0.2.2 転生の始め方_(2)
『転生システムはオマエ
≪扉の番人≫はワープしながら段々と異世界の境界へと近づいていく。
「元気に死ぬ……って、そこは平気なのか?」
『来てみる? どうなるか、ウチも見てみたい』
純粋な眼差しで聞いてきた。
ろくなことではなさそうだ。俺はすぐに頭を振った。
つまんないなぁとぼやきながらも、≪扉の番人≫は説明の続きをした。
『人間には寿命がある。人間の中にある
「元気に死んだらどうなるんだ? そもそも、元気に死ぬって意味わかんねえが……」
『寿命以外の死。不慮の事故死、とか? ウチも地球で生きてる人間を直接見たわけじゃないからわからない。多くは特定の感情を抱いて死を迎えた個体。ウチは人間の言葉を借りてそれを未練と呼ぶ。元気に死んだら、霊魂も同じく元気。未練たらたらだと、霊魂はとても元気。それだと神も浄化だけじゃ抑えきれない。それで、異世界に送って疲れさせる。疲れたら、また回収して、同じく浄化してを繰り返す』
「疲れさせる……」
もう少しまともな表現の仕方はなかったのだろうか。
『元気な霊魂を不十分なまま地球に送っちゃうと記憶を維持したり不都合が生じたりした。過去にあった。半端な霊魂を全うさせるには、地球以外、つまり別の世界を用意してそこに送り込む必要がある。それが異世界。最近の話、地球の単位でここ百年くらいで急に人間の数が増えた。それと同時に浄化対処もかなり多くなった。動員数増やさないと間に合わないくらい。ウチもそれで≪扉の番人≫として対応に回ってたの』
「さっきからちょくちょく聞こえてたが≪扉の番人≫って何だ? 扉ってのはよ、そのハッチのことか?」
『はっち? ハッチ、ハッチ……』
唐突に、≪扉の番人≫はその言葉を復唱した。
『……もしかして、ウチのことを名前で呼んだ?』
「…………?」
脳内マップにインタロゲーションマークが大量発生した。
≪扉の番人≫は嬉しそうにまた『ハッチ、ハッチ』と繰り返し口ずさんでいた。
『オマエ、ウチに名前くれるなんて。ハッチ、良いね! ハッチ、ハッチ……』
「あのさあ」
『ウチに親なんていない。名前がなかった≪扉の番人≫はハッチと名付けられた。……これだと、オマエがウチの親みたい。逆だよ、普通。ウチがオマエに名付けないといけない』
「……はいはい、ハッチでいいわ。んでよハッチ、その≪扉の番人≫って呼ばれる所以は何だ? まるで扉を守ってるというような呼び名だけど、そうとは思えねぇ」
『はい、ハッチです。なになに? 扉を守ることはしてないよ。扉を開ける<技能>があるだけ』
扉というのは、ハッチが見せつけている次元の穴をあけてることだろう。さっきも白い異世界からこちらへと移動するために俺も使った。まさに異世界と異世界を繋ぐ扉を持つ能力だということか。
神や異世界といった話が出た。次元を渡るような存在がいても今更おかしくはない。
『転生するために霊魂が異世界に行かなきゃいけない。だから≪扉の番人≫が扉を開けてそれを仲介する。神は他にやることがあるから。役割分担。地球の人間もその方が効率的だと気づいたから、今もそうしてるんでしょ』
「じゃあよ。ハッチがここにいたら、神は困るんじゃないのか?」
『うん』
「えぇ……」
ハッチは悪気無さそうだ。
「……まぁ、あんなのが神だって言うならな。俺も女神ってもっと寄り添った存在だと思ってたんだが」
『女神? もしかして、アイツのことが?』
宙に浮かぶハッチは今日一番大きな目をしていた。
それもすっと目を細めては、腹を抱えて笑い出した。
『んっふふっ。――人間の救いの象徴の「女神」なんて。ほんと酷い神、アイツ。そうやって人間を導いては騙しちゃう』
「神であることは確かなんだな。あの女神。いったい何の神なんだ?」
一呼吸置いて、ハッチは真面目な形相に戻った。
『……アイツは≪災厄の神≫。名前は知らない。でも、敢えて言うならば魔神のような存在』
「まじん……魔の神、の方か」
清らかなイメージある女神とは対称的な響きがする。
「あれが魔神だとしてよ。やっぱ、悪い神なんか?」
その問いに対し、ハッチは大きく頷く。
『ウチが苛められてるのを見て悪行だと思った訳じゃない?』
「あの場は、な。ぶっちゃけ神とわかって殴った俺が一番悪役してる」
片手でハンマーをくるくると弄ぶ。
殴ったことについて、とりわけ後悔はしてない。
「魔神だか女神だかが今までに何やってたかなんて知らねぇ。俺は裁判官でも警察官でもない。ただあの場を見て止めに入っただけだよ」
『…………』
ハッチが黙りこくった。ふと横を見ると、堅い表情を浮かべたまま、空中で立ち止まっていた。
『……アイツは、みんなを喰った』
「みんなを、喰った?」
『霊魂の異世界転生を行うのに、≪
「……そうか」
『ウチも片脚を奪われた。この姿はバックアップで残した仮の姿。本来与えられた力も十分に発揮できない。取り返さなきゃいけない。食われたみんなの分も』
「おう、頑張れ」
『頑張るよ』
「…………」
『…………』
「……………………」
『……………………』
「……あ゙ーっ。もうわかったよ! こっち見んな! 手伝えっつーんだろっ。なんで俺が気ぃ使わなきゃいけねぇんだ!」
『わー。やさしいんだねー! すっごく、うれしいなー!』
「もうちょい感情込めてくれや……」
っつーてもな。
あの魔神女神をどうしろというのだろうか。
「また殴ればいいのか? そろそろ、神様全員から俺がシバかれそうだ」
『そう。神を殴ったという事実が、神全員を敵に回してるかも。一回シバかれた方が良いとウチは思う。シバかれ太郎、あんま直接殴りこむのは良くない』
「さらっと俺を売ろうとしてなかったか?」
そんなことないよと片言でハッチは呟く。
「だいたい、魔女神にいつ会うかも……」
『――いた、ぞ』
どこからか声が鳴り響いた。
「……あ? ハッチ、何か言ったか?」
『ウチは喋ってないよ?』
「気のせい、か」
辺りを見渡す。草が忙しなくざわめく。雲の流れが異様に早い。
遠くの山が、少しだけぼやけて見えた。視力を疑って、目をこする。だが、それは見間違いではなく山は徐々に形を失っていく。上から消しゴムのように削れていった。
『――ようやく、見つけたぞ。反逆者共め』
空に轟くは覚えある声。山のこだまではなく、世界全体に呼び掛けているように聞きとれた。
『お、オマエっ。後ろっ、後ろ!』
ハッチが慌てて指を差しては、そそくさと坂道を移動し始めた。
振り返ると、異世界の<限界>がすぐ近くにあった。先程よりも明らかに距離が狭まっていた。それも、じわりじわりとこちらに近づいている。草原だったものがポリゴン状になって空中に溶けた。
異世界の崩落。
既にそれは迫りつつあった。
大地がどんどん浸食されていく。このままでは飲み込まれてしまうだろう。
「うわっ! ちょっ、待……。ハッチ!」
坂道を転がるように走る。走る。走る。
やけに身体が動かしにくい。肩辺りへの運動負荷が多い気がした。まだこの身体に馴染んでいないからだ。
空中を難なく移動するハッチまで追い付くが、後ろの崩落は止まらない。
「どうなってんだ!?」
『
「魔女神に? だからって、こうはならないだろっ」
『なってるんだよ! 異世界は創ることもできれば、簡単に無くすとも可能。ウチが移動できる異世界は、全部アイツの管轄内。いつかはバレるとはわかってたんだけど、結構早かったねー』
「呑気に言ってる場合かっ。わかってたなら早よ教えてくれ!」
『ウチに聞かれなかったし……』
ところで、一つ提案がある。ハッチは小さな指を一本だけ立てた。
『オマエ、やっぱ一回アイツにシバかれない?』
「嫌だ!!」
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