1.1.4  ちからと だいしょう




「これは勇者直々の命令だ。皆は手出ししてはならない。あれが人間か、魔物か。人間でも魔王の手下か。魔王そのものか。そんなことはどうだっていい。目の前の赤目の少女は、私がる」


 引き抜かれた伝説の剣は輝きを増す。


「少女……って、俺のことか?」

「黙れっ」


 その輝きは闇をも切り払うという。

 魔王城を目の前にして、それはまるで曇天の隙間から一筋の陽射しが差し込むようであった。


「攻撃力激化魔術、会心極化魔術。あとは魔術妨害無効化に絶対防護魔術……」


 勇者はさらに伝説の剣に魔術を込める。

 確実にあの少女を仕留めなければ。私は何百年もの間、戦ってきたのだ。変わらない毎日を。変えようとしても変えられない物語を。それを終わらせるのは、他でもない私自身でなければならない。


 前線に立っていたアーチャは素早く後ろに下がった。ヒーラとブドウは心配しながらも口には出さずにこちらを見つめていた。ケジャが身体能力向上魔術をかけようとするが、それを見向きもせずに頭を振るった。これは私の戦いだ。私だけでやるべきなのだ。

 剣先を少女に向けたまま、重心を低くする。二人の間を邪魔しようとする者はいない。


「うおぉぉぉっ!」


 構えを崩さぬまま、少女の元へと駆けつけた。

 先手必勝。

 アーチャ程とは行かなくとも、その速度は常人を超えていた。


「さっきからいきなり……なんなんだよっ!」


 すんでのところでハンマーに防がれてしまう。

 ユーシャは続けて押し込むように斬撃を繰り返す。


「おらおらぁ!」

「ったく――」


 金属同士が弾ける音。

 全てを切り裂くと言われた伝説の剣でも、赤目の少女が持つハンマーは傷一つなく受けきっていた。赤目の少女が手を動かすと言うより、ハンマー自体が上手くいなしているようにも見えた。


「これなら、どうだっ」


 大きく横に薙ぎ払う。力押しに負けた少女が姿勢を崩したのを見逃さず、ユーシャは伝説の剣で切りかかる。


「俺が何したっつーんだよっ」

「黙れっ。黙れ黙れ黙れ!!」


 剣とハンマーを押し付け合う。火花が散り、顔が近づく。小さな赤目の少女の顔が大きく映った。どこかで見た事があったかもしれない。

 そんなことはどうだっていい。

 力の差は互角なのだろうか。赤目の少女は防衛に徹しておりこちらが優勢にも思えたが、まだ相手が仕掛けてないため断言はできない。


「ならば……」


 弾き返す反動で、一度距離を置く。赤目の少女は少しだけぐらついていたが、持ち堪えたようだった。


「答えられねぇんか?」

「…………」

「……聞く耳はねえってか」

「……ケジャの言う通り、私と同じ力というのは本当なのかもしれない」

「同じ、ちから?」

「だが、永らえた私の方が能力ちからの使い方に長けているっ」


 私が勇者たる所以。

 それは、私の万能能力によって、人々を魅了させてきたからである。


 ヒーラは、この世にはなかった医療技術を超えた回復術を望み、血に縛られた家柄の断絶を代償として能力ちからを得た。

 ブドウは、何事にも耐えられる鋼の肉体を与えられ、匙しか持てない不器用さを代償として能力ちからを得た。

 アーチャは、如何なる全ての動きを超えた身のこなしを望み、女という身の恥らいを代償として力を得た。

 ケジャは、万物を識れる才能を望み、それまでに有するであろう時間を代償として能力ちからを得た。


 彼らだけではない。多くの代償を糧に、ユーシャはチート能力を駆使してきた。


 ある時は息絶えかけた従者の命を代償として、片想いする娘の命を救った。

 またある時は森を焼き払い、峡谷を渡る橋を架けた。


「私の生きる時間よ。赤目の少女を消し去る能力ちからへと【代償】せよっ」


 剣に力を籠める。与えられたそれを、感覚だけで自らの能力を使いこなしていた。


 ――望みと等価交換の【代償】。


 これが、ユーシャに与えられた万能能力であった。


 そしてユーシャがユーシャ自身のために能力を使う場合、必ず己の寿命を削ることと宣言していた。


 黄金の剣がさらに輝きを増した。光が刀身を伸ばし、迸る力が溢れかえる。


 剣が重たい。

 この赤目の少女を狩るには、ここまでのパワーが必要なのだろうか。両手で掴んで、背筋を伸ばしたまま腰を低く構える。


「少女、か……」


 ここからじゃ赤目の少女の表情がうまく見えなかった。さも驚いてる様子があるわけでもなく、かといって受け止める策を講じてる様子でもなさそうだ。


「ユーシャ様、それ以上は……」

「くっそぅ、これ以上は巻き込まれるっ。あたし達はここから離れるよ!」


 アーチャが察してその場から離脱した。回復しきったのか、ブドウやヒーラ達も離れるような気配が感じ取れた。


 遠慮はしない。代償とした寿命が尽きることはないため、無尽蔵に力を分け与えることが可能である。


「……あれ、流石にやっべえな」


 赤目の少女は待ちわびるように片手に持ったハンマーで肩を軽く叩いていた。見渡してはいるが、遠ざかろうとする様子はない。逃げても無駄だとわかったのだろうか。全てを切り刻むことができる伝説の剣の一振りでさえ、身に当たってしまえばひとたまりもない。それに加えた代償の能力増強は、もはやオーバーキルに過ぎない。

 それでも、念を押すことには変わりない。伝説の剣を受け止めきれたハンマーも警戒が必要だ。赤目の少女の力は、まだ知れたものではない。


「覚悟はいいか?」

「……っ」


 耐えきれず赤目の少女が飛び出す。踵を返さず、こちらに向かってきた。やられる前にやろうと言うのか。背を向けて逃げないだけ褒めてやろう。


「だが、もう遅いっ!」


 天まで達した伝説の剣。

 その刀身を、目の前の少女に向けて、振り下ろす。

 この間合い。この距離。彼女がこちらまで到達する前に、確実に伝説の剣の刃の方が当たる。


「喰らえ! 赤目の少女よりも強い私の能力ちからを!!」

「ウルルァ!」


 口調の悪い赤目の少女も振りかぶる。ユーシャまで届かないのに、無駄なあがきだ。心の中でほくそ笑む。


 ゆっくりと時が流れていく。


 白銀の髪が舞う。伝説の剣の刃が、それを飲み込む。


 赤い目が大きく見開く。人間を斬るという動作には抵抗はなかった。

 光が全てを断ち切らんとする。

 確かな感触があった。それは硬く、握った手元まで響くような感覚。


 眩しくも、力を込めたまま勢いに乗せる。


 振り下ろす腕が、急に軽くなった。

 光が弾け飛び、荒野に衝撃が舞う。煙幕のように砂塵が飛び交い、衝撃による風が勇者を襲う。

 赤目の少女ごと、ぶった切ったのだ。大地を切り裂くほどまで、思い切り腕を振るっていたのだろう。ユーシャは勝利を確信した。


 だが、そうではなかった。


 振り下ろした視線の先。荒れた地面はどこも傷一つついていない。見えたのは、消える力の光と、やけに小さい伝説の剣。

 その刀身は、今までよりも遥かに短くなっていた。それが折れていると気づくのには時間がかかってしまった。


 伝説の剣だったモノが、寂しそうにユーシャの手元に残った。不敗の剣が、ガラクタと化した。


「な、何故なにゆえ……っ」


 刃だった破片が、パラパラと足元に砕け散る。


 この時ユーシャは全てを察した。

 赤目の少女が殴りかかったのは、この私ではない。剣の方であった。


 遥か過去に真剣白刃取りというものがあると聞いたことがあった。真剣を振りかざされる際に、頭上で両手を合掌させることで受け止められるという。転生前の、それも実体験がない噂程度のものでしかなかった。

 正面からでは力のぶつけ合いになってしまう。振り上げるよりも、振り下ろす方が明らかに有利だ。それもあってユーシャは勝利を確信していた。


 だが、それも縦の動きに限った話だ。ベクトルが変われば、勢いは関係なく正面から当てたものが勝る。


 振り下ろさんとしたその伝説の剣を、赤目の少女は真横からその一瞬だけのタイミングに合わせて勢いごと相殺させたのだ。


「いきなり斬りかかってきやがって……」

「――っ!」


 赤目の少女が両手でハンマーを振り下ろしたまま、こちらに飛び掛かってくる。


「覚悟はいいか?」

「ひっ……」

「……あんな」


 目前まで迫った影は勢いよく跳躍する。

 険しい形相で、赤目の少女がユーシャを睨んだ。ハンマーを持たない片腕を上げて、小さな拳がユーシャの顔面を捉えた。


「俺は、男だ!!」


 頬の下あたり。顎だろうか。

 横殴りで、ユーシャの顔面にそれは直撃した。


「ぶあぐぇ……っ」


 訳も分からぬまま、視界に空が入った。身体ごと宙に吹き飛んだらしい。

 感覚はなかった。痛みもない。痛覚など、とうの昔から感じてない。強くなるために、代償を重ねてきた。今、それが返ってきたならば、とても苦しみもがいていただろうか。

 動かぬ肉体は抵抗できないまま、後ろに下がっていた四人の元へと返っていく。


 ドスンと重たいものが地面に落ちる音。


「ユーシャさま……っ!」

「ユーシャ、さ…………」

「ユー……………………」


 皆の声が次第に小さくなっていく。

 周りに集って、心配そうに身体を揺さぶっているように見えた。そうしているのが見えるだけで、そうしているかはユーシャにはわからなかった。


 感覚が、視覚が、聴覚が、薄らいでいく。


 声が聞こえなくなった。

 無音が煩くなり、赤目の少女の言葉だけが脳内に反響して耳に残った。


 少女は男だという。


 少女が、男。


 聞き間違えだろうか。


 聞き間違えではないようだが。


 意味を理解できぬまま、意識も遠のいていく。


 ……ユーシャの目の前が、真っ黒になった。




 *――*――*――*――*



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