1.2.5 想像 から成る 創造
「俺は、夢を見させられてるってわけ?」
段々と頭の中がこんがらがってきた。
『正確には
異世界の設定。例えるならば、今いる異世界は「勇者と魔王」の物語だろうか。勇者がいて、魔王がいて。世界を我が物にしようと企む魔王を阻止するべく旅に出る勇者の冒険譚、といったことだろう。多少の誤差はあれど、おおまかな物語の流れ――魔王が勇者以外の事故か何かで知らぬ間に討たれるというような展開はまずありえない――というものに大差はないはずだ。
その考えは確かに人間らしさというものがある。この世界に降り立った時も、初めはゲームファンタジーみたいだなと思ったものだ。それも人間からの<想像>から借りたのであれば、俺の感覚もあながち間違いではなかったわけだ。
『オマエが言う異世界のヒトはその一部。登場人物みたいな<想像>にすぎない。そして、その動きもまた<想像>の範疇を逸脱しない』
ヒトだけど、人間じゃない。
そう言い切られたようにも聞こえた。ロボットのような、反復運動や機械的なことしか出来ないのだと。
それも既に事例がある。門番が一番わかりやすいやもしれない。彼は赤い目である俺を見た時は魔物だと叫び、目を閉じただけの俺を人のようにあしらった。
わかってしまえば単純だが、そうと考え込むには躊躇いが生じてしまう。
――ヒトだけど、人間じゃない。
「でもよ……。あいつ
ユーシャが連れていた御一行。あれもまた、ユーシャ御一行になる使命という設定を抱えた架空のヒト達だというのか。
彼らにも不自然な動きがあった。ユーシャを置き去りに踵を返したのも。俺のことを覚えていないのも。
だからと言って、急に告げられたとしてそうだと信じ込めるだろうか? 俺が当のユーシャであったならば、ハッチの話は横に流してしまうだろう。
『オマエ、異世界のヒトと争った、と言った。何で敵に同情する? 無意味、無価値。必要ない思考』
「……ハッチ。言って
感情の無い言葉に多少ムカついたところはあった。俺が声を低めて怒るのは始めてであっただろうか、片角の生えた小さな顔は驚いたような表情を見せ、すぐにシュンと元に戻す。
『……ウチには、人間の感情がわからない』
「それは元からか? 身体の一部をあの
『…………』
魔女神の話題を出した途端、ハッチは黙りこくってしまった。足元のユーシャは蟹みたいにまだ泡を噴いている。妙な静けさが大きな一室に漂う。
忌み嫌われし災厄の魔神であり救いの象徴でもある女神である、
「はぁ……。まあ、ここで魔女神の話題出してもしゃーないしな。話はだいぶ戻そうか。これから、どうすればいい? なんか手伝うとか言っちゃった気がすっけどな……」
『……今、動く予定はない。そもそも、ここもイレギュラーで来ている。オマエはどうしたい?』
「どうしたいっつーわれても」
どうするのが正しいだろうか。
とりわけやりたいことがあるわけでもない。記憶を失ってしまっているが、それを探すのはあまりにも先がなく無謀だ。何処か他に身を任せて、流れで探し出せればいいだろう。
一つ。床に伏せているユーシャに仕えるという選択肢がある。幸いユーシャ御一行は俺の顔に記憶が無いらしく、ユーシャさえ納得すれば何とかなるやもしれない。転生者というのもあって一番親近感も湧くではないだろうか、
だが、赤い目の問題がある。ユーシャが許しても、他の者にバレずに済ませるには苦労が必要であろう。一生目を瞑ってゆくわけにもいかまい。というか、当のユーシャが警戒心を緩めてくれそうな様子がない。
では、放浪するという手もある。ユーシャはユーシャで魔王討伐という目標を全うしていただき、俺は村なり山なり湖なりでスローライフを送るのだ。
もしくは、新たな異世界を渡るという選択肢もある。前ほど切羽詰まった状況ではないのだ。ゆっくりと選定し、ハッチに行く先を示してもらえば、より理想的な暮らしができるだろう。
「…………」
どれかが正しいかと言われると、どれも正しい選択であるとは言い難い。
『その手に持ってる本は何? ここの異世界に興味あるなら、留まるのも良き。……ただ』
「ただ、なんだ?」
ハッチは言うのを躊躇っている。
『オマエが気づいているなら伝えやすいと考えている。でも、そうでなければ知らない方がオマエにとって十分に疲れやすいともウチは考える』
「妙な言い方だな。まるで、元々この異世界が矛盾してるみてぇな――」
待てよ、と本を開く。これはユーシャの記録を示したものだ。ユーシャは今、400年の時を経て未だに活動を続けている。魔王城に向かうという目的をひたすらに繰り返すように。
問題は400年活動するユーシャではない。魔王城に辿り着いていないということでもない。そもそもの目的が履き違えているのだ。
異世界の矛盾。既に存在してしまっているではないだろうか。
「そうだ。ハッチの言ってたことと矛盾してるじゃねえか! 異世界は、俺ら転生者が疲れて死ぬためにあるんだろ。だがよ、ユーシャは400年という地球上での人間の寿命を遥かに越えた年月を生きてなお活動し続けてる。それ自体も変だが……未だ魔王城っていう物語の終着点にすら入れていないんだ。それって、神の根本的な目的である転生者の『疲れさせた死』に辿り着かないんじゃないか?」
『疑問は正しい。……オマエが理解したなら、ウチも言いやすい』
そう告げてハッチは本棚に向かった。元からあったのか、ユーシャの記録に紛れ込む一冊の薄い背表紙の本を取りこちらに掲げる。本というより見開き一枚の厚紙のようにも見えた。
見慣れない文字列ではあったが、なんとなくでも内容は読めた。
一、<世界>への転移もしくは転生
二、<想像>された異世界の抽出
三、始まりと終わりの異世界<設定>
四、本人が望む見た目の変更
五、最低限生き抜くに必要な<能力>の譲渡
「それはこの異世界の本か? 厚みはねえが、標語っつーか、妙に堅苦しい内容だな」
『これ、神に与えられた異世界転生のルール』
「……っ!」
そんなものが宿屋の書斎の片隅にあったというのか。
『異世界転生は本来ちゃんとしたマニュアルに沿って行われる。人間の霊魂を扱うんだ。人間という秩序の法則を乱すわけにもいかない。異世界を作るにも、なるべくイレギュラーは起こしてはならない。これは全ての神にとっての戒め』
「……でも、それが起きてるってわけだな。魔女神によって」
ハッチは大きく頷く。
内容も最低限のものだろうか。『<想像>された異世界の抽出』というのも、さっきまでハッチから聞かされていた<想像>の話と辻褄が合う。
「『始まりと終わりの異世界<設定>』……。異世界は終わるように作られている、で合ってるよな?」
『それを終わらせないのが、
勇者と魔王の物語では、おおかた「勇者が降臨する」ことから始まり「魔王城の元へと向かい、魔王討伐する」までが終わりへと結び付くであろう。モノによっては勇者のその後や個の死まで描く物語とも考えられる。
どちらにせよ、この異世界では現状その結末には絶対に辿り着かない。ユーシャは死なず、魔王も勇者と出会うことがない。半端な脇道で物語は
終わらない世界。永遠に生き長らえる。
聞こえはいいが、それはユーシャにとっての無限牢獄だ。本来終わるべき物語が一生終わらず、ひたすらに同じ日々を繰り返させられる。
この異世界のユーシャはとうにボロボロでもおかしくないはずだ。ユーシャは異世界の<想像>によるヒトではなく、れっきとした人間の霊魂である。ならば、その違和にも必ず気づいているはず。だが、わかっていても何もできないという枷を背負い生きなければならない。何度か自死を試したやもしれまい。死なない身ともなれば、なお生きさせられていよう。生き地獄とはこのことを指している。
「ユーシャが救われる道はないのか? 魔女神がやらないにしても、ハッチとか、他の神様ってやつが異世界を正してやれないんか?」
ハッチは頭を振るう。
『神が
「<中核>……。俺が一度ぶん殴って壊したあれか」
『異世界はユーシャだけを捕えている。オマエなら、その概念を打ち消せる可能性はある』
「またか。概念、ねぇ」
幸い魔王城はここから歩いて見える距離にある。実際どうなのか見てみるのもわるくはないだろう。
「急ぎがねえんなら、一回戻って見てみっか。ハッチが言う<想像>とやらがどこまであるのかも気になるしな」
『……オマエなら再び<中核>を壊すとか言い出すと考えていた』
「俺が脳筋みてえな言い方やめてくれ。あん時は時間なかったしよ。それに、別に今壊す理由なんてないしな。まぁ、最終手段としてユーシャの介錯って意味でやれんことはなさそうか」
『やはり人間の思考はわからない。本能による言動? 感情による衝動? ……ウチは感情がわからない』
ハッチは項垂れながらも小さく呟いた。最後の言葉は俺に向けてでは無く、自然と零れるように発しているようであった。
『でも、アイツの下で動いていることが嫌だってことははっきりと理解できた。アイツは神様ってモンじゃない。人間にも、神様にも、ウチ達にも。悪い影響を与え続ける魔神。それだけはわかった。だから、ウチが動いた』
「動いた……って、何が?」
ハッチは顔を上げ『オマエだ』と笑った。
『ウチだけじゃアイツに抗えないって知ってた。人間の力を借りたくて、小さな計画を立てた。アイツが悔しがる顔が見たくて。アイツを懲らしめたくて。一瞬だけでも訴えてやろうと考えた。ほんとはすぐに捕まって終わると予想してた。どうせ食われて終わる運命だったなら、一泡噴かせればそれで十分。そのはずだった。オマエはウチの予想を上回ってここまで来た。ウチは……ちょっぴり満足だ』
感情がないという割にも、日光に照らされたその小さな顔は嬉しそうであった。
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