スケール5
5.1 48〜50ページ目 クリスマス・スピリット
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十二月二日
LIFE:
冬。
街はクリスマスの飾りで明るく彩られている。
この街の人がクリスマスをイメージしたときに思い浮かべるのは、駅前のイルミネーションだろう。駅前のロータリーの真ん中に佇むもみの木ではない巨木に、色とりどりの電球が初めて付けられたのは、私が幼稚園の年少のときだったと思う。ツリーのてっぺんの星が欲しくて、ツリーの前を通りかかるたびに指を指していたことを今でも覚えている。
それから毎年変わらず、十二月になるとその巨木はカチカチと点滅する光を放って、人々の心をあたためてくれる。
今日は病院に行く前に駅前に寄って、午後五時にイルミネーションが点灯されるのを見た。今年も変わらず、その光は街に放たれた。
実はここに着く前に、知らない誰かに暴言を吐かれた。
まっすぐ歩いているつもりが、気分が悪くて少しふらついてしまっていたらしい。何を言われたかまでは、ここには書かないけれど、その冷たい言葉が頭から離れなくて、元気が欲しくて、ここに立ち寄った。
私のことを深く知る前に、怠けているとか甘えているという人に、私は直接何かを言い返すことはしない。だって、人生は有限だから、言い争いをするほど私は暇じゃない。けれど、それでも、人が行き交う街角に佇んで思うことがある。
人と違うということを否定的に捉えずに生きることができたなら、——私だけじゃなく——どれだけの人が救われるのだろうと。
足の長さが違えば歩幅が変わるのと同じで、誰もが同じペースで生きて行くことはできない。
目的地にたどり着くのに時間がかかった人が、休んでいたり、立ち止まっていたかなんて、本人以外には知る由もないこと。
それに、休んだり、立ち止まることに意味があることもある。
けれど、目先の成果だけが評価されがちな世の中では、そんなことはお構いなしで、好きなことを言いたいだけ言って去っていく人もいる。
私のように非生産的な人間は存在しない方が人のためになるとまでいう人もいる。
それでは、心が
つらい記憶がよみがえっては、泡のようになって、はじけていく。そんな記憶は、このまま、空に消えていって欲しい。
イルミネーションを見つめていると、まぶしくて優しい光の中に意識が吸い込まれていくような瞬間が何度もあって、まるで夢の中にいるのではないかと思えた。
そして、子供の頃に、外国の映画の中で、クリスマス・スピリットという言葉を聞いたことを思い出した。もしも、この季節だけではなく、一年中、感謝し優しさや喜びを分かち合うことができるなら、地上が天国のようになるのではないかと思った。
その後に行った病院は、心が落ち着くほどに静寂に包まれていた。
ここではみんな戦っている。
なのにこの静けさはどこからくるのだろう。
心が穏やかになっていく。
静けさのおかげか、その後に診察室でペインスケールの最大値を指さしても、それは私の日常の一部ではあるけれど、きっと不幸の値ではないと思った。
☆ ☆ ☆
病院からの帰り道、公園には誰もいない。
今日は直もハルも用事があることは知っていたから、特にがっかりはしない。
それでも、公園を通り抜けて少ししたところで、お姉ちゃんがリリを散歩しているところに出くわしたときには、何だか気持ちがほっとした。
「病院、どうだった?」
お姉ちゃんが、声をかけてきた。
「いつもとおんなじ」
「そっか。みんな今日は帰りが遅いけど、夜ご飯できてるから、帰ったら二人で食べよ」
「うん。ねえ、お姉ちゃんは、私がいなくなったら、どうする?」
「何? 沙樹、どこかにいくの? 突然消えたら探すよ」
「どこにも行かないけど、先に死ぬかもしれないでしょ?」
「またその話か……。沙樹はその話、好きだね」
そう、私は自分と同じ病気の人が短命だったと知ったときから、事あるごとに、お姉ちゃんにこの質問を繰り返ししてきた。
「だって、お姉ちゃんには、聞きやすいんだもん」
お姉ちゃんは、大概、適当に即答してくる。私の部屋をもらおうかな、とか、プレゼントを買わなくてよくなるから、お金が貯まるね、とか、まあ、そんな感じだ。
だけど、この日のお姉ちゃんは、リリに引っ張られながらしばらく考えて答えた。
「じゃあ、沙樹が死んだら、私がお母さんになってあげるから、私のところに生まれ変わってきな」
「うん。そうする」
私の返答に、お姉ちゃんは目を見開いた。
「今日は素直だね」
「まーね」
Will and statement:
もしも、お姉ちゃんのもとに生まれ変わることができたら、きっと合図を送るからね。
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