第13話 友だち

校舎内に入り、この前のようにこのまま美術室に向かいたいところだったが、今日の日吉は何か突っかかってきそうな気がしたので並んで教室に足を運ぶ。

後ろのドアから教室に入るとすぐ、麻里奈たち三人が固まって談笑していた。今日はきちんと課題を終わらせているようだ。

「おはよう」と声をかけ、話題を振られる前に自分の席にそそくさと移動する。

鞄を置くと、中から紙袋を取り出し、前のドアから教室を出た。


一段飛ばしで階段を上がり、すぐに美術室あるフロアに到着する。

周りに人がいないことを確認し、まずは美術室のドアに手をかける。やはり施錠されておらず、少し力を入れると横にスライドした。

ドアを閉めてから準備室へ。

机の間を抜けて扉手前に到着すると、約束通りに五回ノック。

コン、コン、コン、コン、コン。かちゃ。

扉がゆっくりと引かれる。それが止まるのを待たずに、私は軽く押して顔を出した。

「おはよう、漫画持って来たよ」


今日は予め敷いてあった座布団(段ボール)に腰を下ろす。

紙袋を差し出すとカズはそっと受け取った。

向かい合う形で座り、それぞれの座布団の隙間にカズがもう一枚段ボールを敷いた。そしてそこに今渡した二冊を広げた。

カズは物珍しそうに表紙を眺めている。

「あ、戦国時代とかの話なんだ」

百々ひゃくひゃくこと『百戦百勝の百子ひゃくせんひゃくしょうのももこ』の表紙は、着物姿の主人公の百子が大きくドンと描かれている。

「学園系なのかと思ってたよ」


真っ黒で艶のある髪の毛を頭のてっぺんで結い、勝気な顔をした百子を眺めてカズは続ける。

「なんか、これ、あの子に似てるね」

「誰?」

カズの口から誰の名前が出るのだろう。私の知らない対人関係が、やっと垣間見えるかもしれない。

なんて思ったのだが。

「空の隣の席の子だよ。志乃ちゃん」

表紙に視線を落としたまま、そう彼は言った。

「似てないよ、全然」

「そう? 後ろ姿しか見てないけど、あの子の髪、こんな感じだよね」


美術の授業を準備室の隙間から眺めているカズは志乃ちゃんの顔をよく知らない。

志乃ちゃんはこんな強気な雰囲気は全くない。むしろ、か弱そうな感じ。

大きな目をいつも伏目がちにしていて、細く長い睫毛と広い二重幅に見とれてしまう。守ってあげたくなるような容姿をしているなと思う。

「読んでみなよ、全く違うから」

そう言って私は漫画をカズに押し付けた。

カズはそれを受け取りながら、

「そう言われても志乃ちゃんのことそんなに知らないからなあ」

とこぼしていた。


漫画をパラパラとめくる様子を眺めながら、

「カズの友だちの名前が出ると思ったんだけど」

と、さっき思った事を素直に口に出す。

「えー、友だちいないんだもん」

困ったように笑ってカズは漫画をパタンと閉じた。

「教室行ってないからでしょー」

「はは、正解」

乾いた笑い声が準備室に少し響く。

そりゃあ、ずっとこんなところにいたら、友だちなんてできるわけがない。

実際のところどれくらいの頻度で出席しているのかはわからないが、それを聞くのはためらわれた。

きっと、こういう話はカズはうまく流す。短い付き合いだが、何となくわかる。


「友だち、空しかいないようなもんだよ」

カズは屈託なくにこにこと笑った。

……誰か紹介しようか?

喉から出かかったその言葉は口にすることはなかった。

せっかくの私とカズの時間を他の人に割かれると思うと、素直に嫌だと思った。

私だけで充分でしょう?



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