第17話 虚無


ほくほくした足取りでパソコン室に戻ると先生が「分かってるぞ」という優しい顔を向けてくれたので、私は授業を止めることなく席に着くことができた。

ペコリと申し訳なさそうな表情で頭を下げておく。

隣の席のコマちゃんが「大丈夫? 今ここだよ」と教科書を広げてくれたので、すんなりと授業に溶け込めた。


パソコン室には背中合わせのパソコンがずらりと並ぶ机が三列になっている。よって、みんな先生から見て横向きに座る形になる。私は廊下側の壁に背を向ける席だ。

パソコンを操作するのではなく今のように情報の教科書を見る授業では、各々が前を向いていたりパソコンを正面に座っていたりと自由だった。

パソコンを挟んで向かい合う席の日吉を、少し体をずらして覗き見る。

パソコン越しに目が合った日吉は、ほんの少し口角を上げて見せた。

秘密を共有する仲間がもう一人増えた感覚にそわそわし、私もぐにゃりと口角を上げてみる。

日吉が口パクで「へんなかお」と言ったので睨んでおいた。

「なにイチャイチャしてるのよ」

とコマちゃんが小声でつっこむ。

コマちゃんの席からは私の顔しか見えないが、目線で誰とアイコンタクトをとっているかは容易に分かっただろう。

「してないからー」

と軽くあしらうと、コマちゃんはハッとした表情で、

「そっか、日吉、京子先輩と付き合ってるのか」

とブツブツ言っていた。

そういう問題でもないが、ここは気にしないことにする。


情報の授業が終わった後、麻里奈に

「ほんとに体調悪かったのー?」

と鋭い事を言われた。

有佳子が「麻里奈」と軽く咎める顔をすると、

「だって、一緒に消えた日吉とニヤニヤしてたし」

とこちらを見やった。

そういえば麻里奈は日吉の斜め後ろ辺りの席だったな、と思い出す。

牛島先生の方に体を向けて授業を受けていたなら視界に入っていてもおかしくはない。かなり目ざといな、とは思うが。

「日吉は関係ないよ」

とりあえずそこは訂正しておく。

「でもさー怪しいよねー。一緒に授業抜け出してたんじゃないの」

「たしかにー。アイコンタクトしてたし」

麻里奈のめんどくさい絡みに噂話好きなコマちゃんが乗る。

「なんでよう。友だちと目が合ったら笑うくらいするし」

こういうのを真面目に受け取ったり波風をたたせたりなんていう選択肢は私にはない。パタパタと手を動かしながらあしらう。


どうして麻里奈は、男女の友情という発想を排除しているのだろうか。

私は日吉といるのが楽しいし楽だから一緒にいるだけだ。そこに性別は関係ない。

でも私は周りの目を気にしてしまうタイプだから、あまり一緒に行動することはない。

いや、日吉は周りの目を気にするタイプではないから、日吉にとって私はそういうポジションではないのかもしれない。いやでも、それなら朝わざわざ一緒に登校することはないかもしれない。

日吉にとっても私は良い友だちだといいな、と思う。


「もしかして狙ってるー?」

麻里奈がキャハ、と笑う。

だる、と言いたいモヤモヤとした気持ちを抑えて「ないない」と笑う。

コマちゃんが横で、楽しげに笑う。

有佳子がハッキリした声で「日吉彼女いるから違うでしょ」と笑った。


物凄い虚無感に襲われながら何とか笑顔をつくっていると、

「まって、次の数学の課題、当たるわ。空、教えて!」

と有佳子が私の腕を引いた。

「え、わかった。じゃあ先戻ってるね」

振り返ってそう言いながら駆け出す。休み時間はまだたっぷりあるのに、そんなに課題が残っていたのか有佳子はグイグイ腕を引っ張った。


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