする? 俺はすぐにそいつを呼ぶことができるんだが、呼んですぐ捕縛させるとかそういうのは心苦しい。それに、赤い目の人間を『探している』っつーてたもんな。斃す、とまで言ってないのは表向きか? 恐らく魔王みたいに討伐しろとまでは命令が下されて……」

「…………」


 話している途中でサンタイチョウは無言でスクッと立ち上がった。高圧的にこちらを見下してくる。身長差を少しだけ恨んだが、ここで怖気づくのは恰好がつかない。


「…………」


 言葉にするでもなく右手で薙ぎながらこちらを指差す。後ろの王国騎士が動いたのを見るに、俺を捕縛しようというわけだ。

 流石にそうなるのは勘弁だ。素直に受け入れれば悪いようにしなかったのにと考えながら、右手に持ったハンマーを握りしめる。


 王国騎士もこちらが構えたのを見て、剣を抜いた。警戒しながらじわりじわりとこちらに詰め寄ってくる。村長除く村人達はこちらを気にしながらも、邪魔立てしないようにとそそくさと離れていった。


「くっ。こうなっちゃうか……」


 この状況、まるで俺が悪役みたいだ。事実この世界にとってはそうなのかもしれない。


 とはいえ、ヒト相手には良心が働いてしまう。<>と言っても魔物とヒトじゃ訳が違う。そこに何の区別があるのかと問われればはっきりと答えられないのだが。


 後ろに少しずつ下がっていくと、気づいたら周囲を囲まれ始めていた。王国騎士は数名しかいないが、村の家の壁に背中を阻まれてしまい逃げ道が絶たれてしまう。


「抜け『穴』があればな……」

「…………ッ」


 サンタイチョウが口を開ける。そこからは「捉えよっ」といった指示が出るわけでもない。しかしそれでもわかっているかのように、王国騎士が一斉に飛び掛かってきた。


 ある者は剣を構えて切りかかろうとする。

 ある者は盾を構えて抵抗を止めようとする。

 またある者は腕を延ばして身動きを留めようとする。


 それを理解できたかできてないかくらいのタイミング。

 その瞬間に、俺の視界が暗転する。


「――――ッ!?」


 驚嘆の声を上げたのは王国騎士だったか、隊長だったか。もしくは俺自身か。


 その場にあったはずのシバの姿は忽然と消えていた。


「おお、旅人さんよ。どちらへ向かわれました?」

「――よっと」


 次元の穴から、王国騎士達が停めていた馬の一匹の上に飛び出る。


「ちょっ……。暴れんなって!」

「……ッ」


 ハッチのお陰で絶体絶命を逃れたはいいが、暴れ馬は言うことを聞きそうにない。よく見てみると、馬の脚が妙に堪えるように震えているのがわかる。


「うわぁ!」


 身体を安定させようとして手元が狂いハンマーが地面に落ちてしまう。途端に馬はその場から駆け出す。

 馬の制御が利いているのかもわからぬまま、我武者羅に村の外へと飛び出していった。


「…………ッ!」


 後方で様々な馬の嘶きが聞こえてくるに、サンタイチョウ含めた王国騎士が皆追いかけてくるようだ。


 手綱を携えて馬にしがみつく。乗馬に経験があったか定かではないが、身体が不安定に後ろ寄りになってしまうのは上手くいってないからであろう。振り落とされぬようにだけ意識し、重心を前に倒す。馬は解き放たれたように思い切りよく道という道を駆けていった。


「この馬、どこにいくつもりだ?」

『……不明。オマエが無茶するから、手助けしたまで』

「ハッチ、さっきはありがとな。……ハンマー落としちまったけど、盗まれないように持ってこれねえか?」

『元々アイツの持ち物を奪われると表現するのは正しくない。それに、この<>にとってハンマーそれはかなりの質量がある。オマエは無意識で持ってるけど、ここの<>への重量負荷が尋常じゃない』

「えぇ? あー……あ?」


 そうなのだろうか。

 確かに見るからに重そうではあったが、俺にとっては箒を手に取るくらいの感覚であった。他の人に持たせたことがないためそう言われてしまうと不明瞭だ。持ち主だから何も感じないのだろうか。


「誰も拾えねえことを祈るか。……どうせ返ってくるだろうし」


 この追われている状況下で引き返すほどの無謀なことをしてまでは身を投じたくない。

 後ろからの追手がぞろぞろとやってくる。距離はまだまだあるが、道に難があるため地形を理解できていないこちらが不利なのは確実だ。


 逃げるにしても、この先に何があったかも定かではないときている。確か地図で言う中心に王国があっただろうか。このような形で入るのは敵陣へと飛び入るようなものだ。それにラスト村以上に強固な城門や門兵が構えており侵入するのが困難だとも予想できる。


 このまま追手が諦めるまで逃げ続けるか、投降するか。

 もしくは王国騎士を一蹴するか。


「時間稼ぎでも……っ!」


 振り返ると、王国騎士の一人が忽然と姿を消した。転移魔術のようなものかと思われたが、その場に次元の扉が開かれたのを見て≪扉の番人≫の仕業だと理解する。


「んなことできるんかよっ」

『一気にやるのは今は難しい。座標を指定しなければすぐできる』

「――いや、それはやめてくれ。下手に上空から落とすようにするはダメだ」


 見知らぬところでヒトが落ちてくる怪異現象が生じたなぞ聞きたくもない。

 それに、相手は王国の騎士だ。仮に今、ヒトを殺めでもしてしまったら、この異世界から敵だと見做されてしまいそうだ。


 時差はあるものの一人、また一人と後ろで姿が消えてゆく。こちらを追う姿は元々多くない。着実に数が減っていっている。

 そんな中で、ズバ抜けてこちらに向かってくるのが速い馬がいた。

 彼は部下が消えていることにも目をくれず、冷静に馬から手を離し弓矢を構えてこちらに向けていた。そして、躊躇いもなく弦が弾かれる。


「――っ。暴れんな……って!」


 馬が制御を失ったように体を揺らす。続けて二本、三本と矢が馬の尻へと命中。耐えきれなくなり乗っていた俺を放り出す。受け身をとって凌ぎはしたが、打ち身した左肩にじんわりと痛みを覚える。仮面も衝撃で飛んでいってしまった。

 矢を受けた馬は主を忘れてそのまま走り去っていく。


 近くに毛並みの白い馬が停まる。遅れて遠くからも一匹くらいか蹄が地を蹴る音がしている。少なくはない数だったが、ハッチが退けてくれたのだろうか。何処にとは聞きたくはないが、おそらく村の方だと願いたい。


「…………」


 顔を上げ、視線を交わす。赤い目を見ても激昂して襲い掛かってくることはない。剣先のように鋭いそれは仮面の先に隠されたものをも貫いていたようであった。

 サンタイチョウはあくまでこの異世界の<>に過ぎない。だが、隊長にまで上り詰めた存在だ。それ故に気づいていたのだろうか。


 そもそも、どうしてか今の様子が普通じゃないようにも思える。


「お手上げだ。今の俺にぁ何もできない」

「…………」


 両手を挙げ降参のポーズを取るが、やはり無反応だ。奇妙すぎて警戒しないのも無理がある。本能がやばいと呼びかけてやかましい。会話を呼びかけつつ少しずつ後ろに下がり、距離をとる。


「そうだよ、俺が赤い目の人間だよ。名乗れってか? シバだ。名は知れ渡ってるもんでもねえし、国王様も知らねえと思うがな」

「………………」

「……なーんか喋ってくれねえかなぁ。わけわかんねえぞ。調子狂うんだ」

「…………ァ」

「隊長っ! 目標は何処へ――ひっ!?」


 馬で駆け付けた一人の王国騎士が言い切る前に、それは悲鳴へと替わった。


 サンタイチョウの後方、物凄い勢いで回転しながら襲い掛かってくる影があった。影は質量を以ってサンタイチョウの背中から殴りかかっては白馬のくびへとぶつけていく。

 通りがかっただけだろう、ハンマーはご丁寧に挙げていた俺の手元へと戻ってきた。馬の足で結構な距離離れていたはずだったが、渡り鳥のように真っ直ぐ主の元へと帰ってきた。過信はできなくとも、直接奪われない限りは平気なのだろうか。

 ハンマーには傷や血の一つもない。一度だけくるりと回してみてから、臨戦態勢に移る。


「サンタイチョウ隊長っ。御無事で……」


 サンタイチョウは身を白馬の頸にうずめたまま微動だにしない。


 それどころか、徐々に白馬へと取り込まれていくようではないか。


 白い鎧が白い馬の毛と同化していき、そして気味の悪い蠢きを見せる。鼻先まであった馬の顔は平べったく潰れていき、頸もまた姿勢が良くなるように上へと伸びていく。伸びていった先にヒトの腕が生えてきた。鎧や引っ提げていた武具も馬の一部へと移り変わり、それは一つの生命体へと変化する。

 右手に現れた長柄が大きく振るわれると、隣にいた王国騎士を馬の頸ごと両断してしまう。ただ一人追いついた王国騎士は声を上げることもできず、なされるがままに恐怖を映したままの首を地に落とす。


 文字通り人馬一体となったサンタイチョウが顔を上げるや否や、その目が強く赤くギラついた。


「――っ。どういうこったよ!」

『……そっかー』


 ハッチが背中から飛び出す。魔物と化したサンタイチョウを見つめながら、しかとそれを認識するように凝視する。


『髭のヒトだった<>は、元々この異世界の<>として在った。それが今、たった今、ちょうど今。書き換えられた』

「書き換えられた?」

『――フゥヴヴヴンッ!』


 サンタイチョウだった魔物はヒトとは到底思えぬ雄叫びを上げる。耳をつんざくような咆哮は周囲の森を騒めつかせる。


『来る……っ!』


 ハッチの言葉通り、その魔物はこちらへと襲い掛かってきた。


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