第19話 秋高し
風が冷たい。いつもの坂道は茶色い落ち葉で埋め尽くされ、歩くたびにシャクシャクと音を立てた。
細長い雲が浮いた空は心なしかいつもより高い。
今年は三季しかないのか。秋をすっ飛ばして冬が来てしまったように感じる。
こう見えて寒さに弱い日吉は、恨めしそうに宙を睨んでいた。
「これもう冬じゃね」
「そうね。でも私、このくらいの気温がちょうどいい」
逆に暑さにめっぽう弱い私のその発言にまた日吉は顔をしかめた。
「ヒートテック着てくるべきだった」
「それはまだ早いでしょ」
「俺、今年の冬越せるかな」
「もう二十回近く越してきたから大丈夫」
「今年こそ無理かも」
「来週はまた暖かくなるらしいよ」
最近の気温は上がったり下がったりと落ち着かない。お陰で私は会話の節々で鼻をズルズル鳴らさなければならなかった。
「風邪?」と顔を覗き込んでくる日吉に「そうかも」と返す。
私の心配をするかと思いきや、空を見上げた日吉は
「準備室、寒そうだよな」
と言った。
こくりと頷く。確かにあの物置のような部屋は、温かさは求めるだけ無駄に感じる。
まだ暖房をつける程の気温でもないし、第一美術室が暖房をつけたとしても、扉の隙間からなんてほとんど恩恵を受けられそうにない。
「でも昨日も美術の授業の後に一瞬だけ顔を出したけど、カズ、寒くなってきたって言ってたから、毛布くらい持って来てるんじゃないの」
そう話すと、
「用意周到なサボりだな」
と日吉は笑みを浮かべた。
なんだか早くカズのところに行きたくなり、少し歩幅を大きくした。
日吉と競うように美術室に滑り込み、扉を五回ノックする。
私たちを中に招き入れたカズが、
「最近警戒心なさすぎるんじゃない」
とちょっと困った顔をしたので反省する。
確かに、私たちが毎朝ここに集まるのは日課のようになっていて、慣れてきた私たちのここに来るまでの工程は雑になりつつある。
前はもっと周りを確認し、足音を立てないようそろりと歩いていた。
本気で反省する私をよそに日吉は「ごめんごめん」と軽く口に出しながらずかずか入った。
「さっむ」
日吉がズボンのポケットに手を突っ込んだまま肩を持ち上げる。
私はいつもの段ボールを引っ張り出してきて腰を下ろした。
「こんなんじゃサボりもきついだろ。授業に出て暖房のきいた教室でウトウトする方が楽だぜ」
カズの段ボールにずるずるとお尻を侵入させながら日吉が言う。
可哀想に、追いやられたカズは段ボールの三分の一程に狭そうに縮こまっていた。
「それか他にあったかい場所あるだろ」
軽口をたたいているようで本気で心配しているらしい日吉に、
「大介の隣、あったかいよ」
なんて嬉しそうに言うものだから、私たちは拍子抜けして笑った。
「お前にそんなこと言われてもな~、京子先輩に言われたら嬉しいけどな~」
日吉は体を揺らしてカズにぶつける。
照れくさい事を言った自覚が出てきたのか、カズは「そうだ、漫画読んだよ」と話をそらした。
「百子が屋敷から抜け出すシーン、こっちまで緊張した」
そう言いながらカズは日吉のそばから抜け出し、奥の本棚まで歩いた。
大きな声を出さないよう、漫画を持って戻ってくるカズがある程度の近さになるまで待ってから返事をする。
「わかる。私読んでるとき手汗かいてたもん」
「はは、怖かったよね、姉さまに呼び止められたところとか」
疑っているわけではないが、本当に読んでくれたのだと思うと気持ちが弾む。
間では日吉が「俺も話に入れてくれ」とパラパラとページをめくっていた。
「続き、持ってきてよ」
「これが最新刊なのよ」
「えー、気になる。次いつ出るの?」
「これこの前発売したばっかだから、大体四か月後くらいかな」
「四か月!? そんなに待つの!?」
どうやらカズは漫画を買う習慣は無いらしい。
次巻まで待てないのなんてとっくに私の悩みの種だ。
よっぽど漫画が読みたいのか「待てない」と珍しくごねるので、日吉が他のシリーズを持ってくるということで解決した。
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