第9話 趣味
準備室を退出した私はいつもと同じくらいの時間に教室に入った。
私が今来たものと思い込んでいる麻里奈が「相変わらずギリギリですなぁ」なんて声を掛けてくる。そして例によって課題を請求され、私は無心でノートを前の席に差し出す。こんなのでイライラしていたらやっていけない。私は平和主義者なのだ。
一限の用意をして席に戻ると、今日もすぐにチャイムが鳴る。
いつものようにだらだらと長い担任の話を簡潔にまとめる一人遊びをいつものように・・はせずに、先程の出来事を頭の中で反芻する。
やっぱりカズのことは何もわからなかったし、これと言って進展はなかった。
しかし、何故だかハッキリと、また会いたい、と思った。
また明日の朝行こうかな。
いや、さすがに行き過ぎ?
そこで最後に聴いたカズの声を思い出す。
「いつでもいるよ俺は」
いついるのかと質問した際の答えがこれだった。
カズはふざけたような物言いだったが、本当のところはわからない。私をテキトーに扱っているのか、それとも、もしかしたら、また来て欲しいという意味合いだったのか。
いやいや、また来て欲しいはいいように解釈しすぎた。良く言っても“また来てもいいよ”といったところだろう。
なんて悶々としているとあの長いホームルームは終わっていた。
――――――――――――――――
私が会いたいだけであって、向こうがそういうわけでではないんだよなあ。
なんてまた同じような思考に陥っていると、
「私、京都に行くから、来週ちょっと休むわ」
という有佳子の声で引き戻された。
「え、なに?またロケ地巡り?」
すぐに食いつく麻里奈に有佳子は「そんなところ」と返す。
有佳子はわりと熱心に映画を考察したり実際に撮影地に出向いたりすることが趣味だ。
そのことについてはあまり話してこないのでよく知らないが、相槌の上手いコマちゃんにはよく話しているみたいだ。確かに、お喋りな麻里奈は人の話を聞くのが苦手だし、私は麻里奈の話に付き合っていることが多いので必然的にそうなる気がする。
「お土産よろしくね。えっとー京都だったら八ッ橋とか?」
と要求する麻里奈の横でコマちゃんが
「まって、もしかして、来週に京都って、まさか時代祭!?」
と珍しく興奮気味に声を上げた。
「なに時代祭って」
そんなコマちゃんをまじまじと見つめながら問う麻里奈。
「京都の有名なお祭りだよ。江戸時代とか安土桃山、室町、鎌倉…、とにかく8つの時代を再現した衣装を着た行列が見られるの」
コマちゃんはそう息を巻く。
そういえばこの子、歴女みたいなところもあったよな、と意外な一面を思い出す。
この二人はよくお互いの趣味を語っているようだが、私はあんまり聞いたことないなあと今更ながら気付いた。私には熱く語れる趣味がないからかもしれない。
「そうだよ、去年見た映画の舞台が平安神宮でさ。来年は絶対行こうって決めてたの」
同じ熱量で返す有佳子の話に更に食いつくコマちゃん。
「えー!誘ってよお」
「いやそれ歴史ものじゃなくて、アクション系だから。お祭り台無しにされる話だった」
「まじか、それは見なくてよかったわ」
「でしょ?」
「でも時代祭はずっと気になってたから行きたかった!」
「えーごめんごめん、平日だったからさあ、」
いつも平気で学校をサボる有佳子はそう言って笑うが諦めのつかないコマちゃんは「新幹線のチケットまだ間に合うかな」なんてスマホを操作している。
その隣では早々に興味を失ったらしい麻里奈が黙々と箸を動かしながらスマホをスクロールしていた。ちらりと画面を見やると、最近話題のアイドル発掘オーディションが配信されているようだった。
益々盛り上がる二人を横目に、今日も味のしない水を喉に流す。
趣味があるのって羨ましいな。
私が暇な時にすることなんて、SNSを意味もなく眺めたり、無駄に録画したドラマを見たり、少年漫画を読むくらいだ。
無趣味の私からしたら、自分の好きな世界を何も気にせずに追いかける事がとんでもなく楽しそうに映るのだった。
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