第20話 鉢合わせ
翌日。最近早く家を出る習慣のついた私は今日もカズに会いに行くのに合わせた時間に家を出て、一人サクサクと歩いていた。
出会ったばかりのころのように「行き過ぎかな」などと駆け引きすることもなく、ここの所ほとんど毎日通っていた。そんなことを考える必要もないくらい、カズが歓迎してくれていることがわかるからだ。
誰も触れないが、カズはクラスで嫌な目にあっているのだと思う。例えばいじめとか、どのような酷さかはわからないが、きっと教室に行きたくないような理由があるのだ。
そしてそれを親に言うこともできず、こうして毎日学校に通うふりをして教室には行かずここで時間を潰して下校しているのだろう。
だからこそ美術準備室で一緒に過ごす私たちの存在は大きいのだと思っている。
「おはよ」
パンパンに膨れ上がった、見慣れたサッカー部のリュックが通り過ぎざまに挨拶してきた。
反射で「おはよ、」と返し、あれ?と足を止める。
木曜日はサッカー部は朝練のはずだ。だから木曜日は私一人で準備室に行っているし、日吉とこの時間に会うことはない。
どんどん遠くなる背中はそんな質問をする時間を与えなかった。しかしいつも重そうなリュックは今日は特にパンパンで重そうで、さすがの日吉も坂道に苦闘しているらしかった。ダッシュしてはハアハアと肩で息をする後ろ姿を眺めながらのんびり歩く。
「あー!空じゃん、おはよ」
続けて後ろから聞きなじみのある声が聞こえ振り返ると、麻里奈とその中学の友だちのリナちゃんが駆け寄って来ていた。
「どうしたの? 今日来るの早くない?」
いきなり走り出した麻里奈に急いでついてきたであろうリナちゃんは、麻里奈の隣で息を整えていた。バレー部なだけあって麻里奈は余裕そうだ。
ここで私は頭をフル回転させ、麻里奈が興味なさそうな言葉を選ぶ。
「昨日家の鍵落としてたのが、事務室に預けてあるらしくてさ」
「へえ、こんなに早く行かなくちゃいけないの?」
痛いところをついてくるので、先生を悪役にすることにする。
「事務の先生が今日用事あるんだって。だから朝早めに来るように言われたの」
そんなの他の教師にでも預ければいい話なのだが、麻里奈は興味を持たなかったようで「めんどくさいねー」と流したので、言い訳のチョイスは成功したようだった。
麻里奈は人が話したくなさそうなオーラを出していても、自分の気が済むまで追及するところがある。だから深堀してほしくない話は、この話は面白くないですよ、という雰囲気を押し出しながら聞かせるしかないのだ。
私はこの一年半の付き合いで、彼女の扱いは上手くなったと思う。
しかし即席で考えたにしては上手くいったこの言い訳には欠点があった。また朝に鉢合わせたときに問い詰められるということだ。
カズの元に通い始めて時間は経つが、麻里奈に鉢合わせたのは初めてだった。今まで運良く遭遇しなかっただけであって、これからも朝休みに準備室に行く私は、無駄に早く登校する麻里奈と会わない方が難しいだろう。
もういっそのこと麻里奈と一緒に準備室に通えば楽なのだが、そのような思考にはならなかった。
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