1.3.5 そこに待ち受けるのは
各々が無言で己の武器を手に取っていた。誰もがあの鎧騎士像に懐疑の念を
しかし、ケジャが手慣れた動作で仄かな光を放つとぽかんとしたまま像を見上げて呟く。
「……敵性反応は、ないようですな」
「生きてない、のか?」
「仰る通りです。寧ろ……」
ブドウが独り、警戒しつつ像の傍まで近づく。像はこちらを見下すこともなく、兜越しにある表情は読めない。ただ、門に近づく者を払いのけようという意思を感じ取りはしなかった。
それを見たアーチャが素早く動き、腕を伝って鎧騎士の眼前に迫る。弓を引き絞り零距離で矢先を赤い目に向けるが、像は石のように動こうとはしない。顔を顰めるアーチャだったが、結局弦を指で弾いた。放たれた矢は容易く弾かれ、カランコロンと地へと落ちる。鎧騎士は何事も無かったかのように、武器を掲げたままその場に在った。
「敵じゃねぇのか」
何処か不貞腐れているようだったが、鎧騎士の足元にいたブドウが落ちてきた矢に文句を垂れるとすぐに喧嘩をし始めた。
「精巧な像、みたいですね」
魔王の趣味なのだろうか。動き出しても不思議ではないどころか、動かない方が不自然にも思えるほど生々しい鎧騎士像。
「シバ、どう考える?」
「そうだなあ……。全くわからんが、俺なら扉開けるより前以って壊すな」
『これは<想像>による環境。……メリットはないけど、デメリットはない。今更干渉しないわけにはいかないから、オマエの自由』
ユーシャは長考した後、左側を頼むと短く伝えてきた。大きな剣を掲げて、ぶつぶつと魔術を唱え始める。力を貯めているようだ。それに気づいたブドウとアーチャは身の危険を感じ、喧嘩を後回しにその場から離れた。
頼まれからには、とハンマーを持ち直す。床を軽く叩き、崩れないことを確信してから、強く叩く。床が多少はへこみはしただろうが、そのまま空中へと飛び上がる。眼前の鎧騎士の赤い目と目が合う瞬間に、それを横薙ぎにしてやった。鎧騎士は武器を掲げていた腕からボロボロと崩れ落ちていき、上半身が吹き飛んだ。
着地と共に砂塵が舞う。腕や身体が散らばり、最後に首がゴトンと落ちてきた。少しだけ転がり、赤い目がこちらを睨みつけた――ような気がした。何かが起こることもなく、身に異変を覚えるわけでもなく、鎧騎士の像は壊れた。
遅れて右側からも衝撃が走った。視線を送るとユーシャが全身全霊で鎧騎士の像を切り刻んだ瞬間であった。オーバーキルな気もしたが、容赦がないとも言えようか。同様に粉々に砕け散り、さして異変が生じるわけでもない。
「協力に感謝しよう、シバ。……さて。進もうか」
一対の像が原型もなくなり、扉だけが大きく立ちはだかる。その存在感は闇のオーラに等しくこちらを無意識的に圧迫するようであった。錠はなく、鍵はかかっていないようだ。ユーシャが手をつけると、力とは裏腹に重々しく扉がゆっくりと開いた。
暗視によりその先はわかりやすいほど見渡すことができた。
先程の鎧騎士像が構えていた場所を広間というのも改めるほどの大空間。二階で見かけたシャンデリアがこれまでかというほどに天井にびっしりと埋め尽くされ、その天井はエントランスよりも高いだろうか。
扉から入ってすぐ左右に階段があった。それは高所に設けられたギャラリーに繋がるような構造をしていた。要所要所に太い石柱が立ち並び、この部屋の高さにも圧倒される。
向かって正面までの道程にカーペットが敷かれていた。一階のそれよりも質感が滑らかであり、思わず汚してはならないと足を逸らしてしまいそうだ。導くように真っ直ぐ続くカーペットの先に数段の段差があり、こちらを見下ろすかのようにそれは待ち構えている。
「……魔王は、どこだ?」
段差の上にはヒトよりも遥かに大きな台座があった。座面まで俺の胸元程の高さがあり、その主の大きさを測る指標になり得る。
だが、その当の主の姿はそこにはなかった。
風が
各々が台座の裏に回る。音は天井高くに設置された格子窓からの風切り音であった。城の最も高いところであるためか、空気の流れが荒々しいのだろう。格子越しの外に見える空は闇のオーラに覆われとても暗く、今が夜であるか明けたかも定かではない。
ケジャがさっきまでより強めに光を放つ。部屋の隅々まで満遍なく行き渡ったが、反応を見るにやはり何もいないらしい。
「タイミングが悪かったのやもしれませぬ。もしくは、別の場所に移動したかと」
「別の場所って、攻め攻めな感じ? 行先は……王国とか?」
「
「
「
「…………」
彼らもまた事情を知らないらしい。
ユーシャ御一行から少し離れ、背中に潜む≪扉の番人≫に声を掛ける。
「何か気づいているか?」
『……はっきりとは断言しない』
「そっか。この異世界が<想像>によって創り出されたモノなら、それは想像主の人間に寄るんだよな? もし、その想像主が――例えば、魔王の姿を考えるのが苦手とかで――想像を放棄していたらどうなる?」
しばらくの沈黙の後、ハッチは答える。
『元来不完全で曖昧な<想像>は採用しない。欠けや穴埋めは最低限<中核>で統一される。もしくは、始まりと終わりの<設定>の段階で引っ掛かる。また何処かで不可避の概念があるかも』
「んーあ。どうあれ事実魔王が魔王城にいねえ。<限界>のことも杞憂だったし、前回よりは急ぎもなくマシかもしれんが……。っつーても今回ばっかりは流石に殴って解決できそうにねえな」
『……オマエ、もしかして』
顔を見せないが、ハッチにじっと睨まれている気がした。
魔王との戦闘が始まり、万一魔女神の仕業により魔王が斃せないようであったら常識をぶっ壊してまで物理で殴り飛ばしてやろうと考えていた。無論、ユーシャ御一行に物語を最後まで遂行して欲しい考えは変わらずだ。
そもそもの魔王がいないとなるのは性格が悪すぎる。俺の考えを見越して先手を打ってきたのだろうか。
「あの
『……逃げた? そう言った?』
ぴょんと背中から飛び出ては、驚いた表情でこちらに顔を見せる。ハッチにとってそれは意外であったのか。
「ああ、そらな。俺がユーシャと出会うまでに魔女神の話をしてないだろ? 異世界がハッチのおかげで運ばれてきた時に、何だか妙に気不味そうな様子でさっと隠れやがったぜ」
『ふむふむ、なるほど……理解』
「まっ、いつの間にか来てる可能性はありそうだが。それは……流石にないよな?」
『
「……何だって?」
「――シバ、ちょっといいか?」
呼ばれて振り返れば、ユーシャが一人でこちらに話しかけてきた。他の御一行は少し離れた場所よりケジャの唱えた魔術によって一瞬で姿を晦ます。シュピンという聞きなれない音だけが残った。一種のワープを行ったのだろうか。
「会話の途中だったなら申し訳ないが……ひとまず、今日の探索はここまでにする。他の皆には村に転移魔術で先に帰ってもらった」
「あー、そうだな。俺はその魔術とやらは使えないな。村なら、歩いて帰るしかねえか……」
「それについては後ほど話そう。……本題に移る。魔王について、何か知っていることがあるか? もしくは……」
ユーシャは真剣な眼差しでこちらを見定めようとする。それは村の宿屋で会話した「お前は何者だ? 魔王か?」について改めて問うてるようだ。
勿論、知っていることはない。俺が魔王である理屈もなければ、魔女神とこの異世界での魔王はおそらく別物のため、教えるべき情報ではない。
ユーシャ以外に誰もいなくなったのを確認して、顔につけていた仮面を外す。それによってユーシャは襲うこともなく、ただ俺からの返答を待っていた。
「もう一度はっきり言わせてもらうが、俺は違う。
「…………」
「それに、さっきハッチと話してたがこいつにもわからねえってよ。俺も一度は魔王を殴ってみたかったんだがな」
「……それは、本心のようだな」
安心しきったように、ユーシャは目を伏せた。疑いかけられていれば、出会いの時と同様に再び戦闘になっていたのかもしれない。それを見越して、記憶のない他の四人には帰還してもらっていたのだろう。
「おまえは村に戻っても事を起こさないだろう。私達は明日から見てない部屋を含めて魔王城を虱潰しにする。臆して隠れている可能性もある。また不思議な力を使って阻害してくるやもしれない。その時は……力を貸してほしい」
「だから頭下げんなって。急にそう頼まれたって、元からそのつもりだよ」
「ははっ。今日はおまえが付いていきたいって言っていただろう? これは私からのお願いだ。無論、強要はしない。戦いに参加しても構わないが……何分、五人でパーティを続けていたからな。それに彼らには一種の魅了の魔術を施している。おまえには効かないようだから、連携を取るのは難しいだろう」
「……え? 魅了? 俺がお前に惚れろと?」
「それは、その……」
半分冗談だったが、何処かバツが悪くなったようにユーシャは口ごもってしまった。
そういう俺も今はこんな身だ。発言には気を遣った方がいいのかもしれない。
ユーシャは咳払いをして気を取り直そうとする。
「――と、とにかく。一度、村に戻ろう。私が転移魔術で送ろう。暗視魔術は効いていたようだから、恐らくこれは大丈夫だろう。赤い目だけ隠すのは忘れないでくれ。魅了の件は……忘れてくれ」
「はいはい、揶揄って悪かったな。歩いて帰りたくないし、ワープできるなら頼む」
『……ワープ。移動なら、ウチもできる』
「…………あっ」
すっかり忘れていた。
≪扉の番人≫であるハッチならば、移動は難なく可能だ。ここに来るまでは移動先を知らなかったため出来なかったが、村で目醒めたハッチであれば村の位置も知っているはずだろう。
しかし、それを伝える前にユーシャの転移魔術が発動した。不思議な音と共に視界が暗転し、時空を飛ぶような感覚に追われる。無事に発動は出来たのだろう。移動できれば特に問題はない、と割り切っておく。
その転移魔術によって後悔することとなるとは、この時知る由もなかったのであった。
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