第14話 授業中の話

――しかし私は、想定外にもカズに友だちを紹介することになる。


火曜日の一時間目。美術。

「あ、志乃ちゃん、もうそんなところまで進んだの?」

隣の席で黙々と作業していた志乃ちゃんは、いつの間にか作品をやすりで整えるという最終段階に取り組んでいた。

志乃ちゃんに自分の進行状況を見せながら、ああ、カズはこうやって志乃ちゃんの名前を覚えたんだ、と納得した。

今だって真後ろで観察しているはずだ。


「見て、私のキレイでしょ」

振り返った麻里奈が自分の石を突き出す。

前回の授業から磨いていたそれは角が無く綺麗な球体の篆刻となっていた。

「麻里奈、ずっーとやすりがけしてたからね」

わざと名前を入れて話す。これでカズの知っている人がまた一人増える。

いや、麻里奈という名前はこれまでの授業でも発していたはずだから、既に覚えているかもしれない。


そうそう、と笑う麻里奈の後ろから、

「俺のも負けてない」

と唐突に日吉も張り合って作品を持って来た。この人はいつも美術の授業中うろうろしている。じっとしていられないらしい。

「日吉のも、きれいじゃん」

また、名前を口に出す。

みんなと話していても、私の意識は後ろの準備室にある。


「あ、てか日吉、昨日京子先輩と帰ってなかった?」

麻里奈が思い出したように急に日吉の顔を覗き込んだ。

日吉は「あー、そうそう」と興味無さげに目を逸らした。

もうこの話は広まるに違いない。一緒に下校するくらいだから別に隠しているわけではないだろうが。

人気者の日吉のことだ。美術室はざわざわしているものの、今この会話が聞こえる範囲にいる人は皆耳をすましているはずだ。


「え、付き合ってるの?」

意外にも、志乃ちゃんが大きな反応をして顔を上げた。

大きな、とは言っても志乃ちゃんにしては、という事なので、実際はくりくりした大きな目を開いていつもよりほんの少し声のボリュームがあるだけだ。

しかしその声は、日吉と仲の良いうるさい男子の声によってかき消された。

日吉の背中を叩いたり肩を組んだりしながら大きな声を出す。

「おいおい、お前、彼女いたのかよ」

「しかもあの京子先輩ってまじかよ」

最後に学級委員長の男子が「うっそー俺京子先輩狙ってたのに~」などと声を上げて笑いを取っていた。

周りが「お前じゃ無理だよ」とかゲラゲラ笑っている横で、日吉は落ち着いて志乃ちゃんに向き直る。

「うん、付き合ってるよ」

志乃ちゃんは日吉の顔をじっと見つめたまま動かない。

こんな可愛い顔に見つめられたら照れるな、いや京子先輩の綺麗な顔で慣れてるか、なんてどうでもいいことをひとり考える。

麻里奈が興奮気味に

「凄いじゃん!いつからよ」

と詳しい話を急かす。

日吉は「今度な」とかなんとか言って自分の席に帰って行った。

もしかしたら京子先輩の方が周りにあんまり言わないで欲しいタイプだったのかな、と予想してみる。

作業に戻った日吉の後ろ姿を眺めると、気のせいか少し耳が赤いような気がした。


こちらを振り返ったまま麻里奈は

「空知ってた?」

と確認してくる。

「うん、まあ」

実際のところ私がそれを話してもらったのだってごくごく最近のことだ。しかし何かしらのプライドが邪魔してそれは言わないでおいた。

「やっぱ空はちょっと特別なんだね」

なんて、麻里奈が感心したように言うから「いやいや、私だってつい最近まで知らなかったよ」と結局口に出す事になった。

自分は優越感に浸りたかったらしい。


志乃ちゃんが「いつからなの?」と小さな声で聞いてきた。

「詳しくは知らないけど、ほんとに直近の話みたいだよ」

私の返答に「そうなんだ」とぼんやり口にしながら志乃ちゃんは日吉の背中に目をやった。


私を挟んで麻里奈と志乃ちゃんが

「全然知らなっかたよねー」

「だよね」

「でもお似合いな気がするわ」

「たしかに」

なんてだらだらと話している。

ここでも私の意識は準備室にあった。

この会話もきっとそこで聞いているだろうから、この前私が話した“彼女が出来た友だち”の正体にも気づいたはずだ。

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