1.4.1 つづきから はじまる
*――*――*――*――*
新しい明日が来た。
ここはユーシャも知らなかった世界。パーティの皆は朝から気合十分で、いつでも出発できるように身支度を整え終えていた。シチューを誘うヒーラもいなければ、盛り付けを手伝うケジャもない。バーのテーブルに伏していた大小二つの姿はなく、今までと違う四人が宿屋の前でユーシャを出迎えた。
「ユーシャ様。おはようございます」
「おはようございます!」
「……ああ。おはよう」
このようなことがあるのだろうか。
いや、あったのだ。こうして、世界は未来に進んでいた。
無限とも永久とも思えたルーティンを繰り返す必要はもうない。
それもこれも、あのシバのおかげであった。本人は転移魔術の後遺症で宿屋のベッドに倒れていた。そのような症状が起こり得るわけもないはずだが、現にそうなっているようだ。一日看病についていたが、何とか回復傾向にあるようだった。彼には良くも悪くも何度も驚かされてしまう。
その努力を無駄にするわけにはいかなかった。何処から来て目的もわからないが、こちらを背中から後押ししてくれた存在には間違いなかった。神から逃げてきたというが、彼がここに来ていなければ私は今ここにはいない。
シバは魔王討伐の勅命を受けたわけではないという。味方にいるととても心強いが、強いることもない。元々はこちらの問題だったのだ。巻き込むべきでもない。彼は魔王城までに至る導となり、動けないのであれば残りの始末はこちらに任されたと考えるのが妥当であろう。
「皆、準備は万端か」
「はい!」
「あ゙あ゙、バッチシだ!」
「行こ行こ!」
「ケジャ、転移魔術を頼めるか」
「御意っ」
転移魔術は座標を設定して特定の地点に瞬時に移動することができる最上位の魔術だ。特定の地点とは村や洞窟の入口であることがほとんどであり、それも一度来たことのある場所でなければならなかった。代わりに一瞬で移動できるため、時間を無駄にすることがない。魔王城の城門は今までに辿り着いたことが無かったため、ルーティンで確かめるには徒歩せざるを得なかったが、今は勝手が違う。
「行くぞ。――いざ、魔王城へ」
転移魔術が作動する。暗転して、すぐに視界が開ける。
昨日ぶり三回目の城門を拝む。昨日は一度転移魔術が働くか確認しただけであり、中にまでは侵入していない。転移による悪影響は、自分にはやはり無いようだった。
入口近くは再び闇の靄で充満していた。背中の剣で切り払い、巨大な門へと手を掛ける。
前回は一気に最奥部まで突き進んだが、魔王たるものは存在していなかった。使役魔術より村に来た伝書鳥を介しても国からの魔王討伐の任が解除されたとの報告はなかった。王国内に侵略されたわけでもないとのことだ。となると、やはり魔王は潜んでいるという可能性がぬぐい切れない。
魔王城攻略時にシバが言っていた通り、小部屋含め虱潰しすることが今日の目的だ。少しでも痕跡や情報を集めることで、魔王の現在地や手がかりを得られまいかと企てている。
「ケジャ、魔術範囲探知を」
ケジャが杖を振るい、周囲に仄かな光を走らせる。反応には期待をしていない。
「続けて地形把握魔術と暗視魔術を。その上継続延長魔術もだ。……今回は、私から魔術複製をして皆に感覚共有する」
魔術複製は一度行った魔術を繰り返す高等魔術だ。同等の魔術を即時に発動できる。力としては強大ではあるが、魔術による消費は変わらずであり如何せん出番が少ない。利点としては魔術の重ねがけや大きな魔術が出しやすいといったところか。
今日探索主体となるとケジャに負担が大きくなりそうなため、ユーシャ自らも魔術の浪費に加担することにした。魔術も【代償】によりケジャほどではなくとも扱えるようにしている。
視界が良好になった途端に赤い絨毯が出迎える。動くのは空気に煽られた蝋燭の灯だけだった。あの火は特別な魔術により消えることはないのだろう。せめて不在時には消えるようにしてくれればいいものを、とぼやきながらも一階から見回りに移る。
不思議な形の階段の左側より伝うように部屋を確認していった。各部屋は全てユーシャが扉を開いた。無論、ケジャには予め絶対防護魔術をお願いしている。前衛の二人には万一のため後方を見てもらっていた。
赤い絨毯を対称に、部屋の造りも対称になっていた。間違いを見つける方が難しいかもしれない。一つ開いては、とりわけ目立つ痕跡も見当たらずに次の部屋へと向かった。
ケジャには要所要所で範囲探知魔術をお願いした。魔王はおろか、魔物すらこの城には存在しないみたいだ。ケジャの範囲探知魔術は隠れていてもある程度は認識できる優れものなはずだが、ここまで反応ないとなると本当にいないかケジャをも上回る魔術遣いとなるだろう。後者の場合は我々では対処するに難しいかもしれない。最悪は想定せずに、可能なことを着実に進めていく。
階段脇の小部屋を見回り終え、一階奥の廊下へと足を向かわせる。この廊下の通りは個室がズラリと並んでおり、それもまた全く様式の同じ造りであった。絨毯は廊下の端まで延びていた。
個室は入れるものはあったが、いくらか――廊下の端側に近い部屋ほど――鍵がかかっていた。鍵は見つけておらず、今入れるのは五室だけであった。
個室の中は寝台に簡易なテーブルと椅子、そして空っぽの棚に空っぽのごみ箱。窓はなく、壁は漆喰で塗られた簡素なものだ。そして五つとも全く同じ造りだ。何もないことがわかる上に、単調な造りのせいか、いるだけで少し気が狂いそうになった。
「ここは一通り、か……」
魔物もおらず魔王の在り処もまだわからない。
今日の探索では少なくとも何かしらの手掛かりを得たいものだ。そんな希望を抱きながら、二階へと移る。
最初の探索では二階はほとんど見回っていなかった。一階が吹き抜けになっており、二階の様子を見れたのもあったが、三階に通ずる階段へと真っ直ぐ目指したからだ。
とはいえ、これといって物珍しそうな場所があるわけでもない。吹き抜けになってる場所は一階を見下ろせるように通路があるものの、扉が一切なかった。とりあえず奥まで歩いてみたが、何事も起こるべくもなく行き止まりに突き当たる。
一階と二階を繋ぐ階段まで戻る。ここは一階の廊下の上とちょうど重なる場所になり、同じく個室がズラリと並んだ廊下が続いていた。異なる点を挙げるならば扉はどれも開かなかった。また、二階は個室の一部が階段室になっている。それは三階に通じる石畳の階段だ。新たな情報を得ようにも、幅員が広いなという感想しか湧いてこない。
三階まで上る。二階と打って変わっておんぼろな印象だ。右手に瓦礫が積もっている。念のため、これをどかしてみるとしようか。
「ブドウ、この瓦礫を――」
「あ゙い゙よっ!」
指示するまでもなく、ブドウは拳に力を貯めて一気に前進する。山積みになっていた瓦礫は一瞬で粉々に砕け散り、道が開ける。必要も無さそうだが、ヒーラが手持ち無沙汰そうに簡単な回復魔術をブドウへと送った。
「……感謝する」
「
「どんだけ有り余ってたのよ、その馬鹿力」
「馬鹿だと? 馬鹿って
見慣れた愚痴喧嘩を余所に瓦礫を越えてみる。この先には何が待ち受けているのだろうか。そっと右手を剣の柄まで伸ばす。
だがしかし、ユーシャが目にしたのは壁であった。
何の変哲もない壁。瓦礫の後ろにあり、通路が続いてたわけではなかった。元から行き止まりだったのだ。
「ケジャ、この壁の先に隠された部屋はあるか?」
ケジャが杖を構える。二回仄かな光が放たれるが、その返答は頭を振っていた。
「魔術範囲探知もしてくれたか。シバならあのハンマーで壊してでも突き進みそうだが……ここは、最奥部を目指そう」
瓦礫から離れ、反対側の廊下を歩く。点々と蝋燭が灯されているが、これらは何を歓迎しているのだろうか。魔王が待ち受けていればいいのだが。
そんなことを考えつつも左へと曲がり、そして最奥部手前の空間へと辿り着く。立派な扉がこちらを見下していた。その両脇にあったであろう鎧騎士の石像は砕け散っており、残された首がじっとこちらを見つめていた。感情もない赤い目からユーシャには読み取ることはできない。
見渡してもとりわけ目立つ物は何もなかった。転がっていた石を蹴り飛ばし、真っ直ぐ扉へと目指す。
最奥部まで来てしまった。ここまで得られた情報はほとんどなかった。鍵のついた部屋に何かあったのだろうか。そもそも、魔王がどこに潜んでいるのかもわかっていない。魔王の部屋であろう場所には来ることができるのだ。わざわざこちらから呼び出すはずもない。存在する悪であるならば、堂々と構えていればいいものなのだ。
「――私はユーシャ。魔王討伐の任を受けた者だ。魔王よ! こそこそせずに姿を見せるが良い!!」
大空間に入るや否や、大声で挑発を掛けてみる。言葉は本心だった。ここにいるならば聞こえているだろう。
ユーシャの声は空間で反響して、すぐに吸い込まれていった。風切り音が空しく返ってきた。ここに、魔王はいなかった。
「何処にいるのだ……?」
ふと、外へと通ずる格子を見遣る。外の闇のオーラが奇怪に渦巻く中で、一つの小さな影を捉えた。
影はこちらへと寄ってくる。それは使役魔術より遣えた一匹の鳥であった。何か変化があったらと国から寄越したのだが、村に残したままであった。特別な使役魔術と感覚保持する魔術をかけており、それを共有することにより簡単に情報を得られるようにしていた。
残された場所で何かが起こったためにこうして主の元へと戻ってきたのだろう。
村で何かあったのだろうか。シバは寝込んでいる上に、事を起こすようなことはないと思い込んでいたが。
使役魔術からの記憶共有より、その一連の出来事を過去視する。
その情報を知り、ユーシャは今日一番の驚いた声を出してしまう。
「何? 今、王国騎士団が村に来ただと……っ!?」
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