2.4 8〜9ページ目 世界の反対側からの手紙

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 LIFE:


 七月十六日


 午後三時半ごろ。

 私は郵便配達のバイク音を聞くと心が躍る。

 でも大抵は、市役所のお知らせやどこかの会社からのダイレクトメール、通販で買ったものが届く程度だ。


 だけど今日は、久しぶりにスイスからのエアメールが届いた。


 世界の反対側から手紙が届くなんて、ステキだと思う。


 私の病気は、難病だ。

 今のところ、原因はわかっていない。


 だからなぜ、日本から約九千五百キロメートルも離れた遠くのヨーロッパの国から手紙が届くのかというと、世界の裏側にもう一人、私と同じ病気の人がいるからだ。


 ちなみに、私とその人以外に同じ病気だった人は、もう三十年ほど前に亡くなったらしい。


 世界に二人。数十億分の一の確率とは、まあ、稀な病気になったものだと思う。億単位の賞金の宝くじが一千万分の一かそこらで当たるというから——まあ、私は一生分の運をすっかり使い果たしたに違いない。


 ——と言うわけで、唯一の理解者というか、問題の共有者と言えるスイスに住むその人は、英語で時々手紙をくれるようになった。知り合ったのは病院を通じてだった。


 その人は、私より十歳年上の二十六歳の男性で、大学院に通っている。病気の進行速度は私よりやや穏やか。現在の病状は私の数年後の状態だと言われている。名前はマティアス・エヴァルト。


 メールや電話で頻繁にやりとりはしない。依存もしない。私たちは、あくまで別の世界で生きている。


 国籍も、年齢も、生い立ちも、家族も、友人も違う。もちろん好きな食べ物も。夏には家のすぐ近くの湖で泳ぐのが一番好きだと言っていた。


 私はどこまでも続く住宅地のど真ん中に住んでるから、近くの湖で泳いだことなんてないし、学校のプールもあまり好きではない。それに、ここ数年は、まともにスポーツなんてできていない。自分ができないことを嘆いても仕方がないけれど、できるなら、私も一度くらい、きれいな湖や海で泳いでみたいな。


 とにかく、まるで物語の中の登場人物から手紙をもらっているのかと思うほど、何もかもが私とは違うマティアスだけれど、それでも、自分と同じ境遇の人間がいるということが、支えになっていることは事実だった。


「そうだね」

「仕方ないね」

「わかるよ」


 他の人に言われたら、わかるわけないと思ってしまう。やさしい言葉に、逆に落ち込んだりもする。でも、この人だけはこの痛みを知っているのだ。だから私は逃げ場がなくて、泣きたくなると、彼からの手紙を読み返した。何度も、何度も。


 マティアスは去年、彼が子どもの頃から長年試験的に投与されてきた薬の中で、効き目のあった二つの薬を紹介してくれた。


 一つは、痛みを抑えられるけど、体がボロボロになっていく薬。

 もう一つは、痛みは抑えられないけど、体を動かせるようになる薬。


 二つの薬を両方一緒に飲むとどうなるかって? 二つ同時に飲むと、意識不明になるらしい。マティアスの場合は一週間、眠り続けたそうだ。まあ、私の場合には、同時に飲んだことがないから、どんなことになるかよくわからないのだけど。


 とにかく、現時点で完治できる薬や治療法はない。

 この身が明日、どうなっているかもよくわからない。

 

 ただ、やっぱり、奇跡でも起きて、朝起きたらすべてが夢だったとか、薬が完成したなんて知らせが来ないかな? って考えてしまう。


 この痛みから逃れられる日は来るのかな。

 とにかく、人間はいつの時代も病気と戦ってきたのだから、希望はあると私は信じている。

 

 


 Will and testament:

 マティアスからの手紙はなかなか面白いから、できればいつか本にして出版してみてください。私の部屋の勉強机の引き出しに全部しまってあります。彼もThat is a good idea! と返事をくれました。


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