1.3.3  魔王城前大通り 突破




「シバ……おまえは、俺と同じなのか」


 ユーシャはその言葉をやけに反芻していた。


「はっきり言わんとわからねえか?」

「いや、大丈夫だ。ただ、それならば、私はもう捨て駒だ……」

「なんでそうなるんだ? 俺はただこの異世界に逃げてきただけ。ユーシャさんのことは、ここに来てから初めて知ったさ」

「…………そうか」


 会話の内容が一切わからないといった御一行を余所に、ユーシャは独り目を閉じて天を仰いでいた。

 彼なりに勘違いをしていたのだろうか。ユーシャ本人が出会いがしら襲ってきたのも「赤目だから」というわけでもなく、どうやら感情に任せて動いていた節が見られた。


「話はだいたい宿屋で読んだ。魔王城目指してるんだろ? ちょいと向かってみようぜ」

「…………」


 ユーシャはしばし無言を貫いた後、アーチャとブドウと呼んだ二人を先発に立てて陣形を組む。後続でケジャとヒーラが、しんがりをユーシャが務めていた。俺はユーシャの横に並んで歩く。


「おまえは私の記録を読んだのだろう。なれば、何故なにゆえ無駄とわかるルーティンを繰り返させるつもりだ?」


 ぼそっと小声で囁いてきた。前方にいる四人に聞こえないように呟いているようだ。彼なりに気を遣ってくれたのだろう。

 視線を逸らさないユーシャを見てから「特に理由はないさ」と同じく小声で返した。


「どういうことだ?」

「ズバ抜けて頭良いわけじゃねえし、記録を読んだだけじゃわからないからな。その繰り返すってやつが。信じられないわけじゃないが、体感してから考えてみよう、と思ってな」


 頭の後ろで手を組んで空を見上げる。あの白い傷跡は少しずつこちらに近づいてくる。

 日は傾き始めたばかりで、魔王城の闇に呑まれまいと燦々と荒野を照らしていた。それも魔王城に近づくごとに日光の力が弱まる様子であった。


「……シバ、おまえに聞きたいことがいくつかある。私の記録を読んだのであれば不公平というもの。答えてくれるか?」


 こっちには不公平感はないが、情報を与えて損するわけでもない。俺は頷き、質問を促す。


「答えられる範囲でな」

「一つ。逃げてきたと言ったな。シバは何から逃げているのだ?」

「あー……。神っつーて、信じる?」

「……揶揄っているのか?」


 だよなぁ。俺も言われたらそう思うわ。

 どう伝えようかと肩を落とすが、それ以上でもそれ以下でもない。


「ハッチ~。ヘルプ頼む」

『……ウチの言葉は届かない』


 それもそうだが、これでは冗談を返したみたいではないか。信用を得るにも初っ端からこれでは難しい。


『災厄の神。≪扉の番人≫のウチですら名前も正体も詳しくはない。魔女神アイツはこの異世界の管理者。転生者がこうなってしまっている原因』

「……そのハッチと呼ばれる者も一緒なのか? 答えてくれたならば通訳してほしい」

「ああ。そうだな……」


 ≪扉の番人≫やら異世界やらを伝えるのはややこしくなりそうだ。要点だけを伝えて、悪いやつって点だけを強調しておいた。


「なるほど。おまえ達の主張はわかった。嘘であるならばもっとまともな言い分をつくか。言いたくない秘密もあるだろうし、今はそれで赦そう」

「他もあるって言ってたか? 答え方もこんな感じになっちまうが」

「そうだ。おまえは私と同類だと言ったな。おまえにも能力ちからがあるはずだ。私が【代償】したように。それを明かすことはできるのか?」

「それは――」


 口を開いた途端、辺り一面が光に包まれた。

 眩しさのあまり腕で顔を隠す。多少の目眩も覚えた。光が収まるのを待ってからゆっくりと周囲を見渡す。


 変わらぬ荒野。眼前には聳え立つ魔王城と、そこから解き放たれる闇のオーラに包まれた空。

 ただ、その景色は幾分か遠ざかっているように思われた。空に目を凝らすと、小さな傷跡が上空よりも前方寄りにあった。


 ループの始まり。それを今、実体験したのだった。


「……これが、私のルーティンだ」


 ユーシャはゆっくりとした口調で語りかけてくる。御一行は何事も無かったかのようにまっすぐ歩み続ける。遅れをとられないように後を追った。


「毎日このルーティンを三周する。そうすると夜が降りてくる。さすれば魔物が急増し、探索どころではなくなる。強行したところで変わらないがね。ケジャによる転移魔術で拠点まで戻り、朝を臨む。そこから、全く同じ一日を始めるのだ」

「…………」


 彼の言葉の重みは、きっと記録からだけでは計り知り得ないものだろう。俺には受け止めることしかできなかった。


『……これは、<>による不可避の概念。始まりも終わりもない回帰ループ。ウチは何もできない』

「扉は……座標がわからないっつーてたもんな」


 一か八かで次元の扉にかけてみれば、確かに成功するかもしれない。

 だが、成功する保証はない。誠実なユーシャのことだ、言いくるめて連れていくことも困難だろう。

 それに、それだけでユーシャは満足するだろうか?

 どうにか、この回帰してしまうということがネックになってしまっているようだ。


「……ユーシャさん。情報ついでに一つだ。空にある傷跡は気づいていたか?」


 ユーシャは空を見上げては目を見開く。今までになかったのだろう。


「いや……。確証はないが、見たことがない。あれは、おまえの仕業か?」

「違うね。寧ろ、ユーシャさんの仕業じゃねえかな」

「どういうことだ?」

「思い返せばな……」


 昨日のユーシャとの戦闘。あの時ユーシャは天高く光輝く伝説の剣を振り下ろしてきた。俺が横から無理やり叩き割ったのだが、あの時妙に剣が何処かに引っ掛かっているように止まったのを覚えていた。だからこそ、俺が転機を図って伝説の剣ごと叩き割るという手段に出たのだ。


「……だからと言え、それが何になるのだ」

「まだ確証はねえけど。とりま、真っ直ぐ進もうぜ。三周するっつーてたよな」

「……何を企んでいる」


 言われなくとも、ユーシャ御一行は魔王城に向かってひたすらに歩み続けていた。空の傷が段々と直上に近づいてくる。それを眺めながら、途中で歩を止めた。


「俺、一回ここで止まるよ。ユーシャさんはこのまま魔王城に向かってみてくれ」

「…………」


 不服そうにこちらを睨んでくるが、仲間がズカズカと進んでいくためそのまま向かって行った。ユーシャ御一行は大岩を二つ抜けた先で、突如として光に包まれては姿を消してしまった。


『オマエ、ウチを使って独りで突入する? 何処に出るかわからない。<>の外へ落ちるかもしれない』

「いんや、そんなことはしない」


 大岩を一つ抜け、空を見上げる。まだ空中に残された傷は真上にあった。


 魔王城を仰ぎ見る。彼の城は何百年とユーシャ達がここでループしていたのを見ていたのだろうか。そんなことをさせる魔王はとてつもなく性格が悪いやつだ。おそらくだが、これを仕掛けたのは魔王ではなく魔神の方であろうが。


「……なぁ、ハッチ」


 ハッチが背中から外に出る。俺の横に次元の穴を穿ち、こちらを覗き込む。


「さっきユーシャに<>について問われたんだが。<>ってのは、転生した異世界を突破できるように配分されるんだよな」

『そう。でも、オマエはイレギュラーだから把握し損じている』

「……だがよ。一つだけ言えるのは、転生した瞬間の異世界を、ってことなんだよな」


 ハンマーを肩に乗せる。このハンマーを手にしたのは、二つ手前の時。俺が転生したのも、その瞬間。まだ名もなき≪扉の番人≫により、上空から落とされるように転生させられたのだ。

 それならば、転生した瞬間の異世界――景色一切なく、白に包まれた異世界が俺の最初の異世界である。


 あの時、確か最初におこなったのは――。


「……もっと近づきたいならば、右にある大岩を参考にするといい」


 後方から声が飛んできた。振り返ると、ユーシャ御一行が現れてきた。もうここまで一巡したというのだろう。


「おっ、あんた足早いね。ハンマー持ってるのに、ブドウみたいに筋肉だけが自慢ってわけじゃなさそう」

「あ゙あ゙? 聞き捨てならない゙な」


 アーチャとブドウは額を押し付けながら喧嘩していた。これは彼らの<>の個なのだろう。

 <>。とはいえ、こうして見ても人間味が溢れているものだ。


 ユーシャは慣れているのか、二人をガン無視してこちらに歩み寄ってきた。一定の距離を保って立ち止まる。


「シバ、おまえに考えがあるというなら見せてもらおう。一つだけ伝えるならば、私は考えうる全ての行動をしてきて、未だ解を得ていない。その上で、何もできなければ、私は三周目のルーティンを終えて、いつも通りの一日を終えよう」

「……おっけ。右の大岩の印だったな」


 言ってた通りに大岩には縦に傷跡が幾度か刻まれていた。ユーシャもループの場所までは特定していたのだ。長年生き永らえたユーシャだからこそできた検証の証なのだろう。

 大岩の印の中で、一番魔王城側に寄っているラインまで歩を進める。空を見上げると、ちょうど真上にあの白いラインがあるように思われた。


 恐らく、ここがループしない最前線。


 俺はハンマーの頭を一度地に立てる。重厚感ある鈍い音が鳴り、少しだけ地面を抉った。


「そういやユーシャさん。俺に<>について聞いてたの、答えてなかったよな」


 ハンマーの柄を両手で握りしめる。どこか楽しくてか、口がほくそ笑んでいた。ユーシャにはどのように映ったのだろうか。


 目を閉じて、眼前に境界として存在する壁を意識する。そこに、回帰ループの原因として<>による概念があると。壁として勇者を阻む障害であると。


 大きく振りかぶり、息をめいいっぱい吸い込む。

 そして肺に溜まった空気を吐き出すと共にハンマーでくうを薙いだ。


「ウルルァッ!」

「――――っ!?」


 確かな手ごたえ。これは<>を殴ってみた時と同じ感覚であった。


 この回帰ループする壁は、殴れる。

 殴れるものは壊せる。


 暴論であり力技でもあるが、それが事実として在った。


 ハンマーは的確に回帰ループする壁を捉えていた。


『オマエ、それって……』


 何もないはずの空間にヒビが入る。

 見えない壁の亀裂は上空まで一気に走り、空にあった傷にまで到達する。

 それを境に、そこにあった空間が大きく二つに裂けた。それもすぐに崩壊を始め、ピシピシと割れるように粉々に砕け散っていく。


「なんと……っ。魔術による障壁があったのですな。この老い耄れにも見えぬものとは……。魔王、かなり手強いやもしれませぬ」


 転生者ではない彼らにはそう考えられるのだろう。だがしかし、ユーシャは魔王の仕業ではないとわかっていたようだ。


「……この異世界を作った災厄の神と言ったか。到底信じられないが仮に本当だとするならば……それに抗うなぞ、一体何をしたんだ?」

「俺はただ、殴っちゃいけないやつを殴っちまっただけだよ」


 肩にハンマーを担ぎ直し、ユーシャの方を振り返る。上空でひび割れた透明な<>が宙にばら撒かれる。破壊された<>はポリゴン状に砕けては、さらに肌理きめ細やかに散ってキラキラと舞い、そして雪のように宙へと溶けていく。

 異世界転生直後の神への物理的冒涜。不可侵とも言われた<>の破壊。そして、今回の<>への干渉。


 それらから、己の<>を自ら解として導き出す。


「――【概念破壊】。俺はこのハンマーで概念を覆し、異世界すらぶっ壊してきた」


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