2.5 10〜14ページ目 ハル
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八月十七日
LIFE:
今日はハルの誕生日。ハルは私の大切な私の理解者です。
あと、悪友というべきかも知れない。小さいときは一緒によくイタズラをしたので。まあ、主犯は私だったけど……。
私の病気について、私自身の言葉で初めてちゃんと説明した人はハルだった。
出会ったのは幼稚園の年少組のとき、ハルは同じクラスになったのに、何ヶ月も話したことがなかった。いつも一人で絵本ばかり読んでいるハルに私は特に興味もなかった。
☆ ☆ ☆
九月のある日、ハロウィーンの飾りつけのためにクラス全員で工作をしていた。みんな、先生に言われた通り、折り紙や画用紙を使って、かぼちゃのおばけのジャック・オー・ランタンを作っていた。そのとき、たまたま私の隣に座っていたハルが折り紙で星を作ったのを見て、私はびっくりした。
紙を何度か折って、ハサミで一直線に一度切っただけで、開くと星が現れたのだ。
「それ、どうやるの?」
私の問いに、ハルは振り向いた。少し表情が硬い気がした。突然話しかけられて、驚いてしまったのかもしれない。けれど、ハルは黄色い折り紙を二枚取り出すと、私の前に一枚置いて、
「まず半分に折って…」
と説明を始めた。私は急いで真似をした。数分後、私は不器用ながらも星を完成させ、ジャック・オー・ランタンの端にその星を貼り付けた。
「ありがとー!」
私のお礼に、ハルはこう答えた。
「よかったね」
次の日から、私はハルによく話しかけるようになった。
ハルは思っていたよりもよく喋る子で、本をたくさん読んでいるからか物知りだった。ハルはひとりでいても全然寂しそうではなくて、折り紙と絵本さえあれば幸せそうだった。
でも、私は外で遊ぶ方が好きだったから、一緒に絵本を読んでもすぐに眠たくなってしまって、一生懸命ハルを外に連れ出した。ハルは私が笑うと、いつも笑い返してくれたから、私たちはすぐに仲良くなった。
☆ ☆ ☆
それから数ヶ月後、クリスマスが近づいてきた十二月のある日、私はクラスの子たちが数人で、お泊まり会をする話を聞いた。「さっちゃんもおいでよ」と誘われたので、私も行っていいかどうか、幼稚園の帰りに車の中でお母さんに聞いた。
けれど、お母さんは、
「ちょっと難しいな……」
と困った顔をした。
「さっちゃん、夜になると動けなくなるでしょ?」
「うん」
私は小さく頷いた、確かに私は夜になると動けなくなる。
「だから、みんなとお泊まり会はちょっと大変でしょ?」
「う……ん」
「ごめんね」
そのとき、私はお母さんが謝る気持ちも、自分がどうしてお泊まり会に行けないのかもよく分かっていなかった。だって、自分が人と違うということを、まだあまり理解できていなかったから……。
でも、お母さんが悲しそうな顔をしたから、それからしばらくの間、お泊まり会については話さないようにした。
しかし、その一週間後、私は駄々をこねることになる。
「イヤだ! ハルの家に行く!」
幼稚園に迎えにきたお母さんは、困り果てた顔で私を見つめている。お母さんは私の前にしゃがむと、私の手をとって静かに言った。
「この間、ちゃんと説明したでしょ?」
「イヤだ! お泊まり会に行くもん!」
実はその日、お昼を一緒に食べていたハルに、クリスマス会をするからその日にお泊まり会をしないかと誘われたのだ。ほかの友達とじゃない。ハルが誘ってくれているのだ。絶対に行きたいと私は思った。
「さっちゃん、仕方ないよ。ママが無理言っちゃダメだって」
「すみません、うちの子が勝手に誘っちゃって」
ハルとハルのママが困った顔をしている。
みんな私のせいで困った顔。だけど、私はどうしても諦められなかった。
その後、私のお母さんとハルのママは何か話をして、連絡先を交換すると、それぞれ娘たちの手を引いて、幼稚園の門をくぐった。
家に帰ってきてからしばらく、お母さんの携帯のバイブが何度か鳴っていた。電話とメールで誰かと何か相談しているようだった。
夜ご飯が終わってデザートを食べていると、まだ機嫌の悪い私にお向かって母さんは言った。
「さっちゃん。まだハルちゃんとお泊まり会したい?」
「うん!」
私は持っていたデザートのお皿をひっくり返しそうになる程驚いた。お母さんは、いつもはそう簡単に意見を変えない、ダメと言ったらダメなのだ。
「ハルちゃんの家ではお泊まり会するの難しいけど……お母さんね、ここでお泊まり会できないか、ハルちゃんのママに聞いてみたの」
「ほんと? 私の家で?」
「うん。でもね、さっちゃん。さっちゃんが、ちゃんとハルちゃんに病気のこと話せたらお泊まり会していいよ」
「病気のこと?」
「うん。お泊まりする日に、ハルちゃんがびっくりしないようにね」
「分かった」
私は『分かった』って言ったけれど、病気について話さなかったらハルがびっくりする理由は理解していなかった。
私は漠然と、みんなどこか痛いんだと思っていたし、自分が稀な病気にかかっているということも理解していなかった。
☆ ☆ ☆
次の日、幼稚園で私はハルの隣の席に座って、お弁当を食べていた。ハルは食べるのがすごくゆっくりだ。今日もいつものように、口をモゴモゴさせながら、ぼーっと窓の外を見ている。
「ねえ、ハル」
「ん?」
ハルは口が開けられないので、ただ私の方を見た。
「お泊まり会のことなんだけど、ママが私の家でならしてもいいって」
「のうなお?」
口を閉じたままで、声を出したハルが『そうなの?』と言ったのがわかる。ハルの目がいつもより大きく開いていて、とても嬉しそうだ。
「うん。それでね、お母さんがね、ハルに私の病気のことちゃんと話せたら、いいって」
「病気?」
食べ物を勢いよく飲み込むと、ハルがじっと私の目を見て聞き返してきた。
「うん」
ハルはすごく心配そうだ。
「さっちゃん、病気なの?」
「うん」
「今から病院に行く?」
「ううん」
私は首を横に振る。
「お熱があるの?」
「ないよ。でも夜になると痛くなるの、それで……」
「痛くって、お腹? ハルはよくお腹が痛くなるんだ。だからご飯はゆっくり食べないとダメってママが……」
ハルは最後まで話を聞くのが苦手で、その上思いついたことをマイペースで話し続ける癖があるので、話が逸れてしまうことがよくある。
「お腹じゃないよ」
「じゃあ、頭? ハルのママは頭痛持ちなんだよ」
「頭も痛くなるけど、頭だけじゃないよ」
「……」
ハルは少し考えているみたいだけど、でも何も言わない。
「体が全部痛くなるの」
「お薬は?」
「お薬はないの。それでね、朝まで動けないの」
「困ったね」
「うん」
私もハルも、眉をしかめて困った顔。
それでもハルはしばらくすると、こう聞き返してきた。
「でも、さっちゃんのおうちなら、お泊まり会していいの?」
「うん」
「じゃあ、さっちゃんの家に行くね」
「やったー。約束だよ」
「うん。約束」
私たちは笑顔になった。私はハルがいれば痛くて動けない夜だって、楽しいんじゃないかと思った。
☆ ☆ ☆
お泊まり会の日。クリスマスプレゼントを抱えて、ハルはやってきた。小さな袋が六つ。家族全員と子犬のリリの分まで。
ハルは、「おうちの中でこんなに大きなツリー見たことない」と言って大はしゃぎした。
夕食前に画用紙で大きな靴下を作って、それぞれ枕元の壁に吊るした。
チキンとケーキを食べて、プレゼント交換をした。クリスマスの歌をいっぱい歌って、クッキーとミルクをサンタさんのために用意して、枕元に置いた。
その夜、ハルはお姉ちゃんと一緒の部屋で寝ることになっていた。
一緒にお風呂に入って、私のアヒルコレクションで遊んだ。
それからできるだけサンタさんを待ったけど、眠くなってしまったので、おやすみを言って、それぞれ別の部屋に向かった。
その夜。私は夢を見た。痛くて痛くて動けないけれど、大丈夫だよって声がする。一緒にいるよと言う声が……。
目が覚めると窓の外に朝日が見えた。壁に吊るされた靴下がパンパンになっている。サンタさんはやって来た。今年もきっとたくさんのお菓子が詰まっている。
ハルは眠たそうに目を擦りながら、「さっちゃん、おはよう」と言った。
私たちは、リビングのソファーに転がって、靴下の中身をくらべっこした。二人とも大好物のチョコやクッキー、大好きなキャラクターのおもちゃのついたお菓子が入っていた。靴下も空っぽになりかけた頃、靴下の奥に小さな紙が入っているのが見えた。目を凝らして見ると、それは、折り紙でできた小さな黄色の星だった。
☆ ☆ ☆
ハル、私はあなたが居たから、わがままを言ってまで、いろいろなことをしたいと思ったよ。そして、人と少し違っても、普通とか普通じゃないとか考えなくてもいいくらい、楽しいことをしてこれたと思う。だから、私は何度でもあなたに言う。
「ありがとう」
と。
その度にハルは照れたり、どういたしましてなんて言わず、ただ嬉しそうに、
「よかったね」
って言うんだ。
☆ ☆ ☆
『ハルカ、お誕生日おめでとう!』
今日の夕方、プレミアチケットを一枚使ってハルの家にサプライズに行きます。ハルは私がプレミアチケットを使ったと言ったら怒るかもしれないけど、ずっと前から計画してきたことだと知ったら、きっとわかってくれるよね。そして、二人で幼稚園の時にできなかった夜更かしをして、朝までいっぱい話すんだ。
Will and testament:
ハルに教えてもらった星の飾りをたくさん作って、ベッドの下の箱の中に入れてあります。鶴じゃないけど、たくさんの人が元気になれるように願いを込めて作りました。どこかの病院とかリハビリ施設にイベントの時にでも飾ってもらえたら嬉しいです。
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