1.2.2  魔王城最寄りの 人里




 なんだかんだあって、とりあえず素直に村の中に通してくれた。


 門番の挙動は少しおかしなところがあった。どうやら俺の赤い目を見ると魔物だと認識し、俺の目を見ないか見せないようにすればさっきまでのことをパッと忘れたかのように一人の人間だと認識するらしい。不自然ではあるがこれが事実だ。


 現に俺は、目を閉じながら村の中を歩いている。


「うわっ。危ないなぁ」

「……わーりぃ」


 薄目を開きながら歩くも、視覚は不良である。

 入口辺りに立て看板があり、大きくも「ラスト村」と書かれてあった。この村の名称だろうか。地方名ではなく村自体に名前があるのは、ゲームファンタジーならではであろう。


 ラスト村の灯りは多くなく、とても暗い。夜も深まっている。だが、目を開けば門番のような挙動を村の人達は見せるだろう。目を閉じているだけならばとりわけ何も言ってこない。俺がそういう極細目キャラみたいになってるのだろうか。


 門番とのいざこざで勇者御一行の行先がわからなくなったため、どこかで情報を得る必要があった。

 夜だというのに行き交う村人達の合間を抜けていって、中央に位置する目立つようにあった家を目指す。数十センチ程の高床式になっており、出入り口側に数段のステップがある。その傍らに広告のように大きな看板が立てられていた。これまた看板の大きさに合わせて「村長の家」とでかでかと書いてある。わかりやすいからいいのだろうか。


「あーの、ちょっといいか」


 ノックをして、ゆっくりと扉を開ける。窓から光が漏れていたから、中にいるのは確かだ。


「おや。旅人さんですか。何か困りごとでも?」

「……そう、そうそう。旅すがらこの村に立ち寄ったんだ。……村長に挨拶しないと迷惑かなっつーか、そんな感じでいて」


 話の馬を合わせておいた。この世界では旅人を装うのが無難だろう。


「ほっほっほ。わざわざこの村までいらっしゃったのですか。夜も遅い。遠慮せずとも、この村でゆっくり休みなされ」

「ああ。あざっ――ありがとうございます。……いや、そのー、休めるようなところってどこかなーって。どこでもよいので。もしかすると他の旅人とかも泊まっているようなとことかあるかなーつって。はは、ははは……」


 なんとなくわかっていたが、畏まるのはどうにか苦手だ。生まれ変わる前からの性格だろうか。


「ほうほう。それでしたら村の西側に宿屋があります。一階が酒場で、二階が宿屋です。ちょうど、ユーシャ様御一行もいらしてます」

「……へえ。あの勇者様御一行が」


 勇者御一行は彼らのことだろう。

 さっき殴り合った後だ。あまり顔合わせしない方がいいだろうか。

 だがしかし、あの不可解な挙動を見せたのもある。現況を確認できるならば、しても良いだろう。


「ぜひ会ってみたいもんだ」

「今日はこの村で休んでおられ、明日には魔王城に向かわれるかと思われます。なるべく早めに御会いするといいでしょう」

「……そーなんか。ありがとう、村長さん」


 挨拶を交わして、言われた通りに村の西側へと向かう。方角がこの世界でも合っているか定かではないが、日が沈んだ方向だろうとおおまかに予想して進んだ。


 村の端の方まで来ると酒場があった。二階建てで、二階の部屋は消灯している。あの部屋が宿屋なのだろうか。一階が酒場だと夜眠るのに困難を極めそうだ。


 腰くらいの高さの扉を抜ける。暖色の照明の中、薄ら目で酒場の店主っぽそうな人物を探す。バーカウンターのような場所に独り、グラスを磨き続けている人がいた。きっと彼だろう。


「……だから、あたしは飲んでないっつーの」


 どこからか楽しげな会話が聞こえてきた。


「ひっくひっく。ブドウ、あたしまだ飲めないんだよ? にしてもここ暑い暑い。一枚脱いじゃおっかな」

「それはやめろ、ア゙ーチャ。何もなくなるだろ。それに、顔が真っ赤じゃねえ゙か」

「真っ赤っかぁ? ブドウのはーげ、はげはげはーげ」

「まだ禿げてねえ゙! すっ飛ばすぞ!」

「おっ。いっぺんやるかぁ!?」

「ホッホ。若いの同士、お盛んですなぁ」

「……場酔い、してますわね。二人ともお酒飲んでないのに」


 彼らの面々は見覚えがあった。あの勇者御一行にそっくりであった。


「……ん?」


 弓使いと視線が合う。すぐにそっぽを向いたが、襲ってくるような気配はなかった。薄目だとじっくり見ないといけなく、逆に目立ってしまうのが良くない。


「あ゙? ア゙ーチャ、急にどうした」

「いやいや。気のせいっぽいぽい」


 本当に覚えてないのだろうか。数時間前の殺気立った弓使いとは別人、というわけでもなかろうに。


 そんなことを横目に置きながら、バーカウンターの店主に話かける。宿屋は二階にあり、カウンター横の階段から上っていけばいいという。


「旅人さん、宿の代金ですが……」

「ああ。俺、実は勇者さんの紹介で来たんだ。勇者さんの連れってわけ。だからそのー、なんだ。……勇者さんから受け取って欲しい」

「かしこまりました」

「……よし」


 苦し紛れの言い分だったが、すんなりと通してくれた。お金のことはすっかり抜けていたのだ。元の生活でもRPGでも宿屋に代金を支払うのは自然であった。この異世界は世界観がどうあれ、ある程度は元の地球基準で考えても良さそうだ。店主に御礼を告げて、階段を上る。


 階段から先はかなり暗い。これ以上村人達と出会うことは無いと想定し、目を開けて壁を伝っていく。


 二階には一室しかなかった。唯一の扉を開ける。部屋もまた暗く、月明りだけが頼りとなる。

 二十畳程の広さだろうか。横長であり、入って左側に書斎、右側に大きなベッドがあった。中央のだだっぴろい空間にはラグが敷かれているだけでとりわけ何もない。シンプルながらも間取りが広すぎるなと思える。


 ひとまずベッドまで歩いて、ゆっくりと腰を落ち着かせる。手に持ったハンマーをベッドの傍らに立て掛け、大きく一息ついた。

 かれこれずっと立ちっぱ歩きっぱだったのだ。多少の肉体疲労を感じていた。睡眠欲はないが、せっかく宿まで来たのだ。ひと眠りついても良いだろう。

 身体をベッドに倒して、うつ伏せになる。やけに胸が圧迫して寝にくく、体勢を横に向けた。


 そういえば、酒場には勇者の連れがいたが、勇者本人はいなかった。そもそも勇者は魂のような何かのまま、この村まで来ていた。あれからどうなったのかはわからない。まだ彷徨っているのだろうか。


「…………」

「……ん?」


 嫌な予感がした。

 殺気ではないが、身体に拒否反応が生じている。


 もう一人の気配がする。


 閉じていた瞼を開け、月明りの中目を凝らす。


 ベッドの中には既に見慣れた顔の先客がいた。


「い゙ゃぁあ゙っ!?」


 勢い余って一発殴った。

 良い音がして、その音にも驚いて急いで飛びのく。


 宿屋のベッドの中に勇者がいたのだ。

 勇者はぶたれたとはわからないのか、微動だに動こうとする様子もない。寝息もたてず、石像のようにそこにいた。

 あまりにも気配がなかったために考えてなかった。勇者は魂となって宿屋に帰ったのだ。謂わばここは復活リスポーン地点だ。勇者であるからに、簡単に死ぬわけにはいかないのか。考えてみれば、勇者が休んでいる宿屋で部屋がここしか無ければ、ここにいるかもしれないと想像出来ただろう。

 というか、やっぱ殴りで勇者はやられたようだ。気絶でも復活リスポーン扱いなのだろうか。


 それよりも、さっきまで勇者の隣に横たわった自分を恥じた。

 落ち着け、俺はまだ男だ。そんなことを言い聞かせるが、心臓はやけにバクバク動いていた。それと同時に悪寒もした。


 一人、宿屋のだたっぴろい中央で立ち尽くす。


 勇者は起きる気配もない。夜も遅いが、このままいるのは俺が嫌だった。


「勝手に起きねえかなあ……」


 無理に起こそうと身体に触れるとさっきみたいに再び黒ずんでしまうのではないか。それを危惧して、また触れようとはしないでおく。殴りはしたが。

 部屋の入口まで戻り、灯りを点ける。寝ている勇者には悪いが、起きてもらえればなお良い。


「おーい。勇者さん、よお。朝だぞ……って、なんで点かねえんだ?」

「…………」


 部屋のスイッチは何故か機能しておらず、月明かりだけが頼りとなる。

 頬が赤く腫れた勇者は静かに眠る。


「ったく。起きねえ奴ばっかだな……」


 とはいえ今から酒場に戻るのも気が引ける。目を瞑る苦労も必要であり、戦っていた相手と空間を共にするようなことは嫌だ。


 酒場からの声はここではそう聞こえはしない。静かすぎて逆にうるさい。宿屋としての騒音対策といった環境設備はちゃんとできているようだ。こちらで少し騒いだのもまたあちらには届いていないのだろう。

 だがしかし宿屋としてはやけに部屋が広い。二階にこの一室しかないのだ。ここを勧めてきた村長もそうだが、旅人は少ないのだろうか。もしくは、勇者のために用意した宿を自分にも勧めたのだろうか。


 考えても誰かが答えてくれるわけでもない。

 暇を潰すにも、差し込む月明かりを宛に本を眺める程度しかやることはない。


「……ん?」


 どこかの探偵であれば、ここで「妙だな」と呟くだろうか。

 その違和感は陳列された書斎の本の背表紙にあった。


 ……【ユーシャ様の記録 5日目】

   【ユーシャ様の記録 6日目】

   【ユーシャ様の記録 7日目】――


 書斎にある何百冊とある本。様々な色で分けられているが、背表紙に書かれたタイトルはすべて勇者を綴ったものと推測された。


 ……【ユーシャ様の記録 53日~64日目】――


 時折、記録は一日一冊ではなくなってきていた。始まりのほうはほとんどがそうであったが、徐々に日にちは広がっていく。


 ……【ユーシャ様の記録 257日~289日目】――


 その日数の間隔は一ヶ月を越え始める。


 そうではない。もっと着目するべきところがあるのではないだろうか。書斎は他にもまだこの部屋にあるのだから。


 ……【ユーシャ様の記録 38967日~39057日目】――


 頭がいいとは思わない俺の頭でも、その数字は明らかに桁が度を越えていることに気が付いた。

 勇者の記録は、100年を優に越えていた。

 それでもなお、まだ書斎には本が連なっている。


 ……【ユーシャ様の記録 161961日~162060日目】


 俺が何かを見誤っているのだろうか。何度も桁を数えたが、背表紙の数字が変わることはない。

 その書斎の記録から読み取るに、勇者は400年以上も活動をし続けていた。


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