1.4.3  赤い 目の 指名手配




「――…………ッ」


 もう転移魔術テレポーテーションの悪影響から回復しきったと言っても過言ではないだろう。

 そんな最中、宿屋の外が騒がしいことに気づいた。

 ベッドに膝を立てながら、窓まで顔を近づけてみる。宿屋が村の西側の端にあるためよく見えるものでもないが、中央通りに人だかりができていることがわかった。あの辺りには大きな看板のある村長の家があったはずだ。


「……何かあったんか?」


 窓を開けて身を乗り出そうと試みるが、そもそもガラスと格子が張り付けられただけの窓に開閉する用途はないようだ。不便に思いつつ、ベッドから離れて一通りの持ち物を手に取る。


『外、出る?』

「ああ。実際見てみねえとわからんからな」

『……気を付けて。これは<>から外れた事象。この異世界の転生者がいない中で動かされた<>』


 窓から視線を外さず、神妙な面で呟いていた。

 ハッチから気をかけるとは珍しい。ハンマーの握る手が自然と強くなった。誰かが動いたならば、考えられ得る者はひとりしかいない。


 宿屋から出るには、仮面は必要になる。赤い目を隠すため、腰に引っ提げたそれを取り付ける。

 しかし酒場のヒトは出払っており、店主もどこかに行ってしまったようだった。周りもどこか寂しいほどに静けさがある。村の皆々があの中央部に集まっているのだろう。


 村の中央部交差点に差し掛かると、見慣れない様相のヒト達が村のヒトと対峙していた。


「……ええ、わしが村長ですが。王国騎士の方々が、わがラスト村に何か御用が?」

「ふん。我は王国騎士団第三騎士隊の隊長を務めるサンタイチョウだ。国王より命を受け、遠路はるばるここラスト村に参った。部隊が少数であることは、広い範囲で任を達成するためでもある。決して我々は武によって侵攻してきたわけではない。唐突ではあるが、気を張らずに談合を望む」


 こめかみまで生えた髭を顎のラインに沿って生やす男が答えた。目の堀が深く、威厳を感じさせる佇まいだ。白と銀の甲冑を身に纏い、白馬に乗って語りかけている。脇に兜を抱えていた。サンタイチョウの後ろで待つ者は染められていない銀の甲冑で、同じように馬に乗り、兜を被っていた。

 ここに集った村のヒト達が口々に「武勇の豪傑とも呼ばれたあのサンタイチョウ様だ……」「本物の王国直属の騎士団よ……」と小声で囁く。


「このような小さな村から特に報告するべきことはないですが……」

「先も述べたように、国王からの勅命でここに参った。とある人物を探している。貴様達は、赤い目の人間を知らぬか?」

「――っ!」


 赤い目の人間。

 ピンポイントで特徴を捉えてくるならば、この異世界で該当する者は俺しかいないだろう。他にもいたのだろうか。いや、ユーシャ御一行の反応を見るに、それはなさそうだ。


 国王が直々に探りを入れている。


 急にかなりきな臭くなってきたが、まだ確証を得られたわけでもない。


「赤い目の人間、ですか。そのような者というは……それは人に化けた魔物ではないですか?」

「これは国王直々からの勅命である。これ以上は言うまい」


 村長の言葉を一蹴して、睨むように見詰めている。村長は威圧に押されたのかすぐに目を逸らし、誰かを呼ぶように言伝を頼んだ。

 その者はすぐに駆けつけてきた。俺にも見覚えがある彼は、この村の門番だった。


「ラスト村からは威勢の良い者は出払っておりますので。門番を務めている彼なら、見たことがあるかもしれません」

「ええ、事情はお聞きしました。赤い目の人間ですね……」


 考え込むような素振りをして、門番はサンタイチョウと目を合わせる。


「人間、かどうかは定かではありませんが。最近、この村に奇妙な魔物が近づいてきてました。見たこともないような魔物でした。人の形をして、何か抱えていたような。すぐに追い払い、襲いかかりもせず姿が消えたため仕留めるまでは至ってませんが……」


 門番は思い出そうと必死になっていた。村の皆のガヤが一層大きくなる。これには王国騎士も動揺を隠せないようだ。


「……ハッチ」

『理解している。髭のヒトの<>は違う。でも、このヒトは<>から干渉を受けている。ヒトの<>自体に異分子があるわけではない』

「<>で物語をいじって、元々この異世界にいた騎士団のヒトとやらに急遽赤い目の人間を探すように仕向けたんだな」


 それができるのはこの異世界を知る者――魔女神ダイズの仕業と考えるのが自然だ。小賢しいが、<>の改変は魔女神ダイズの作戦とみて間違いない。


 魔女神ダイズの目的と理由について、わかってきたことがある。

 このハンマーを取り返しにきていることが第一だ。元は黒く細長い柱のようなモノで、ハッチにもそれがなんだったのかわからないそうだ。これは奪われないように、ということを念頭に置いておけば良いだろう。

 次に異世界が『終わる』ことを阻止しようとしている。ここの異世界では、異世界の中にあった物語という<>が完了することを、無限ループにより終わりに近づけないようにしていた。前の景色のみの異世界では、そもそもの異世界の心臓部である<>の破壊を防ごうとしていた。

 これに限っては、異世界を大事にしているというよりも『異世界を存続させる』ことに注視しているようだ。実際、人間であるユーシャを回帰ループに閉じ込めるような心無き行動に躊躇いはなく、今回みたいに<>を変化させることも可能なようだ。最悪の場合<>の消失までも行使するという前例もある。


 奴にとって異世界は大切なものだとハッチは言っていた。その理由は定かではないが、俺が<>の破壊という前科を背負った今、素知らぬフリをするはずもない。どうにかして止めに来ているのは確実だろう。


 騒めきで落ち着きがない中、一人冷静な男が啖呵を切る。


「その者が探している者に違いない。襲われた報告はないのか?」

「いいえ。魔物による被害報告は出ておりません」

「村には入ってきてないのか?」

「ええ、二回程しか見ませんでしたが。魔物が村の中に入ったことは過去にもございません」

「成程。他に見た者はおるだろうか?」


 サンタイチョウは周りを見渡す。ガヤガヤと落ち着きのない村人達に紛れ込み、人ごみに埋もれてしまう。一瞬だけ、こちらを見下ろすサンタイチョウと目が合った気がした。


「……赤い目の人間と呼ばれる存在だ。村の中に混ざって潜んでる可能性もある。多少手間ではあるが、今いる者を一人ずつ確認しても構わないか?」


 有無を言わさずサンタイチョウは右手を上げ、左手で自らの肩を叩いた。王国騎士の一人がそれに反応して杖を掲げた。杖からは一つの光が飛び、サンタイチョウを仄かに明滅する緑色の光に包んだ。特に大きく反応したわけでもなく、緑色の光は淡く溶けていく。杖を掲げた騎士は息を切らしながらポーチより不思議な色の小瓶をガブガブと飲んでいた。


「王国騎士の中でも魔術を使える者を複数名呼んでいる。この魔術――魔術解除の光を浴びることで、魔術で正体を隠していてもたちまち本来の姿になってしまうものだ。我が身に害がないのを見れば、人である皆にも影響がないということだ。これは国王直々の命でもある。不都合がなければ従っていただきたい」


 それも断ることがあればどうなるかわかっているだろうな、というニュアンスにも聞き取れた。


 村長は迷いなく頷いた。村の中に危険因子が入り混ざっていることを危惧しているのだと普通は思うだろう。メタ的に言えば、<>より俺への探りという物語に刷り込まれた行動イベントに過ぎない。


 村を訪れた王国騎士が馬から降り、各々が手際の良い陣形に並んでいく。

 先に門番が王国騎士の前に出てきて、魔術による調査が始まった。一通り魔術の光が放たれると、他にいた門番にも誰も門外に出さないように指示をし元の役割へと戻っていった。村人達は抵抗することもなく雑多に、しかし着実に蛇のような一本の列を組んでいく。

 人ごみに紛れてここは離れようか。そうとも考えたが、かえって他人ヒトの目が多く忍び抜けるのは難しい。


 サンタイチョウの言い分を信じるならば、あの魔術解除とやらを受けたところでとりわけ俺自身に悪影響はなさそうだ。そもそも俺が魔術を取得し変装や隠れてると魔女神が想定しているなど考えにくい。しかしながらも、転移魔術のことを踏まえるとむやみに魔術とやらを受けてしまうことには多少の抵抗がある。


『逃げない?』

「…………」

『オマエは深く干渉しないことを推奨する。ここのヒトは既に<>から干渉を受けている。<>が動いている。逃げる道として、ウチの扉であれば<>に影響を与えにくい。あの大きなヒトに見つかる前なら、まだ間に合う』

「それなら……」


 見つかったところで、何か変わるだろうか。

 異世界を壊すと言った手前だ。壊すには<>の破壊が第一の候補である。そして、その<>に接触した相手がこちらを探している。

 これは好機と捉えることもできるのではないだろうか?


「いや――ここは敢えて」

『って。オマエ……ッ!』


 蛇行した待機列を掻い潜る。村のヒト達が儀式のように緑色の光を浴び続けていた。儀式を無事に済ませたヒトからは目撃情報に関する問答が一人ずつ繰り返されている。

 その傍らに用意された椅子に座るサンタイチョウの元に近づく。


「……ふん。見慣れない恰好から察するに、この村の者では無いようだ。旅の者か? 今は忙しい。用件は後ろで控えている騎士に伝えよ」

「話は聞いたぜ。俺は、赤い目の奴を知っている」

「!?」


 サンタイチョウだけでなく、魔術を唱えている騎士も思わず詠唱を止めてこちらを見つめてきた。


「おお、旅人さんよ。わしからも、その話を是非とも聞かせてほしいの」

「ただし、条件がある」


 指を振って、皆の注目を集める。誰かが固唾を飲むような音を立てる。


 無論、ただで自首するようなバカげたことはしない。

 <>から物語がいじられてようが、<>という個が全て変えられたわけでもあるまい。彼は村の住人を虱潰しに調べあげようとするほどだ。目の前に見える手がかりは必ずや求めるはず。


「――王国騎士の隊長さん、お互いに情報を交換してみないか? 俺からは国王が探しているという赤い目の人間の情報を。サンタイチョウさんからは、赤い目の人間に手を加えず国王とタイマンで面会させるという誓約をしてな」


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