第16話 仲良し
そんな様子を眺めていると遠くからチャイムの音が聞こえる。
「やべ、俺、戻らなきゃ」
日吉がバッと立ち上がり、今にもガチャリと扉を開けてしまいそうな予感がした私は咄嗟に制服の裾を掴んだ。
私の顔をちらりと見下ろした日吉は「あ、そっか」とポツリと呟き、そっと扉を引いて出て行った。その後すぐバタバタという足音が聞こえたのでもう美術室を出たことが分かった。
運動神経の良い日吉のことだ。忍びのように足音もなくドアまで移動したらしい。
「空は戻らなくていいの?」
「あーうん、もうちょっと居る」
カズは、授業に戻らなくていいのか、なんて聞いてくることはなかった。授業をサボることに対しての抵抗が無さすぎるからなのかもしれない。
腰を上げたカズはのそのそと奥の本棚まで行き、漫画を手に取って戻ってきた。
「おもしろかったよ」
あまりに淡白な感想だったから、そんなにはまらなかったのかな、と思ったが、カズは先を続けた。
「最初にさ、百子ちゃんが屋敷に乗り込むシーン、やばかった」
「でしょっ? その後の毒薬の発想、天才じゃない?」
「うん。あれ倒れるまで全然気が付かなかった」
「それね、分かったうえで読み返すのも面白いの!伏線見つけられるから」
「ふくせん?」
「そう例えばここ」
楽しくなった私はカズの手から二巻をひったくりパラパラとめくる。
「見て、百子が佐藤氏に団子は好きかって聞いてるじゃん」
「え、本当だ。さりげない」
「それで後々団子に毒を入れることになるんじゃん」
「うんうん。あ、もしかしてここも伏線? ほら、この犬」
「そう!」
私たちの話は次から次へと出てきて尽きなかった。
二人で一冊の本を覗き込むようにして語る。こんな風に話せる人が欲しかったのだと実感した。
カズは具体的な感想を沢山話してくれる。
もう授業が始まって十分は経ってしまったと思う。
夢中になっていた私もふと話すのをやめ、いつ切り上げようかタイミングを伺う。
「そんで、ここで終わるの、気になるよねー」
楽しそうに話すカズを見ていると私も思わずにこにこしてしまう。
「次来るときに続き、持ってくるね」
カズも漫画から私の顔に目を移し、「うん!」と頷いた。
こう見ると、カズは無邪気な一面もあり、年上には見えない。
日吉なんかとも、仲良くなれそう。
そんなことをぼんやり考えていると、カズが突然私から少し体を話した。
漫画を片手にカズを見つめながら聞く。
「どうしたの?」
カズは左手首をさすりながらしどろもどろに答えた。
「えっと、あの、汗臭いんじゃないかなって」
「え?」
予想外の答えに目をぱちくりさせる。
「いや、全然、なんともないけど」
「本当?」
「ほんとほんと」
そう返すとカズはへらりと笑った。
「ちょっとさ、運動してたから、空が来る前」
「ここで?」
私が笑うと、カズは「そうそう」とぎこちない笑顔を向けた。
だから今まで一定の距離感があったのかな、と思った。
もしくは、異性との絡みにあまり慣れていないのかもしれない。
それどころか、あんまり人と積極的に絡むタイプでもなさそうだ。
私が色々考えていたのを察してか、カズは話をそらした。
「だいすけ、って、この前話してた人でしょ?」
“大介”の四文字が初々しい。
ちょっと無理しているな、と思うと可愛い。
「そうだよ」
「仲良さそうじゃん」
「仲良しだもん」
私が膨れてみせると、カズはおどおどして
「だって、この前寂しそうにしてたじゃん。大介に彼女が出来て、かまってもらえないって」
と言い訳する。
「そんなこと言ってない」
明らかに脚色したカズの話に私が思わず吹き出すと、カズも安心したように笑った。
真面目なのか、あまり冗談を冗談として捉えられないようで少し調子が狂う。
「今度また、連れて来てよ」
「わかった」
「漫画も頼んだ」
「まかせろ」
力拳をつくってみせると、カズは顔をほころばせた。
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