1.3.4  いざ 魔王城 攻略へ




 日が沈みかけ、夜の帳が下りようとする頃。

 見えざる障壁を取り除き、ユーシャ御一行は先陣を切って足を踏み出す。

 アーチャとブドウが率先して前へ。右手にある岩の傷跡ラインを越えても、その身体が消失することはない。続くケジャとヒーラも隠れるように進むが、その足取りは魔物に警戒してるからであり、進めなかった障壁に対してではない。目印の岩は、ただの景色の一部になる。

 既に回帰ループは起きなくなっていた。恐る恐る足を踏み出すユーシャもまた、なんてことはない普通の荒野の大地を踏みしめた。


 かれこれ数百年と夢見たであろうこの時を、ついに成し遂げようとしていた。


「…………っ」


 ユーシャは強く拳を握りしめる。それは怒りからなのか、喜びからなのかは俺にはわからない。歯を食いしばり、決心したように顔を見上げた。その視線の先には、禍々しいオーラを放ち続けていた魔王城があった。


「――いざ、魔王城へ」


 誰かに対してではない言葉がユーシャの口から漏れていた。


 ユーシャは後ろを見た。俺よりもさらに先、森をも越えた奥の奥の方。これまでの旅筋を思い返していたのだろうか。焦点を遠くに見遣り、そしてこちらへと向ける。


「……感謝する。そして、これまでの非礼を詫びよう」


 深々と御辞儀されてしまい、どうもバツが悪くなる。そんなことをされる立場じゃないのに。早く顔を上げるように促して、一つだけ尋ねてみた。


「なあ、ユーシャさんよ。特に目的もなければ、ただの興味本位なだけなんだが……。魔王城とやら、俺も付いてっていいか?」


 真面目な顔で言う俺に対して、ユーシャは噴出した。


「ぷっははっ。……いやはや、すまない。何を、今更。シバは道を開いてくれたんだ。私は王国からの勅命で魔王討伐の任を課せられている身。そこまでの実力があるならば、付いてくるくらい問題ない。それに……ユーシャでいい。昔の名前はとうに忘れてしまったが、私に敬称は正直小っぱずかしいんだ」


 ほくそ笑むユーシャに釣られて、俺もつい口角が上がる。

 彼との距離感が縮まったのはありがたい話だ。味方は多いに越したことはない。もしかすると、今後力を貸してほしい時が必要になるかもしれない。神への反逆か、異世界転移の時か。これといった目的はない。むしろ、そんな助けがいらない方がマシなのだろう。


 ただ、今は単純に、この異世界の主人公に物語を完遂してほしい。その願いだけであった。


『……ところでオマエ、このままこっちへと進む?』

「ああ。ユーシャが進むってなら、見てみたいじゃねえの。もしかすると、ハッチのその扉を借りるかもしれないが。巻き込まれないために、な」

『肯定。この先のここ……オマエ達が魔王城って言ってた場所。かなり<>が近い。落っこちないように注意すると良い』


 駆け寄ったユーシャは先導して前進の指揮をとっていた。ブドウが腕を交差して掲げながら、アーチャが周囲を警戒していた。心配そうな表情を浮かべるヒーラと、呑気に髭をいじるケジャ。内容はわからずとも、楽しそうな話題が飛び交っている。彼らとは距離があった。こちらの会話全てを聞かれるわけでもないが、声を潜めておく。


「<>が? あの魔王城がハリボテとでも言うのか?」


 わからないとハッチは首を横に振るう。


『この先は本来入るべきではない領域。元々閉じ込めるために<>をいじっていた。それをオマエがぶち壊した。転生者が進めば、<>も適応する。きっと魔女神アイツにバレてしまう。都合が悪くなると<>から仕掛けてくるかもしれない。前の異世界みたいに、<>から消失が始まる可能性がある』

「くそっ。あんの野郎……っ」

『ウチの勝手な妄想。でも、魔女神アイツのことだから大いに有り得る』


 なんてことだ。

 折角ユーシャが物語を再開したというのに、それすらも祈願の達成させてもらえないかもしれないのか。

 ハッチの言う通り、あの性格ならばやりかねない。この間まで側近だったハッチが言うものだ。つくづく性根の腐った神だ。


 着々と魔王城に近づいていくユーシャ御一行。

 そのようなことが起こらないようにと後ろから静観するばかりだ。


『――キャシーッ』

「ふんふふんっ」

「ナイス反応だ、ブドウ。アーチャはカバーを。右から順に斃そう」

「あいよあいよ!」

「無茶は、ダメですよ」

「ふむ。このくらい、どうってことないですな」


 突如現れる魔物に対して、ユーシャ達は賢明な判断で戦闘を処理していく。こちらから手出しするまでもない、息が合った連携。

 このまま何事もなく『終わり』に近づいてくれればいいのだが。


『……キュピィ』


 魔物を容易く屠り、歩み続ける勇者御一行。その勇ましき背中を追う。


 魔王城は間もなくとなる。

 大きな石階段を上り、招かれるように開かれていた鉄格子の門を潜る。


 見上げれば、闇色に染まった魔王城がこちらを見下していた。オーラはどこからともなく放たれており、近づく者を怖気づけようとする。ユーシャは光る剣を掲げ、周囲に満ち溢れていた闇を切り払った。どこか少しだけ明るくなったようにも思えた。

 剣を鞘に納め、ユーシャは皆と見つめあう。互いに頷き、城の扉へと足を向けた。一瞬だけこちらにも気をかけてくれたが、声をかけることなく扉に手をかける。


 重厚感ある轟きと共に、魔王城の扉は開かれた。


「…………」


 ここにいる誰もが固唾を飲み込んで、城内へと侵攻する。俺でさえも、ハンマーを握る手が汗ばむ程の緊張感が伝わってきた。


 扉が開ききった。暗い魔王城の中に点在する灯された蝋燭が、久々の外気に触れて少しだけ揺らいだようだった。音が途絶え、石畳を踏みしめる足音だけが耳に残った。


「ケジャ、魔術範囲探知を」

「御意」


 ケジャが杖を振るい、周囲に仄かな光を走らせる。生命探知のようなものだろうか。しばらくして頭を振るうケジャを見るに、何も反応が無かったようだ。


「続けて頼む。地形把握魔術と暗視魔術を。これらにはシバも含めて感覚共有を行ってくれ。その上継続延長魔術もだ。どのくらい時間がかかるかはわからないが、長丁場にはなるだろう」


 ユーシャの指示より、ケジャが杖を掲げて詠唱を唱える。短い句の後、明瞭として魔王城内部が見て取れた。何やらと言っていた補助魔術をこちらにも与えてくれたのだ。

 簡単に感謝の意を伝えるが、すぐにその全貌に目を奪われる。


 ここはエントランスにあたるエリアなのだろう。暗紫色の石畳に真っ直ぐとレッドカーペットが敷かれていた。それは途中で左右Tの字に分かれ、それぞれの先にある出入口へと繋がっていた。レッドカーペットからその出入口までは程々に距離があり、各出入口手前にある大きなサーキュラー階段までの道標とも見向けられた。二階部分まで吹き抜けているため、その階段は同じ方向に伸びて繋がっているともわかる。二階はさらに廊下やいくつかの部屋、そして上に登る階段が続いているようだった。

 そのTの字を無視して突き進んだ先、階段の下にも別の廊下があった。その廊下にも同色のカーペットが道を示すように敷かれていた。


 めちゃくちゃ広い。一言で表すなら、これに尽きる。


「ユーシャ、どうする? だだっ広いとはいえ、魔王っつーたら最上階の一室に構えてそうだが……どっからでも探索できそうだな」

「そうなのか? なれば、そのまま最上階まで目指そう」

「……おいおい。普通、1階から漏れなく周るもんじゃねえんか? ゲーム脳ってやつ」

「げえむ脳……? 魔王が最上階に構えてるならば、直行するべきではなかろうか。敵将がいる中、迂闊に城内を周る方が愚策とも思われるが……」


 少しだけ会話が噛み合わない。だが、ユーシャに反論する理由もなかった。

 俺の中の変な癖なのだろうか。ゲーム脳とは言ったものの、その「ゲーム」とやらを伝えようとすると靄がかかってしまう。記憶は相変わらず抜けているのだが、知識として微かに残っている。ユーシャにはそもそもその「ゲーム」に対する知識がないようであった。


「だが、そうだな……罠が仕掛けられている可能性もある。ケジャ、罠察知の魔術を入念にブドウに。アーチャはブドウより前衛に出ないで、ヒーラは万一に備えていつでも回復できるように。緊急事態以外は急がす、ゆっくり進もう」


 ブドウにケジャの魔術が働き、目元が大きく見開かれる。ブドウは拳を叩き合わせてから、ゆっくり階段の方へと向かった。

 階段にもカーペットが敷かれており、踏みしめるとふわっとした感触があった。装飾もさながら、ここまで豪勢なサーキュラー階段は記憶がないながらも生涯で見ることはないだろう。城というだけあり、内装に威厳を感じ取れる。上ってから気付いたが、二階の天井には大きなシャンデリアがあった。それらが落ちる、なんてことが起こらないように祈りたいものだ。

 そうこう考えているうちに、二階に辿り着いた。一階から見えなかった通路部と三階へと続く階段が見えた。

 二階に着いてすぐケジャが仄かな光を放つ。魔術範囲探知を行っているのだろう。何も伝えないところから、何もないというのが伝わる。これによって見つけた前例がないため効力があるのかもわからないのだが。


「……上層へ向かおう」


 三階の階段はさっきとは異なり、いたって通常の階段だ。とはいえその踏面の幅が広い。魔王が上るためだろうか。魔王の大きさを予想しつつ、階段を踏みしめる。

 三階への階段は踊り場を介してぐるりと回る構造をしていた。そのため暗視中でも二階から三階までは見ることができなかった。三階に出てすぐのエリアは一、二階程まで広くも高くもなく一本の通路になっていた。


 二階とは裏腹に三階はやけに崩れている個所が多い。階段の出口は通路の途中だったが、向かって右側は瓦礫に埋もれており進めなくなっていた。瓦礫からはどこか真新しさを感じ取れ、誰かがここに運んだようにも思えた。通路に穢れはなく、瓦礫の上の天井も崩れているわけではない。老化でも崩落でもなく、そこに通行止めとして設置されているようだ。取り除こうと思えばできそうだが、ユーシャはすぐに左側の進める道を選んだ。


 単調な廊下が続く。一階でも見掛けた蝋燭が導くように進路にあり、廊下はさらに左へと曲がる。ケジャが定期的に魔術範囲探知を行っているが、何も報告はない。何もないことにユーシャも違和感を覚えたようだが、それを口に出すことはなく、黙々と前進する。


 三階の廊下が新たな階段へと繋がった。階段の麓で見上げると広間に繋がっているようだった。広間は廊下よりも高い天井に、文字通り広い空間。所々に扉があるが、目の前に聳え立つ大きな扉がまず先に目に映るだろう。扉は城門よりもさらに重厚感溢れる質感があり、城の重要な何かを隠しているようにも見える。

 次いで目に入るのは、その扉の両隣に存在する鎧騎士の像だ。片方は斧を掲げ、片方は槍を掲げている。その像はヒトを遥かに上回る大きさで、今にも動き出しそうな気配を感じさせる。

 その鎧騎士は全身を鋼鉄に包まれていた。兜からは上手く表情を見ることができないが、目元だけは開かれており、その目は兜越しからも赤い目であるのが見えた。 


 魔王城の最奥。何かを守るべくして門番が待ち構えていた、といったところだろうか。


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