1.2.3 一六二〇六二日目の朝
幾百も並べられた勇者の記録。丁重に一日目から順々に並べられているのは記録者の性格なのだろうか。
月明かりが頼りな部屋の暗さにも、目が馴染んできた。俺は書斎にある本を一つ、手に取ってみた。
【ユーシャ様の記録 13日目~14日目】
・13日目
――朝からユーシャ様とケジャは買い物へ。ユーシャ様は街には不慣れなようで、ケジャが案内した。「エルフであるケジャが人間の街の地理を把握してるのはかえって興だな」とユーシャ様は仰られた。
朝から商店街を順繰りした。
武器屋を覗いては、何も買わなかった。
防具屋を覗いては、何も買わなかった。
アクセサリーショップを覗いては、何も買わなかった。
素材屋を覗いては、何も買わなかった……。
――昼になる。
欲しいものがないかとケジャは問われた。ケジャは城外の森に住み着く魔術を扱う獰猛な獣の中でも強力な魔獣の主の毛皮が欲しいと伝えた。魔獣の主の毛皮があれば、ユーシャ様に便利なアイテムを渡せるとケジャは考えていた。その旨も伝えた。
早速ユーシャ様は城外の森へと出掛けた。門番は城外に人が出るにも関わらず止めることなかった。ユーシャ様に伝えたら、「勇者だからこそできるのだ」と答えられた。
城外の森は鬱蒼と茂っている。入り組んだ迷路のようになっていた。見慣れない植物も多いが、とりわけ何にも使えなさそうだ。
ユーシャ様は城外の森を真っすぐ進んだ。
右に曲がった。
宝箱があった。中身は回復の小瓶だった。
左に曲がった。
魔物がいた。ユーシャ様は通常の攻撃で魔物をすぐに斃した。
真っすぐ進んだ。
行き止まりになった。
魔獣の姿は見かけない。
悲鳴が聞こえた。子供のようであった。
ケジャはユーシャ様に悲鳴の方向を伝えた。ユーシャ様はその方向に進んだ……。
――城外の森の最深部にて。
大きな魔獣がいた。『
既に口元が血塗られており、小さな腕が足元に落ちていた。
被害者が出ているため、ユーシャ様は討伐を実行した……。
……『
魔獣の主の毛皮を手に入れた。
ユーシャ様と共に街に戻った……。
――夕方。
マジック袋を作るため、宿泊先まで戻ろうとした。
道中、小汚い少女がユーシャ様にぶつかった。
少女はお金を求めた。
ユーシャ様は「己の恥を捨ててでも、そんなに強くなりたいか?」と問うた。少女は頷いた。
ユーシャ様は【代償】を使った。
少女は恥じらいを対価に、神速を得た……。
……少女は笑った。そして、家族を失った今や何もやることがないと言った。
ケジャはユーシャ様と共に来ることを提案した。ユーシャ様はそれに「それがいい」と同意した。
少女はユーシャ様に忠誠を誓った。名を、アーチャと言った……。
「……アーチャ、か」
勇者と殴り合った際にちらりと聞いた名である。
これは勇者とアーチャという少女との出会いの記録だろうか。書き手からして、勇者本人によるものではなさそうだ。というか、勇者の名前がユーシャだったり、弓使いの名前がアーチャだったりとやけに安直すぎる。他はヒーラとケジャとブドウと呼ばれていたか。何となく名前から役割を察することができる。こっちがわかりやすいから悪くはないが。
本を元に戻し、他のものにも手を伸ばしてみる。
【ユーシャ様の記録 30日目~32日目】
・30日目
――宿屋にて。
ユーシャ様はアーチャの胸を揉んだ。
アーチャは抵抗しなかった。
ユーシャ様は続けた。
アーチャは抵抗しなかった。
ユーシャ様はさらに続けた……。
「…………」
俺はそっと手に取った本を元に戻した。
ふと後ろを振り返ってみる。ユーシャはまだ目覚めそうになかった。なんだか、こっちが気不味くなってしまった。
もう少し、昔ではなく直近のものらしき記録を見てみようか。書斎を見渡して、数字の一番大きな本を手に取ってみた。
これは、ユーシャの記録としては四百年以上のものと考えられる。ユーシャなるものが別人であればまだ良いのだが……。
【ユーシャ様の記録 161961日~162060日目】
・161961日目
――ユーシャ様は独りで森の方に向かった。
村長が出発前にシチューを御馳走すると仰った。
ヒーラがユーシャ様を連れ戻してきた。
ブドウとアーチャが喧嘩していた。
ケジャが皆のシチューを注いだ。
ユーシャ様はシチューを二杯食べた……。
――昼頃。
ラスト村を離れ、魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
魔物と二体出会った。
魔物を斃した。
魔物と四体出会った。
魔物を斃した。
大型の魔物『
『
何ら変哲もない、勇者御一行が魔王城を目指している記録である。
だが、少しだけ引っかかるところがある。村長が言っていた言葉もそうであった。記録にある日付を次の項まで飛ばしてみる。
【ユーシャ様の記録 161961日~162060日目】
・161962日目
――ユーシャ様は独りで森の方に向かった。
村長が出発前にシチューを御馳走すると仰った。
ヒーラがユーシャ様を連れ戻してきた。
ブドウとアーチャが喧嘩していた。
ケジャが皆のシチューを注いだ。
ユーシャ様はシチューを二杯食べた……。
――昼頃。
ラスト村を離れ、魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
魔物と二体出会った。
魔物を斃した。
魔物と四体出会った。
魔物を斃した。
大型の魔物『
『
・161963日目
――ユーシャ様は独りで森の方に向かった。
村長が出発前にシチューを御馳走すると仰った。
ヒーラがユーシャ様を連れ戻してきた。
ブドウとアーチャが喧嘩していた。
ケジャが皆のシチューを注いだ。
ユーシャ様はシチューを二杯食べた……。
――昼頃。
ラスト村を離れ、魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
魔物と二体出会った。
魔物を斃した。
魔物と四体出会った。
魔物を斃した。
大型の魔物『
『
・161964日目
――ユーシャ様は独りで森の方に向かった。
村長が出発前にシチューを御馳走すると仰った。
ヒーラがユーシャ様を連れ戻してきた。
ブドウとアーチャが喧嘩していた。
ケジャが皆のシチューを注いだ。
ユーシャ様はシチューを二杯食べた……。
――昼頃。
ラスト村を離れ、魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
魔物と二体出会った。
魔物を斃した。
魔物と四体出会った。
魔物を斃した。
大型の魔物『
『
「――これは……」
またページをめくる。161965日目も、その次の日以降も同じ内容であった。
ループしているのか、勇者御一行は魔王城に向かうという行動を繰り返していた。御一行の名前もある通り、ユーシャは始めから同一人物と考えるのが道理だろう。
本棚にズラリと並ばれている本を見つめる。いったいいつからこのような記録になっているのだろうか。この本からか、それとも何十、何百冊も前からか。探す理由もないため、無駄な模索はひとまず諦めた。
「ほんじゃあ、今日の出来事も書いてあるんか?」
手に持った本の最後までページをめくった。162060日目はさっきと同じ内容で書かれている。一言一句違わず、俺との出会いのような記述は見当たらない。
「……おわっ」
突如、本が光りだした。
慌てて手放したが、本は宙に浮いたまま独りでにページをパラパラとめくられていく。強く光ったと思えば、光が止み、スッと勝手に本棚の中へと収納されてしまう。
たった今、記録されたということだろうか。元に戻された書斎に近づき、本の背表紙に人差し指をかける。
……【ユーシャ様の記録 161961日~162061日目】
背表紙の数字は一つ、増えていた。
本を開き、最後の項までページをめくった。
【ユーシャ様の記録 161961日~162061日目】
・162061日目
――ユーシャ様は独りで森の方に向かった。
村長が出発前にシチューを御馳走すると仰った。
ヒーラがユーシャ様を連れ戻してきた。
ブドウとアーチャが喧嘩していた。
ケジャが皆のシチューを注いだ。
ユーシャ様はシチューを一杯食べた。
ユーシャ様はシチューを一杯マジック袋に戻した
「今日こそ必ず。いざ、魔王城へ」とユーシャ様は高らかに掲げた……。
――日が高く昇った頃。
ラスト村を離れ、魔王の住まう魔王城の元へと向かった。
魔物を斃した。
魔物と二体出会った。
魔物を斃した。
魔物と三体出会った。
魔物を斃した。
『
――夕方。
驕4142大蟆41縺85逶10襍が現れた。
アーチャとブドウがけしかけた。驕4142大蟆41縺85逶10襍に一蹴された。
ユーシャ様が独りで驕4142大蟆41縺85逶10襍と戦った。
ユーシャ様が驕4142大蟆41縺85逶10襍に負けた。ユーシャ様は気絶した。目の前が真っ暗になった……。
一部の内容が俺には読めないが、162061日目の記録の内容は俺が認識している内容にほとんど相違なかった。さっき出会ったのが162061日目だったのだ。
この本にどうやって記録しているのかがどうあれ、内容から見るにユーシャは気絶だけで済んでいるようだ。あの黒いモヤモヤになった時はどうなっちまうかとも思ったが。
「……この文字化けは俺か? なんでだ? っつーてもな。とりあえず、本からの情報はこれが限界か」
本を閉じる。それとほぼ同時に、眩しい光が部屋に差し込む。
ユーシャが眠るベッドの方を見ると、窓の外で朝日が昇っていた。そのスピードは肉眼でもわかるほど異常な速さで、映像を早送りしているようでもあった。
日が昇ると共に、一向に点かなかった部屋の照明がポンと前触れもなく部屋中を照らした。日光も相まって、部屋がさっきよりもかなり眩しい。急な眩さに目を細める。
この異世界の新しい一日が始まった。ユーシャの記録によれば、162062回目の冒険の時。162062日目の朝の目覚めだろうか。
「……あ、あぁぁ」
ベッドの主が身体を起こす。
「何か、悪い夢でも見たみたいだ。夢じゃないのか? にしても顔が痛いな……」
ユーシャは頬をさすり、ふと顔を上げる。ぼやくのをやめて、薄目を開く俺を理解するのに数秒有していた。
「よっ、ユーシャさん。おはようだ」
「……っ!」
ユーシャの顔が歪む。そりゃそうか、顔面に一発食らわせられたやつが目の前にいるんだもんな。
これが本来あるべき普通の反応である、とも俺は再認識した。町の者はおろか、勇者御一行の御連れは俺を見ても記憶になかったのだから。
赤い目だけに反応するユーシャ以外の人。400年以上も勇者を続け、ひたすらに魔王城へと向かう記録。
この異世界には、何か
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