第12話 惚気
基本的に寝起きの悪い私だが、今日は目覚まし時計の一回目のアラームで目が覚めた。
いつもは起きる十五分前から五分おきに鳴るように設定しているアラームの三回目で起きている。祖母には「起きないなら鳴らさないの」と毎日のように言われるのだが、二度寝するためにわざとしているのだからやめられない。
二度寝ってなんであんなに気持ちいいのだろう。朝が来た、と頭がぼんやりと認識するにも関わらず、一瞬にして瞼は落ち、夢の中に戻ってしまう。
「おはよう、空ちゃん。最近早起き多いねえ」
ママは夜勤の多い看護師なので、朝は基本祖母にしか会わない。
パパは昔からの夢だったという小さなレストランを経営しており、収入が少ない分ママが補っているようだ。
その分家事をママよりもしているし、パパのご飯はとても美味しい。
「おはよ。ばあちゃん、蜂蜜どこに置いた?」
祖母に差し出された蜂蜜をヨーグルトにトロトロと落とす。
もう何年も朝食は基本これだ。
朝はギリギリまで寝たいから、起きて二十分で家を出る。
麻里奈たちには驚かれるが、用意はそれだけあれば充分に終わる。
まあ優先順位は人それぞれだと思う。麻里奈は「早く起きないと目がむくむから」などとよく言うし、容姿を整えるのに時間を費やしているようだ。確かに、丁寧にアイロンをかけた後横で一つにまとめられた髪も、均等に配置されたシースルーの前髪も、綺麗な二重幅も、数分では作り上げられないだろう。
「いってきます」
漫画の入った鞄をひっつかんで飛び出す。
少しでも準備室での時間を増やすため、坂の合流地点までは小走りだ。
いつもの曲がり角に差し掛かると、私は足を止めた。
「あれ、今日も早いんだ」
いつものように電柱の辺りに日吉の姿が見えたからだ。
「だって最近空早いじゃん」
坂なので必然的に落ちる私のスピードに合わせて日吉も足を動かす。
最近整備された坂道を踏みしめて歩く。
合わせてくれなくていいのに。
その言葉は何故か喉から出てこなかった。
「京子先輩と登校しなくていいの」
日吉は前を向いたまま、「帰り一緒に帰るし」と言う。
口を開かずに喉から出る音で「んー」と相槌を打つ。
「それに空に惚気聞かせねえと」
日吉は口の端を持ち上げて見せた。
「はいはい。まず、私なんにも知らなかったんですけどー」
そう口を尖らせて見せると、
「だって上手くいかなかったらダサいもん」
と向こうも口を尖らせた。
なんで私に対してかっこつけてんのよ、と一瞬思ったが、それだけ本気だったということだ。
「どこが良いの?」
思った事をそのまま聞いたら、雑な質問になってしまったので、
「いや美人だし、人気ある人なのはわかってるよ」
と付け足す。
日吉は「うーん」と首をひねる。
考えた事もなかった、というような態度に意外に思う。
「かっこいいんだよなあ、あの人」
グッと伸びをしながら日吉はそう言った。
私はそもそも京子先輩についてよく知らないから、腑に落ちない。
「そうなんだあ」
「お前、興味ねえな!?」
間延びした私の返事に不満そうな日吉が嚙みつく。
「あるある。それでカズから告白したんだったよね?」
ニヤニヤする日吉に私も笑いながらちゃんと聞いているアピールをした。その瞬間、日吉はスッと口角を下ろした。
え、違ったっけ?
それにしてもそんなに露骨に反応しなくても、
「カズって誰?」
……私の見当違いの想像は日吉の言葉により吹き飛ばされた。
さっきの自分の発言を思い返す。
「私、カズって言った?」
「うん。言った」
「そっか」
「え、なんかねえの」
「あ、ごめん」
「いや、それはどうでもいいんだけど」
お互いに目をパチパチしながら黙々と坂を登る。
どうとでも誤魔化す事はできたはずなのに、変に反応してしまったことにより、カズという人物がただの知り合いではない匂いがぷんぷん漂う。
なんと説明しよう?
「え、彼氏?」
「ううん、友だちだよ」
「聞いたことないんだけど。その名前」
「日吉の知らない友だちくらいいるから」
日吉は「ふーん」と言いながら私の顔を覗き込んだ。
「なに。てか何で私責められてんのよ」
そう顔をしかめて見せると、日吉はやっと表情を緩める。
「確かに。なんか空が浮気したみたい」
はは、と笑う日吉に「ほんとだよー」と合わせる。
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