トンネル

蓮廻 燈己

トンネル

 雨が降っていると下ばかり向いてしまう。

 ただ自分の足が交互に出されるのを見つめながら歩く。

 トン、トンッ

 いつの間にかトンネルの中に入っていたみたいだ。

 靴が地面を叩く音がよく響く。

 このトンネルは幽霊が出ることで有名だ。

 周辺に住む小学生は必ずと言ってもいいほど、ここで肝試しをする。

 私も五年生ぐらいでその幽霊の洗礼を受けた。

 ただの風の音が幽霊の囁きに聞こえて、すぐにその場から全速力で逃げ出したことを今でも強く覚えている。

 その日もこんな雨の日だった。

 ジメッとした空気。

 眼鏡がじわじわと曇っていく。

 初めて好きな人ができたとき、やっとの思いで誘えた花火大会が雨で中止になって、ここで雨宿りをした。

 白くなった眼鏡が使い物にならなくて外すと、視界がぼやける。

 そんな私を気遣って、歩くときに手を繋いでくれた彼。

 結局、卒業式まで告白できずに離れ離れになってしまった。

 今思えば眼鏡の曇りぐらい、服の裾で拭けばどうにでもなったのだが、私はあの甘いひと時に溺れていたかったのだ。

 湿った空気の中に乾いたため息が広がる。

 こんな可愛らしい青春を送っていたというのに、高校ではグレた。

 ちょうど私の真上に消えかかった蛍光灯がある。

 この場所はトンネルの真ん中あたり。

 ガキどものたまり場だったところだ。

 バイト終わりに友達の原付に乗ってここまで来るのがルーティーン。

 タバコの味も、酒の味もここで覚えた。

 この辺の壁を見てみると、その頃に書いた落書きがまだ残っている。

 (ウチラは最強!!!)

 その中でも一際大きく書かれたその言葉は、私のだ。

 横にあるうさぎのような絵も。

 いかにも馬鹿っぽいセンスで恥ずかしくなるが、このぐらい何も考えていない頃が一番楽しかっただろう。

 これを書いたすぐぐらいに、私の仲間が何かで警察に捕まり、怖くなってグレるのをやめた。

 そうしたら急に進路の話が始まって、ついていけなくなって、高校を中退。

 人生の落ちこぼれとはこのことだ。

 やりたくもないようなバイトでなけなしにお金を稼ぎ、家の隅の部屋で存在を消しながら生活する。

 まるで意味のない人生。

 雨の音が段々と強くなってきた。

 そういえば、トンネルの出口から少しのところによく氾濫する川があったような。

 いっそのことその川に飛び込んで、死んでしまいたい。

 「…死ぬか。」

 ポツリと呟いた言葉は虚しさで溢れている。

 久しぶりに泣きそうだと思った瞬間、何かの音が聞こえた。

 「グスッ、グスッ…」

 子供だろうか。

 幼い泣き声に、私の重い涙が素早く引っ込む。

 「どうしたの。」

 まだ人の姿も見えないまま声を上げると、影から少女が飛び出してきた。

 「た、助けて…。」

 鼻をすすりながら私に訴える。

 何か事件でもあったのだろうか。

 「どんなことがあったか、お姉さんに教えてごらん。」

 できる限りの優しい声で話かけると、少女は早口に今までの経緯を教えてくれた。

 要するに迷子になってしまったらしい。

 それで雨宿りをするためにここにいたというわけだ。

 こういうときは多分、交番に連れて行くのが正解なのだろう。

 携帯で交番を手早く調べると、来た道の方にあるみたいだ。

 「とりあえずおまわりさんのところへ行こうか。」

 そう少女に言うと、「うん!」と明るい返事が返ってきた。

 トンネルの出口にくるっと背を向けて、また足を進める。

 小さな歩みの少女に速度を合わせるのは少し窮屈だが、とても新鮮で楽しい。

 揺れる三編みを眺めながら歩いていると、少女が不意に話しかけてきた。

 「お姉さん、この絵なんか面白いね。」

 指さされた方向に顔を向けると、私のだった。

 「…本当だ、面白いね。」

 この少女にとってこのうさぎとかいろんなのは、面白いものというだけなのか。

 色々考える私がしょうもなく感じられてくる。

 また歩き始めると、私と少女はいつの間にか手を繋いでいた。

 子供の体温はとても温かい。

 私のぬくもりのない手に、それはじんわりと溶け込む。

 他愛もない会話をしながら進んで行くと、もうトンネルの出口につく。

 外から入り込む太陽の光で、雨がいつの間にか止んでいたことに気づいた。

 「トンネルをもう抜けるし、もうすぐおまわりさんのところに着くね。」

 と私が言うと、

 「あっ、お家の場所、思い出した!」

 少女が突然言い出し、「ありがとう。」という言葉を残して走り去っていってしまった。

 あまりにも急な展開に、追いかけることもできなかったが、ここまで来たことだしなんとかなる気がする。

 それにしても、さっきまで死のうとしていた私はどこへいったのだろう。

 あの子と会わなければ、私は川のどこかに沈んでいたかもわからない。

 もしかすると私の人生は意味のない人生ではなく、ただ気ままなだけの人生なのか。

 そう考えた方がなんか幸せに生きれる。

 「こちらこそ、ありがとうね。」

 自分にだけしか聞こえない声で少女へつぶやく。

 いや、このトンネルのことだから、幽霊だったかもしれない。

 

 

 


 

 

 


 


 


 

 

 

 

 

 

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トンネル 蓮廻 燈己 @miki0905

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