1.2.4  目覚めた者と夢見る者




「赤目の、少……」

「俺は男だ」

「……少年。……少年なのか? どう見てもおまえは女だろっ」


 ユーシャは叫ぶ。外見に関しては俺が見てもそう思うから、その言い分は頷かざるを得ない。


 右腕を伸ばし、傍らにある剣の柄を持つ。だが、軽すぎたのか、ユーシャはその剣先がないことを改めて認識した。


「だいばあしてぃだかあいでんてぃてぃだったか、あんま偏見は好くないと思うぜ」

「……なんだ、それは」

「知らないのか。まー、でも。下はちゃんとついてるぞ」

「いや……そうか。そうなんだな」


 握った剣を放し、ベッドから足を出す。カチャカチャと金属が擦れる音がした。ユーシャは全身鎧のままだった。その状態で眠るには難しいだろうに。無理やり復活させられたのだから仕方ないのだろうか。


 俺はゆっくりと目を開いた。ユーシャにはもう隠す必要もないだろう。ユーシャがこちらを見つめる。眼光は未だ鋭く、敵意も残されたままであった。こちらの動きを警戒しつつも視線を落とし、俺が手に持っていた本を視認する。


「それを読んでどうするつもりだ。どうして、眠っていた私のとこまで来た。何故、襲わない?」

「質問は一個ずつにしてくれや。あん時俺はお前に襲われたから反撃しただけであって、そんな悪趣味のやつじゃあねえよ」

「……おまえは、何者だ? 魔王か、その眷属か?」

「魔王?」


 記録によれば、ユーシャ御一行は魔王城に向かっていた。その城目前にして出会った俺を魔王だと誤認識したということだろうか。

 そもそも、ユーシャ達は魔王城に向かっている記録があるだけで、魔王城に入ったような記述は見当たらなかった。この異世界に於いて、魔王の姿を知らないのだろう。


 しかし、ここではない世界から来たというのも伝えにくい。


「俺だって魔物に襲われてんだ。でっかいヤツ倒してたのは見ただろ? そんなやつが魔王なわけねえだろ」

「では、いったい……」


 ユーシャにどう説明しようかと探しあぐねていると、何処からか声が聞こえてきた。


『――ふぁぁ』


 後ろに誰かいたのだろうか。振り返ってみるが、人の気配はない。


「……っ!」


 ユーシャが構えをとる。さっきの剣を手に取り、折れた刃を携える。その欠けた剣先はこちらであった。


「どした? 急にここでやろうってんのか?」

「おまえ、何をするつもりだ? 背中に穴が空いてるのが見えるぞ」

「背中に? あー……」

『あー……。あ゙あ゙ぁぁあ゙!?』


 汚い悲鳴と共に、何かが背中から射出されたのがわかった。朝っぱらからあまり目立つ様な叫び声はやめてほしい。


『矢がいっぱい。どうして? なんでこうなったか知りたい!』

「なんだこいつは!?」


 小さき頭に数本の矢が刺さったまま喚く。といっても「くっついてる」と表現した方が近しい。深くはなく、小さき姿からは血も流れていない。


「そういや、背中から矢が急に消えたとか言ってたな」

『冷静。おかしい。オマエはもっと心配するべき』

「そうか? 起こしても起きねかったのはハッチの方じゃねえか」


 小さき姿は≪扉の番人≫と呼ばれていた。≪扉の番人≫に名前はなかったが「ハッチ」という言葉を気に入っており、それを自ら名乗っている。

 興味本位で矢を手に取ってみる。引っこ抜くと簡単に抜けた。鏃に逆刺がついてるが、ハッチの肉が抉れるようなことはなかった。


『オマエは楽しい』

「割と癖になりそう」

『むぅ……。取ってくれるのは感謝する』

「あー、ちょっと動かないでくれ」

「何を話してるっ」


 余所にしていたユーシャの折れた剣を握る力が強くなる。

 戦う意思はないと勝手に解釈していたが、そうではないようだった。


「どけっ。見たこともないやつめ。新手の魔物か? お前の使いか? 村の中に現れたならば、仕留めなければっ」


 独りごとのように呟き、部屋を物凄い力で蹴り上げる。そのスピードは先の戦いで見たものに劣らずで、俺では見ることができない。


 ただ、結果がそこに残った。


 ユーシャは謎の存在ハッチに向かって飛び掛かったようだ。痛みがあったのか、数本矢を引き抜いた辺りでハッチがこちらから離れるように仰け反った。ハッチはユーシャに背を向けていたが、近づくように襲われるや否やその背面には大きな次元の穴が開かれた。

 開かれた次元の穴は扉となって、ハッチの背中ではない別の場所に開かれた。その場所は、ハッチを飛び越えた先。つまるところ、俺の目の前だ。


 運がいいのか悪いのか、ユーシャの構えた剣の位置は低く、俺の横を通り抜けた。それでも、ユーシャ本体は俺の元へと突っ込んできていた。


 胸元に衝撃を覚えた。

 勢いで押し倒されてしまい、反動かユーシャも剣を手放してしまう。一人の男が、重たい頭を胸へと埋めてきたのがわかる。


「…………」

「…………」

「……………………」


 生温かい呼吸。気持ち悪い。


「……早よ離れろっ! くそ変態!!」

「ぶあぐぇ……っ」


 動こうとしないユーシャを引きはがそうと、身体を捻りながら手に持った本の角で脳天を叩く。ユーシャは顔面を叩きつけられながら泡を吹いて地に伏せた。


「…………」

「ぜぇ、はぁ、はぁ……」


 地に伏せている男は完全に沈黙した。

 顔が熱い。気持ち悪い。反吐が出そうだ。まだこの身体には慣れていないが、慣れたくもない。


『あーあ。干渉しちゃった』

「干渉? いいだろ、こいつには既に襲われて一回気絶させてんだ。一回も二回も変わらんだろう」

『襲われた? どうして?』


 ハッチはその時眠っていたため、覚えがないのも無理はない。


 次元の扉を展開することができる≪扉の番人≫、ハッチ。次元の扉は同じ世界の中ではもちろんのこと、別の異世界間でも繋ぐことができるようだ。

 それを使って、ハッチは一度異世界から異世界を大きく繋いだ。異世界そのものを、別の異世界へと運んだのだ。今ここで立っている世界は、元々あった異世界が崩壊した後にここまで運ばれた異世界であった。

 ただし、それ相応の力を使い果たしたようで、ハッチは暫くの休眠に陥っていた。そんな異世界間の次元の扉をポンポンと簡単に開けられるわけではないということだ。


 俺はハッチが眠っている間にこの異世界に降り立ってからユーシャとの出会いを簡単に伝えた。


「……まぁ。どうしてかって、理由はまだわからねえけどな。それを聞くためにここまで来たんだが、当の本人がだんまりだ」

『オマエが黙らせた』

「しゃーねーだろ。反射だ、反射」


 そんなことより、ハッチに聞きたいことが山ほどあった。


「……これはほっとけばいつか起きるだろう。これからどーすんだ? この世界、変なとこだらけだぜ」

『変って、何が?』

「さっきも話したけどよ。ユーシャと殴り合った後に、急に連れの御一行が踵を返したんだ。俺と闘う素振りも見せずによ。おまけに、この目だ。ユーシャ以外の誰かが見ると、俺の事を敵だと思いこんで襲ってきやがる。村人達も魔物だって一斉に叫んでさ。それも、目を瞑るだけで急に興味失ったみたいに離れていくんだよ」

『オマエ、何言ってるの?』

「だから言った通りなんだって。あんまやりたくねえけど、ユーシャ以外の人間に見せると……」

『ユーシャって、この足元にいる転生者の人間?』

「あ? 転生者なのか」


 それは初耳だ。確かに主人公のように周りを仕切っていたし、力もどこか特別なようだった。


『ユーシャとオマエ以外に人間がいる?』

「ああ。そりゃ、あちこちにいるよ。ここ宿屋が二階にあるが、一階に降りれば酒場があって何人かいると思うぜ」

『……それは人間じゃない』

「何?」


 ハッチは浮いていた次元の扉に身を隠すと、床に立って円を描いた。円は同じく次元の扉のように次元を穿つが、今までのうねうねした闇ではなく、一階の様子を写し出していた。

 しゃがんで、次元の穴から見える世界を眺める。

 バーのカウンターに店主がいた。ひたすらにグラスを磨いている。

 ユーシャの連れも同じく席に着いていた。ただ座っているだけで、会話が弾んでいる様子も無く、そこにいるだけであった。

 他の客も、ひたすらにグラスに口をつける者、頭を抱えたまま動かない者。その動作は、見るからに不自然であった。


『オマエが言ってるこれらは人間じゃない』


 ハッチははっきりと断言した。


「人間じゃないならなんだ? 敵か? 魔物か?」

『どちらでもない。これらは異世界の一部だ』

「……どういうこったよ」


 まだ説明してなかったね。床に拡げた次元の穴を仕舞いながらハッチは呟く。


『異世界に<>があるのは覚えてる? オマエが一度壊した、あれ。あそこから異世界の基礎が生まれて、造られていく。<>があって、<>があって、異世界がある。<>の可能性から創造されるのが異世界。だから、オマエが言うユーシャ以外の人間は、単なる異世界の一部の<>に過ぎない』

「よーわからんが……。異世界っていうのは、そもそも神様が用意した箱庭なんだよな。そこに『元気に死んだ』人間が転生して、異世界で疲れさせる。ここまでは合ってるよな?」

『うん』


 つまるところこの異世界は「ユーシャという人間が転生した異世界である」ということになる。そしてユーシャ以外の御一行――アーチャやブドウと呼ばれていた彼ら――や村の人々――門番やバーテンダー等――は異世界上での人物であって、地球から転生してきたユーシャとは全くもって別の存在ということだ。ハッチは彼らのことを『人間』とは呼ばないらしい。


「でもこの異世界で生きてるんだろ? それなら俺やユーシャの方が部外者で、異世界にいる輩の方が人間って解釈の方が納得いくけどな」

『オマエが言ってる異世界のヒトは<>上にすぎない。<>のレベルにもよるけど、異世界の<>に則って動いてる。それこそ、異世界のヒトというのは、異世界そのものの<>と変わりないと言っても過言じゃない』

「あー、もう。<>ってなんだよ。ソウゾウ? 実際に触れられるし、転生者のはずの俺にも干渉してきたじゃないか。想像にレベルってのもあるか? 神様ってのは、なんとなくで異世界を作ってるんか? なんか急にちゃちくなったな」

『……オマエ、また勘違いしてる』


 どういうこったよ。そうぼやくも、ハッチは宙を軽やかに移動するだけですぐには答えてくれない。


「何が間違ってるんだ? 生まれた地球があって、それとは別に異世界があるんだろ。異世界は宇宙のどこにでもないって前に言ってたか。わざわざ用意するのもご苦労なこった」

『だからこそ異世界を設けている』


 気絶するユーシャの上で佇むハッチ。こちらを指差して、『オマエ』と呼びつけてきた。


『転生者は異世界にいる。オマエ達の言葉を借りるなら、異世界にいるというのは仮死状態。肉体は失ってるけどね。魂だけが夢を見させられてる。<>とは、オマエ達人間の特定の妄想や夢の中のことを呼んでいる』



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