1.4 手紙
急いで走ってきたせいで、まだ息が上がっている。
ノートを手に持ったまま、僕は少しの間、ノートを開けることさえできずにいた。
深い深い海色の表紙には図書室で見たとおり、白い文字で『LIFE "Will and testament"』と書かれている。
図書室でこんなノートを見つけるなんて、本を読みすぎて頭がおかしくなって見た幻覚だったんじゃないかと、学校からの帰り道に走りながら不安になったけど、やっぱり夢じゃない。ノートは確かに存在する。
『LIFE "Will and testament"』——LIFEはさすがに僕にもわかる。命とか人生って意味だ。Will and testament……は、willは意思、だったっけ? それとも未来形だから……だからなんだ? さっぱり意味がわからないので、ノートを勉強机の上に置くと、ポケットからスマホを出して、調べた。
『遺言』という意味だった。
『遺言』——故人が自らの死後のために遺した言葉や文章——『遺言』は誰かのために書くものだ。 僕はさっきまで、このノートは誰かの日記か何かかと思っていた。
このノートは、本当に遺言なのか、それとも遺言のようなものなのか? 遺言がが図書室に放ってあるなんて、僕は意味がわからないと思った。
立ったままではどうも落ち着かないので、ベットの奥に並べてあるクッションにもたれかかるようにして座ると、僕は意を決して、ノートの一ページ目を開けた。すると、中から長四角の紙がするりと抜け落ちて、僕の膝に乗っかった。
封筒……。
昔流行ったキャラクター柄の封筒が、時の流れを感じさせた。
封筒は、すでに封が切られている。僕はゆっくりと、中に入った数枚の便箋を取り出した。三つ折りになった便箋の隅っこには、小さい三日月とスマイルマークに髪の毛を描き足したような簡単な女の子が描かれていた。
僕は深呼吸してから、そっと便箋を開いた。そこには、妙に見覚えのある筆跡で、長い手紙が綴られていた。どこで見た字だっけ?
怖くなって、手紙から目を逸らす。
他人への手紙なんて読んでいいのか? でも、この字には見覚えがある。いや、そんな気味の悪いもの、読まない方が身のためかもしれない。
けれど、それでも好奇心の方が勝って、僕は便箋に目を落とした。
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これが最後の手紙になるのかな。なら、楽しいことを書かなくちゃ。
最後なんて、そんなこと言ったら、沙樹のおばさんやおじさん、
お姉さんや空くんは、私のことを嫌いになるかもしれない。
私だけが、沙樹の決断を、沙樹が逝ってしまうことを、許してしまったのだから。
それでも私は、痛みと向き合って、あなたが選んだこの道を、受け入れようと思う。
今までずっと、ありがとう。
幼稚園のときに、一人で絵本ばかり読んでいた私に、本物の世界を教えてくれた
さっちゃんは、ずっと私のヒーローでした。
心配でこっそり後をつけて行った動物園も、二人だけで行った箱根旅行も、
あなたの初恋を応援したことも。全部、かけがえのない思い出です。
親友というものが、本当に存在するのだということを、あなたは教えてくれました。
あなたは誰よりも、この世界が好きで、
私が見つけられない"光"をいとも簡単に見つけ出しては、そっと差し出してくれた。
あなたの瞳の奥で、世界はどれだけ輝いているのだろう。
私はきっとこれからも、三日月を見る度に、沙樹のことを思い出す。
私は、
あなたの世界が、温かく優しいものだと知っている。
痛みは大きいけれど、悲嘆や絶望に苛まれてはいないことを知っている。
そして、あなたが誰よりも強いことも。
痛みのない世界で、いつかまた会えますように。
幼馴染で、大、大、大親友のハル
児玉遥より
ごめん、沙樹。
本当はこの手紙を、最後の手紙になんてしたくない。
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