スケール3

3.1 15〜17ページ目 十枚のプレミアチケット

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 九月十九日


 LIFE:


 ハルの誕生日に使ったプレミアチケットの副作用で、私は一ヶ月以上寝込んでいた。副作用が思ったよりひどくて、私は正直参っていた。


 プレミアチケットっていうのは、マティアスが紹介してくれた『痛みを抑えられるけど、体がボロボロになっていく薬』のことです。


 ハルの誕生日の夕方、ハルの家に行って「誕生日おめでとう!」と言った瞬間に、プレミアチケットを使ったことがハルにバレてしまった。そんなに顔に出ていたのかな?


 そのあとすぐに、私がプレミアチケットを私が使ったことを、ハルが空にメールで伝えてしまったから、家族全員にあっという間にバレて「何で相談しないの?」とお母さんから電話がかかってきたけれど、心配しているだけで怒ってはいなかった。


 早速二人で買い物に行って、映画館でホラー映画を観たあと、ハルの家に戻って、ハルの家族と一緒にバースデーケーキを食べた。夜更かしもしたし、いっぱい話をした。


 ハルと過ごした時間はあんまりにも楽しかったから、「今度は二人で旅行に行こう!」なんてふざけて言った。プレミアチケットの代償なんて気にならないくらい、いっぱい、いーっぱい笑った。

 

 ☆   ☆   ☆


 ここで、ちゃんと私の病気と薬のこと説明するね。そんな話聞きたくなかったら、このページは読み飛ばしてもいいと思う。


 まず、プレミアチケットについて。

 さっき書いたとおり、プレミアチケットは、マティアスが紹介してくれた二つの薬のうちの一つの『痛みを抑えられるけど、体がボロボロになっていく薬』のことです。特別な薬だから、私が勝手にそう呼んでいるだけ。正式名称はもっと平凡な薬の成分をもじっただけのものです。


 プレミアチケット使う——つまり、この薬を飲むと、約一日半、三十六時間私の体から痛みが消える。プレミアチケットというだけあって、さっきも書いた通り、特別な薬です。その効果は信じられないほど高くて、効果がある三十六時間私はの体は健康そのものになる。


 でも残念なことに、使える回数に限りがある。マティアスが薬を五回使った後の体の変化と私が二回使った後の体の変化から、私の人生ではおそらく十回程度しか服用できないとされている。それ以上服用すると、体の組織に負担がかかりすぎて、心停止するとされている。私はハルにもらった手作りの宝箱に、プレミアチケットを入れてある。ハルの誕生日にもう一回使ったから、この残り七回しかない。


 なんでそんな危険な薬を親や医者が私に渡しているかというと、別の病気の治療薬として、薬局で販売されている薬に同じ成分が入っているから……。


 つまり、どう言うことかというと、私は薬の存在を知ってしばらくしてから、その市販薬を自分で買って飲んだ。全国どこでも手に入る薬で、ちゃんと効き目もあった。それは私にとって、とても都合が良いことだっだのだけれど、両親と医者は何かあったらどうするのと大騒ぎした。そして、私が買ってきた薬を取り上げて、捨ててしまった。


 それでも私は、そのあと何度見つかって捨てられても、その薬を買ってはお守りがわりに持っていた。薬を持っていると、いつでも必要なときに動けるようになれる安心感があったから、どうしても自分で持っていたかった。


 結局最後には、両親が根負けして、私の体に不必要な成分まで含まれているその市販薬を私が勝手に飲んで無茶をしないように、両親と医者が相談してマティアスが飲んでいるものと同じ薬を処方してくれた。



 二つ目の薬、つまり『痛みは抑えられないけど、体を動かせるようになる薬』は飲むと吐き気がひどくなり、食べ物が喉を通らなくなから、毎日飲むわけにはいかない。この薬は、単純に『薬』と呼んでいる。


 ただ、病気の進行が早まったり、体がボロボロになるわけではないから、病院に行くときや学校に行くときなど、外出しなければいけないときに『薬』を飲むことにしている。


 どちらの薬も、カプセルの中に入っている。



 最後に、私の病気について。

 ほんと、ここの内容は暗いだけだから、読みたくなかったら飛ばしてね。


 まず、私はこの病気に生まれる前からなっていたと思われる。

 もちろん生まれる前のことなので、私には記憶がないけれど、お母さんが私を妊娠したときに、お姉ちゃんのときには感じたことがないほどの痛みを感じて動けなくなり病院に行った。


 精密検査を受けたけれど、お母さんには何も見つからなかった。ただ、お母さんが痛みを感じて動けなくなっているときに、私もお腹の中で動かなくなるなっていることがわかった。


 その後、出産まで痛みが消えることはなかった。だけど、私は順調に成長して三千五百四十八グラムの一見健康そうな大きめの赤ちゃんとして、生まれてきた。


 私が生まれるとすぐに、お母さんからは痛みが消えた。


 私は生まれてからずっと、動けなくなる時間がある。腕も、足も、頭も動かせなくなる。そして、動けないだけじゃなく痛みも伴う。


 私の病気は、症状としては単純。全身が痛み、身体が動かせなくなる。症状の発生する時間は日に日に長くなっている。


 私はもちろん覚えていないけど、生まれた頃は、夜中に二、三時間だったと推定された。

 幼稚園の頃には、夜中から早朝にかけて六時間ほど。

 小学生の頃には、夜中から朝九時ごろまで。だから、日に日に学校に遅れて行くようになった。

 中学校の頃には、夜から昼頃まで。学校は基本昼から登校、痛みがなかなか治らない日には部活だけ行ったりした。

 高校に入学してからは、夜から夕方の四時ごろまで。高校は通信制にして、二週間に一度の登校日には『薬』を飲んでいるから、何とかなっているけれど。それでも順調とは言えない。


 毎日同じじゃないけど、だいたいこんな感じかな。


 今じゃ、痛みがないのは、長くて夕方の五時から夜の十時くらいまでの五時間くらい、短い日には二時間弱かな。


 私の自由時間。私が私でいる時間。

 私はこの時間のために生きている。


 痛みのある時間は、私はただ闇のなかにいるだけの存在。

 だって、動けなくて何もできないんだもん。そんなの、もう私じゃないよね。


 でも、マティアスや今までこの病気になった人、たくさんの医者や研究者が諦めずに色々調べてくれたから、私は『薬』を飲めば動けるし、プレミアチケットだってある。


 ありがたいな、と思う。




 Will and testament:

 私の体は、これからこの病気になる人のために役に立つなら、好きに調べてもらって構いません。


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 僕はノートを閉じた。


 まるでノート読んでいた間、まったく息をしていなかったのではないかと思うほど、頭がクラクラする。僕は大きく息を吸って吐いた。


 マフィンは僕の隣ですっかり眠っている。


 窓の外はもう真っ暗だ。そろそろお母さんが帰ってきて夜ご飯を作っているはずなのに、一階から何の物音もしない。


 痛みって、人それぞれだけど、病院で調べてもらっても何も出てこないこともある。僕は不登校になった頃に、毎朝腹痛や頭痛がひどくて、色々な病院で調べてもらったけれど、何も分からなかった。


 そして、僕のお母さんは頭痛持ちだ。普段は市販の痛み止めで何とかなっているけれど、年に数度寝込むことがある。特にひどい片頭痛になると数日間何もできなくなる。


 子どものころからずっと、年に数回頭痛が襲ってくるとお母さんは言っている。何も食べられなくなって、水飲んでも嘔吐を繰り返す。


 原因はわからない。疲れとかストレスとかが原因かもしれないと言われても、治す方法がわからない。僕はお母さんがひどい片頭痛になると心配で仕方なくなるけど、背中や手をさすってあげることしかできない。


 もしかして、ひどい頭痛で寝ているのかもしれない。


 僕は心配になって、階段を駆け下りていったけれど、リビングのドアを開けても、部屋は真っ暗で誰もいない。


 僕は、スマホでお母さんにメッセージを送った。



 ———————————————————————————

             『いつ帰ってくる? 大丈夫?』


 『…』

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 十数秒が何分にも思えた。



 僕の心配する気持ちなど察する気配もない、お母さんの元気そうな関西弁メッセージが届いた。


 ———————————————————————————

             『いつ帰ってくる? 大丈夫?』  


 『もうすぐ着くで ^_^ ご飯炊いといて』

 ———————————————————————————

 

 よかった。


 痛みは測れない。お母さんの痛みもどれほどのものかわからない。自分のことだって、うまく説明できない、僕は痛みの強さを聞かれても、答えるのが苦手だ。泣きそうなほどとか、動けなくなるとか、死ぬほどとか、いろんな伝え方があるとは思うけど、どれもしっくりこない。


 彼女の、沙樹さんの痛みはどれほどのものだったんだろう……。

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