第15話 紹介
その後の情報の授業は今日も今日とてサボってカズのもとに行こうと決めていた。
教科書を取りに行くという言い訳はそろそろ怪しまれそうだし、保健室に行くという言い訳は、先生が保健室に確認したら行っていないことがばれてしまうのでリスクが高い。
ということで、
「先生、お腹が痛いので、トイレに行ってきます。授業遅れるかもしれません、すいません」
と授業前に予めペコペコ頭を下げながらパソコン室を出た。
牛島先生は私のことを体の弱い生徒だと思い始めた頃だろう。
心配そうな顔で「全然遅れていいから」と言ってくれた。
麻里奈たちにも本当のことは言えないので、腹痛のふりをする。
コマちゃんと有佳子が、
「空、授業だいぶ進んじゃってるよ」
「遅れてる分、今度まとめて教えるね」
と声をかけてくれたので、心が痛んだ。
麻里奈が「情報の授業嫌いなの?」とケタケタ笑いながら言うのを流して階段を駆け上る。
早く行かなきゃ。そして早く戻らなきゃ。
美術室手前の最後の段に足をかけた時、
「空」
と私を呼ぶ日吉の声が聞こえて立ち止まった。
反射で振り返りその人物の顔をまじまじと見つめる。
数段下の踊り場でこちらを見上げていたのはやはり日吉だった。
なんでここにいるんだろう。
無言のまま頭を回転させるがわからない。
中々口を開かない私にしびれを切らしたのか、日吉がこちらにゆっくり向かって来る。
「どこに行ってるの、空」
「どこって、」
―――美術室しかないでしょ。その言葉をすんでのところで飲み込んだ。
この階段を上って私が体を向けていた方向には、他の教室から離れてポツンと存在する美術室しかない。
日吉は私を泳がせていたのだ。ここまでくるとそこしかないのだから。
「俺も行っていい?」
なんで来るかな。どう見ても私の動きは、誰かにばれたくないという意思の伝わるものだっただろうに。
「先生に何て言ったの」
「まだ授業始まってないから、何も。こんな遠くまで行くとは思わなかったし」
私が最近コソコソしていることは、麻里奈たちは欺けても日吉の目は誤魔化せなかったらしい。
「やるじゃん」
なんて上から目線でこぼしてみる。
「ん? なんか言った?」
「いーや、何も。静かにして」
人差し指を立てて顔をこわばらせる。
日吉はわざとらしく口をキュッと結んで見せた。
美術室のドアをカラカラと開けて中に踏み込む。
後からちょこちょことついてきていた日吉は、ドアを閉める私の行動を不思議そうに眺めていたが口は閉じたままでいた。多分麻里奈だったら「なんで閉めるの?」などといちいち問い詰めてきただろう。
作業するなら電気つけなきゃな、くらいの明るさの部屋を進み、準備室の前へ。
この流れは最近繰り返ししていたが、今日はうしろに日吉が立っているから少し状況が違う。初日の緊張感と似たようなものを感じた。
美術準備室の扉に手の甲を当て、そのまま五回打つ。
――コン、コン、コン、コン、コン。
数秒も待たずして鍵が開く音がした。
――カチャリ。
これが聴こえるまでのスパンはどんどん短くなっており、カズが心を開いてくれているのを嬉しく感じるとともに、今日はそれを裏切ってしまうようで申し訳なくも思った。
隙間から顔をのぞかせると、カズははにかんでみせてくれた。
しかしその表情は一瞬にして固まる。
後ろの日吉が目に入ったのだろう。
私が顔だけ振り返ると、日吉の顔が思ったより近くにあったので驚く。かなり前のめりに準備室を覗き込んでいる。
「え、ここ、鍵開くんだ」
そんな日吉の声を聞いてカズが一歩後ずさったのを私は見逃さなかった。
「いや、開かないから」
と、日吉に冷たい声を出す。
「は、開いてるじゃん」
私の顔をまじまじと見つめてきょとんとした顔をしてくる。
私が口をつぐんでいると、日吉はちょっと眉を下げて、
「俺歓迎されてない感じ?」
と聞いてきた。
カズがびっくりしちゃっている。私がいきなり連れてきたから。
やっと信頼されてきたところだったのに、振り出しに戻ったかもしれない。
後悔し始めたころ、カズがのんびりと口を開いた。
「大丈夫、空の友だちでしょ?」
私が「うん」というのを聞いたカズは既に並べられた二枚の段ボールの横に、もう一枚座布団を並べた。
日吉は私に真似て「お邪魔します」と口に出して踏み入れた。
私とカズがいつもの場所に腰を下ろすと、
「この段ボールに座るの?」
と聞きながら
「えっと、いきなりごめん。これ、日吉。
カズに紹介するとカズは「はじめまして」と頭を下げた。
高校生が友だちになる前にする会話にしてはかしこまりすぎていて、思わず微笑む。
目が合うとカズもにこりと笑った。
その顔を見て思った。カズは多分、私がカズのために友だちと紹介しに来たと思い込んでいる。
それならそちらの方が都合が良いから、日吉が勝手について来たという事は黙っておこう。
流れで日吉までペコペコと頭を下げていた。
顔を上げ、
「あ、もしかしてカズ……さん?」
とカズに向かって言った後、こちらに向き直り、「タメ?」と小声で聞いてきたので、
「先輩だから」
と釘を刺しておく。
カズはにこにこと笑いながら「そうだよ」と言った。
ついでに「敬語じゃなくていいから」と即座に付け加えた。
「そっか、カズよろしく。俺はそうだな、大介って呼んで」
日吉の適応力に圧倒されながらも
「日吉でいいじゃん。みんな日吉って言ってるのに」
と言っておく。
「だって空って呼んでるし。それに初対面で名字呼び捨ては厳しくね?」
後半はカズに向かって言っていた。
「そうだね。じゃあ大介って呼ぶ」
とカズはどことなく嬉しそうに受け入れた。
私がカズ呼びを承諾してもらった時と同じ状況だった。
これは、これから関わることになる人と交わす会話だ。
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