愛されすぎても困るんですけど!!
橙式部
第1話
目が覚めたら乙女ゲームの世界でした、なんて正気の沙汰ではないでしょう?
私はしがないOLの一人で、その日も絶賛プレイ中の乙女ゲームを楽しみに帰宅していた。それなのに毎日の無理がたたってか、工事現場の穴にズドン。目が覚めたら大好きな乙女ゲームの世界に入っていたのだ。
それも、主人公のマリアではなく、悪役令嬢のローズでもなく、名も無きモブメイドの一人として!
「ルナール」
「はい、お嬢様」
「これ、エーミール様に届けてきてくださる?」
「かしこまりました。すぐに届けてまいります」
私のご主人様、アマリア・ブリジット・フォン・シュルツ様は可愛らしい顔立ちに、亜麻色の髪、そして湖を注ぎ込んだような潤った瞳を持つそれはもう目に入れても痛くないお嬢様だ。年齢は15歳。
私よりも1つ年下の女の子で、すってんころりんと階段の1番上から足を踏み外したなんとも間抜けなメイド1人──それが後の私となるメイドだが──に対しても気遣いを忘れない正真正銘身も心も清廉なお嬢様なのだ。
私がこの世界に来るきっかけとなった、すってんころりん事件の際には付きっきりで看病してくれていたらしく、それ以降はとても私に対して過保護になってしまった。
それからエーミール様。
お嬢様の幼なじみであり、乙女ゲームの攻略対象でもあったエーミール・ヴァインツィアル。色白の肌に、金色の髪。翠色の瞳に見つめられた女性はその甘い声を聞くだけで腰を抜かすとか何とか。キャラクター紹介はうろ覚えなので勘弁して欲しいのだが、なんとこの国の王子様の1人。次期国王との噂もあることから引く手あまただとか。
イケメンで美声で優男なのだからモテないわけが無い。それが乙女ゲームのイケメンクオリティ。そんな彼に会うのが憂鬱だと感じるわけがある。
それは──。
「やあ、ルナ」
「おはようございます、そしてさようなら」
「待ってルナール。馴れ馴れしくしてしまってごめんね。気を悪くしたのかな」
「私はアマリア様の代理で来ただけですのでその美しいお顔を離してくださいませんか?出来ることなら5mくらい」
「はは、ごめん。よく聞こえなかった」
「いやだからもっと離れれれれれ……顔がいい!」
会う度にこれだ。
彼は何故だかどこにでも居そうな地味なメイドを気に入ってしまったらしく、こうして仕事の最中で強く出れないことを利用しては迫ってくる。
元々はアマリアお嬢様の許嫁だったというし、彼はこの先ゲームの主人公であるマリアとそれはもう砂糖を吐いてもまだ足りないくらい甘い甘い結婚生活を送るルートがあるはずなのだから、こんなプレイボーイ生活を辞めるべきだと思うのだけれど、周囲にそれとなく聞いてみるとなんとこのイケメンは私以外のメイドには節度を持って接しているらしい。それが出来るならもっとちゃんとしろ。
目が会えば微笑んで手にキスを。
壁際にいれば壁ドンで強制的にその美貌を長時間浴びせられ続け、メンタルが激弱いモブメイドには荷が重いのだ。
今日も今日とてアマリアお嬢様からの手紙を届けてサッと帰ろうと思っていたのに、まさかエーミール本人が城にいるとは思ってもいなかった。
実は暇人なんじゃないだろうか、この人は。
「エーミール、収穫祭のことで大臣が……なんだ、またルナールと居たのか」
「やあオスカー、奇遇だね。そう、可愛らしいルナの誤解をといていたところなんだ。弟のお前からもなにか言ってやってくれないか」
「知るか。そいつを少し借りるぞ。メイド長が呼んでいた」
「あ、そう。それじゃあ仕方ないか」
ようやくエーミールから開放された。
弟のオスカー様はエーミール様とは異母兄弟で、その容姿は端麗なものの、似ても似つかない目付きと体つきをしている。
少し日焼けした肌に暗い短髪。ゴールドの瞳で、意外と笑うと可愛らしい顔立ちになる所も、メイドたちの中では伝説だ。
城にこもっているよりも、戦場に出ることの方が身にあっているようであまり出くわすことは少ないのだが、近くにある収穫祭の件で暫くは城に滞在するのだろう。
(収穫祭、パイが美味しいんだよなあ)
オスカー様に連れられて、エーミールのいた部屋から城の入口までを歩いていく。
そろそろ不自然に繋いでいる手を離して欲しいのだけれど、以前そういったところオスカーの顔が真っ赤になって暫く会話をしてくれなくなってしまったので、今回は心の内に留めておく。
勿論弟のオスカーも、エーミール同様乙女ゲームの攻略対象だ。
主人公マリアに対してつんつんとした態度をとっていたけれど1度惚れるとなにかのリミッターが外れるのか意外にも甘い言葉を囁く男としてファンの間ではよくいじられていた。
「おーい!ルナー!」
増えた。
「ミレイ」
「わっ!す、すみませんオスカー様」
「構わない、俺は忙しいからあとは頼んだ」
「は、はい!」
こちらに目配せをして去っていったオスカーはまだスキンシップも激しくないし攻略するまではベタベタもしないタイプなのでまだ有難い。
こちらも現実なら何回ブリーチした?と聞きたいくらい透き通った髪を後ろで束ねてさわやかに笑うイケメン。イケメンしか居ないんだよなあこの世界は。だから私みたいなモブが目立つのかな。
勿論攻略対象のミレイ・ロナウド。お金持ちではないけれど、コック見習いとしてお城で働く使用人の1人で、ゲーム序盤からも好感度が高いことから人気も高いキャラクターだ。
人懐っこい性格で笑顔を絶やさないところがあるので私も好印象だったのだけれど、それにしては近すぎるんじゃないかなと言う距離感が結局のところ苦手だ。
「オスカー様、相変わらず強そうだなー!」
「ウンウン、ミレイ離れようか……」
「え?なんだ?」
わざとじゃないのかこの野郎。
ミレイが振り向いた拍子にほっぺにつんとした感覚。思わず赤面して後ずさる私に、頬をかいてミレイはにへらと笑う。
「キス、しちゃったな」
「ほっぺでしょうがーー!!」
既成事実をさりげなく増やそうとするミレイを軽くあしらって城の庭園へと逃げた。
「あ、ダンさんこんにちは」
「ああ」
ダンさん。
比較的無口でぼーっとしていてちょっと怖いイメージがあるけれど、実は優しいキャラクター。こちらも勿論攻略対象で──。そろそろこの話も飽きてきた頃か。
「あの、今日は彼は……」
「……さっき、そこを」
彼が指さす方向と真逆に駆け出す。
「ありがとうございます!」
私が苦手な彼を避けるために毎度ダンさんにはお世話になっている。
あまりに必死になりすぎて分からなかった。
「そこを、曲がろうとしてそっちに……行った……」
ダンさんのそんなつぶやきが。
「ふんふん、ふんふん、男が居ないのは楽でいい〜」
下手くそな鼻歌を歌いながら歩く。
今日は比較的攻略対象に会わずにすんでよかった。あの後数人ともすれ違いかけたけど他の人を盾にして逃げ延びた。
最も苦手な男を回避出来ただけでも、十分でしょう。
「やあ愛しいルナールお嬢様」
「ゲェッ!」
角を曲がればこんにちは。ほとんど裸に布を巻き付けただけの麗人が壁を背に待ち伏せしていた。
長い金髪を緩く腰元で束ねているだけなので、彼が歩くとそれが揺れる。
まるで私のメンタルが折れるまでのカウントダウンの振り子みたいであわあわとしていると、手を取られ必死に抵抗するも虚しく手の甲にキスを落とされた。
「ギェーー!!」
「カエルを潰したような醜い声も素敵だよ。もっと聞きたくなる」
「ほんとにやめて!離して!誰かー!」
「誰も聞くわけないだろう、諦めろ」
ゲロ甘な顔をしているくせに性格はクソガキサイコパス野郎のアレクサンドル、通称アレクサ。こっちのアレクサは1家に1台どころか世界に1人ですらもごめんである。
寒イボがでそうなキモイセリフや謎に裸体美を見せつけてくるところとかが生理的に無理なのである。というかメイドをいちいち口説かないで欲しい。
ゲームでは攻略対象ではなく悪役令嬢と手を組んで主人公を陥れようとする敵役だったのでうっかり忘れていた。
アマリアお嬢様に嫌がらせをしようとしてきた悪役令嬢とコイツとを一緒くたに懲らしめてやったら逆に惚れられてしまって散々な目にあっている。
「ほら、こっちを見てごらん」
「嫌っ!それ、手に持ってるのなんですか!」
「ミミズ」
「ほんとクソガキ!」
もうほんとに、こんなのに愛されても困りすぎるんですけど!!
愛されすぎても困るんですけど!! 橙式部 @daidaishikibe
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