好きな人にポンコツヤンデレの更生を頼まれた

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好きな人にポンコツヤンデレの更生を頼まれた


 誘いを断ったのが三回目なのもあってか、追撃の着信音が連続で携帯を鳴らしている。

 俺は少々おぼつかない操作で携帯の電源を切ってしまうと、深いため息と共に教室の前の方にある自分の席に腰を下ろした。

 別に、連絡をしてきた相手が怖いわけじゃない。

 見た目が派手で気が強く、横柄な態度をとることも少なくないが、悪いやつではないと思う。多分。

 やっぱりちょっとだけ怖いかもしれない。

 ただ、この震えのような体の動かし辛さは誰のせいでもなく、俺自身のある覚悟が原因だった。

 今日、俺はこの誰もいない放課後の教室で告白をする。

 相手は担任の八坂やさか美月みつき先生だ。

 一目惚れだった。出会ったその時からずっと彼女のことばかり考えていたと思う。この高校に入学したのだって、八坂先生のためだと言っても過言ではない。

 入学時に行われた、若い教師にとっては風物詩であろう恋人がいるいないの質問。その答えを聞いてから、今日という日を決断するまでに約一月かかった。

 一ヶ月、といえば短く聞こえるかもしれないが、俺は彼女のことをそれ以前から知っていたし、なにより、教師と生徒なんていう隔たりで三年間も待ってはいられなかった。彼女だって妙齢の大人の女性であるし、ぐずぐずしている間に彼氏ができて、その彼氏と結婚までしてしまうかもしれない。

 そうなったら、もう手の届かない存在になってしまう……

 窓から差し込む西日が、俺の顔左半分を鋭く照りつける。

 じんわりと滲んだ額の汗を拭って黒板の上の時計を見上げると、手紙で伝えたはずの約束の時間は既に過ぎていた。

 だいぶ日も落ちてきているけど、先生はまだだろうか。

 振り返り、開けっ放しの扉を確認してみても、やはり誰かが顔を覗かせているようなこともない。

 …………あれ?でも確か、入ってくる時に締めたよな?

 教室の前の方、黒板の近くにある扉は最初から閉まっている。俺が入ってきたのは、もう片方の教室の後ろの方ある扉だ。

 教室に残っているのをなんとなく見られたくなかったから、意識的に閉めたはずなんだけど……

 気味の悪さを感じて扉を閉めに行こうと立ち上がった直後、何かが足に引っかかった。

 引っかかったなんて言い方は、俺の願望が強く滲んだものでしかない。何故なら、俺は恐怖で全身の体が硬直し、机の下を覗き込むことができなかったから。

 これは、どう考えても掴まれ──


「………大見河おおみかわ、くん。どこへ、行くつもりなの」

「ひあわぁぁぁあ?!」


 俺は素っ頓狂な叫び声を上げながら床に尻餅をついてしまった。

 白い、白い手が俺の足を掴んでる!

 机の下でうごめき、頭をもたげる影。その長い前髪の奥にある、虚な瞳と目が合った。


「あ、あ……」


 言葉に、ならない。『怖い』とか『助けてぇ!』とか、そんな簡単な単語すら形成出来ない。

 ゆらりと動いた影は、


「逃がさな──ひぅっ」


 可愛らしい悲鳴を発してうずくまった。

 どうやらそのまま立ち上がろうとして、頭をおもいきり机に打ちつけてしまったようだった。


「あ、え?」

「…………痛い」


 小柄で色白。濃い黒髪で全体的な長さは肩にかからない程度だが、前髪は流れるように両目の間を通り抜けて口元まで伸びている。

 俺は彼女を知っていた。


「……もしかしなくても八坂やさか、だよな?」


 知らないわけがなかった。八坂先生の妹で同じクラスの女の子、八坂やさか奈波ななみだ。

 俺は立ち上がって、腰の埃を払いながら彼女に手を差し出した。


「いい。平気」


 さも何事もなかったかのような声色で、八坂は机の下から這い出ようと立ち上がり、


「うぐっ」


 今度は背中を机にぶつけた。


「ほ、本当に大丈夫なのか?」


 俺の問いかけに八坂はキッとこちらを睨み、頭突きでも仕掛けるような勢いで顔を近づけてきた。


「どういうつもり?」


 それはこっちが聞きたいんだけど、その頭や背中の痛みが俺のせいだとでも言いたいのか。

 そもそも、いきなり机の下から現れるなんていう、B級ホラー映画ばりのテクニックを披露したりして一体何が目的なんだ。

 さっきの俺のアホみたいな悲鳴を無かったことにしてくれよ。


「これ、どういうつもり」


 八坂は同じ質問を繰り返しながら、一枚の紙を俺に向かって突きつけた。


「これって……俺が八坂先生に書いた手紙じゃないか!」

「そう。あの人の下駄箱に入れてあったもの」

「人の手紙を勝手に持ち出した挙句、中を見るなんてあんまりだろ!そもそも、なんで俺が手紙を入れたのを知ってるんだよ」

「いいから私の質問に答えて。ここに姉を呼び出して、どうするつもりだったの」

「そ、それは……」


 愛の告白、なんて言えるわけがない。恥ずかしいというのもあるしなにより、告白しようとしていたのが学校で噂になったら、八坂先生に迷惑がかかってしまうかもしれない。


「進路の、相談とか……」

「嘘」

「嘘じゃ、ないよ」

「普通は進路なんてどうでもいい」


 いや、どうでもよくはないだろう。そのファンキーな価値観を押し付けるのはやめてくれよ。


「まだ入学したばかりだというのに」


 俺の反論を見越してか、八坂はそう付け加えた。


「それは確かにそうだけど、別にいいじゃないか。どんな相談しようと八坂には関係ない」

「本当は告白しようとしていたんじゃないの」


 ドンピシャな指摘に一瞬心臓が跳ねたが、わざわざ動揺して見せる必要はない。こんなのは当てずっぽうだ。


「姉のこと、八坂先生のことが好きなんでしょう。大見河くんはそんな感じだった」

「……たいして長い付き合いでもないのに俺の何が分かるんだよ」

「分かるよ。大見河くんはずっと姉を見てた。そしてその大見河くんのことを、私は見ていた」

「え、それって……」

「私はあなたのことが好き」


 生まれて初めて告白されたと思う。

 美人な先生の妹なだけあって、八坂奈波本人も可愛い。正直言って悪い気はしない。

 可愛い女の子が自分に好意を持ってくれたらなんて、想像したことくらいいくらでもある。

 もし現実でそんなことが起きたら、一瞬にしてその子のことしか考えられなくなって、強制的に両思いになるものだと思っていた。ラブコメ物なんかでも、美少女の告白を断る展開があったりするけど、そんな勿体ないことをするやつの気がしれないと、今この時までは思っていたんだ。


「嬉しいけど、八坂の気持ちには答えられない」


 熟考はしなかった。半ば反射的に答えてしまったと思う。


「…………どうして?」


 少し間があってから、絞り出すように彼女は問うた。そして続けざまに、


「あの女のどこがいいの?どうして私じゃダメなの?」


 実の姉に、“あの女”ときたか。問答無用で断ったせいで八坂を怒らせてしまっだろうか。


「……八坂先生は素敵じゃないか」

「美人で性格とスタイルが良いだけの女」


 十分じゃないのか。


「でも大見河くんのことを生徒の一人としてしか見てない。私は違う。私は大見河くんのことが好き。私が一番あなたのことを想ってる。初めて出会った時からずっとずっとずっと」


 八坂は興奮気味に捲し立てた。

 少し怖い。


「お、落ち着いてくれよ」

「ねぇ、私を受け入れて。大見河くんも私のことを好きになって」


 無理矢理一方通行な愛の受け止め方を、俺は知らない。上手いかわし方も分からない。

 たとえ俺自身が彼女と同じように重い片想いをしていても、いや、だからこそ、彼女に曖昧な返事は出来なかった。


「ごめん、それは無理だよ。さっきも言ったけど、八坂がその、俺に好意を抱いてくれていたのは本当に嬉しい。でもね八坂、俺は他に好きな人がいるんだ。相手は……もう分かってると思うけど」

「…………そう」


 彼女は一言だけ呟き、俯いて動かなくなってしまった。

 なんて声をかけたらいいか分からない。下手に俺が慰めても、彼女を傷つけてしまうだけかもしれない。

 少し薄情かもしれないとは思いつつも、俺は机の脇にかけてあったスクール鞄を手に取った。


「……待って」


 そう言って八坂は、制服のスカートのポケットから何かを取り出した。


「これ、何かわかる?」

「なんだそれ?文鎮、じゃないよな。え、もしかしてアーミーナイフか……?」

「当たり」


 握れば手からはみ出るくらいの大きさの黒い塊。俺が一瞬文鎮と見間違えたのは、そのやいばが未だ折りたたまれている状態だからにすぎない。


「待て待て待て!どうするつもりなんだよ、それ?!」


 俺はとっさに距離を取ったが、彼女もその分にじり寄ってくる。


「逃がさないって言ったでしょ。あの女の所へは行かせない」

「行かないよ!今日はもう帰ろうとしてたんだ!」

「今日“は”?明日は会うんですね」

「それは仕方ないだろ、担任教師なんだからっ」

「そう。もう大見河くんはどこへも行かせない。永遠に私だけのものにする」


 八坂はゆっくりと俺に近づきながら、アーミーナイフのをとり出そうと、


「あ、あれ?」


 とり出そうとしているがなかなか上手くいっていない。


「ん、んんっ」


 無理矢理隙間に爪を食い込ませたようだったが、


「痛っ、爪がぁ……」


 結局爪が少し欠けただけで、刃は表に出てきていない。アーミーナイフは黒い塊のままだ。


「えっと、とにかく俺帰るから……」

「動かないで。これが見えないの?」


 八坂はなんの変哲もない文鎮以下の代物を、俺に向けて脅そうとしている。


「見えてるし、何も怖くないよそれ。刃が出せないんだろ?」

「……出せなくても、これであなたを撲殺します」


 無茶言うな。

 そんな軽そうな物で俺が死ぬまで殴り続けるなんて、ある意味よっぽど猟奇的過ぎる。


「無理に決まってるだろ」

「なら、何も使わずに仕留める」


 素手で人を殺めるとか、殺しの達人かよ。

 ──直後、八坂は俺にタックルをかましてきた。

 突然のことに驚きはしたが、女の子の非力な突進だっため押し倒されたりはしなかった。しなかったのだが……


「お、おい離れろって!」

「い、やっ」

「くっ、小さいくせにどこにこんな腕力が……!」


 小柄な彼女を引き離すことができない上、女の子相手に暴力を振るうこともできず、数分の取っ組み合いが続き、やがてこちらの方がバランスを崩してしまった。

 周囲の机を巻き込みながら、俺は背中から受け身も取れずに床へ倒れた。


「うっ……あ」


 衝撃で一瞬息ができなくなる。


「お、大見河くん……!」


 八坂は馬乗りになりながら、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ご、ごめんなさい。大丈夫?」

「いつつ、自分でやっておいて何を心配してるんだよ……。俺を殺すとか言ってたくせに」

「あ、うん……そうだった」


 彼女の両手が、俺の首を包み込むようにあてがわれた。けれども力は入っていない。優しく、触れているだけ。

 このまま八坂の指が食い込んで本当に命の危険を感じたのなら、流石に荒っぽい手段も辞さないつもりだったが、八坂は俺に乗ったままじっと動かない。

 しばし二人して何故か見つめ合っていたが、


「大見河くん、私……」


 彼女が静かに頭を近づけてくる。


「お、おい」


 彼女は止まらない。彼女の長い前髪が、俺の鼻先をくすぐるところまで来ていた──


「ちょ、ちょっと君達、何やってるの!」


 救世主は、学校一の美人教師だった。


「や、八坂先生、助けてください……」


 俺は思わず先生に助けを求めた。


「奈波……八坂さん!あなたは一体何をしてるの!」


 八坂は俺の上から退くと、先生の方へと歩いて行く。一発触発かと思いきや、無言でその横を通り過ぎた。


「こら、ちゃんと説明をしなさい!」

「……ちょっと、転んだ」

「転んだってあなた、机が散らかってるし、大見河くんだって倒れ込んでるし」

「あ、いえ、大丈夫ですよ」


 俺は立ち上がり、再び腰の埃を払った。


「今日はごめんなさい、大見河くん。また明日、学校で」

「あ、待ちなさい八坂さん!どうせ家で話きくんだからね!」


 先生の追求から逃れるようにして、八坂は去って行ってしまった。


「大見河くん、本当に平気?怪我してない?」

「はい、なんともないです」

「ここで本当は何があったの?」

「あー、その……」


 先生に告白しようとしたら八坂に告白されて、断ったら殺されそうになった。とか言ったら先生は色んな意味で驚くだろうな……


「八坂と喧嘩みたいになっちゃって」

「えっ、あの子が大見河くんと?理由を聞かせてもらってもいい?」

「すみません。それはなんというか、俺の口からはちょっと」

「そう……」

「でも、もう仲直りはしたんで、そこは大丈夫です」


 正直なところ、八坂と和解したとは言い難い。ただ、俺を襲おうとしてた加害的な態度から一変、八坂は最後俺にキスを迫っていたように思う。

 次会った時に、開幕修羅場になることもないんじゃなかろうか。


「それじゃあ、あなたも帰りなさい。もう最終下校時間回っちゃってるよ」


 先生は倒れた机や椅子を直しながらそう言った。


「俺も手伝いますよ」

「いいのいいの。妹が迷惑かけちゃったみたいだから」

「……そうですか。えっと、じゃあ失礼します」

「はい、さよなら。明日も遅刻しないようにねー」


 もう少し先生と一緒にいたかったのに。というか今二人きりだし、いっそこの場で告白してしまおうかな。

 でも、なんの脈略もなくいきなり好きだなんて言うのはなぁ。事前に呼び出した相手と、偶然やってきた相手とじゃ告白の難易度が全然違う。それに八坂のこともあるし……

 一度は決意したはずなのに、なんだかんだと理由をつけて結局想いを告げられないチキンな俺。

 悶々としながら先生の揺れるポニーテールを眺めていると、そのうち先生は机の整頓を終えたようだった。


「ってあれ、まだ帰ってなかったの。もしかして私に何か用事があった?」

「あぁ、いえ。そういうわけじゃ……」

「そう?…………実はね、私の方は大見河くんにお話し、というか頼みごとがあったりして」


 先生は少しばつが悪そうにして、胸の前で指を組んだ。


「いいですよ」


 俺は内容も聞かずに承諾してしまった。いい格好しいが先んじて、口が勝手に動いてしまったのである。

 でも、先生ならそこまで無茶な頼みもしてこないだろう。


「もう、大見河くんったら」


 先生は呆れ笑いな微笑みを見せてから、


「あの子と何かあったみたいだし、嫌だったらもちろん断ってくれて構わないんだけど、よかったら八坂さんの面倒を見てあげてほしいの」

「……はい?」

「あの子ってなんていうか、変でしょ?学校じゃあんまり目立たないけど、大見河くんなら分かるんじゃないかな」


 実の姉の前で頷いていいものだろうか。

 確かに行き過ぎた恋愛情緒を持っていて、過激な行動を取ったりもするが、恋愛本位な年頃の女の子なら一概に変だとは言い切れないのかもしれない。

 でも、学校にアーミーナイフ持ってきてるようなやつだしな。


「はい、変だと思います」

「やっぱりあの子に何かされてたりする?」

「何か、といいますと?」

「ちょっと言いづらいんだけど、私の妹ね、部屋であなたの写真を並べて悦に浸ってたりしてるの。しかも隠し撮りっぽくて……」

「それはまた、なんというか……」


 薄々でもなく、はっきりと感じていたことだけれど、八坂は所謂ヤンデレというやつなのだろうか。


「その上学校ではいつも一人でいて、将来が色々と心配なの。大見河くんが、あの子のことを気にかけてくれたらなと思って」


 はっきり言って嫌だ。八坂とはなるべく関わらないようにしようかと考えていたぐらいなのに。


「……あの、なんで俺なんですか?」

「姉の私が学校で構い過ぎると、依怙贔屓えこひいきみたいになっちゃうでしょ?なにより、あの子が大見河くんをとても気に入っているみたいだから」

「あぁ……」

「それに、私自身あなたのことを特別信頼してるんだ」

「せ、先生が俺をですか?」


 先生が俺のことを特別だと。

 やばい。ちょっと顔が熱いかもしれない。


「だって命がけであの子を助けてくれたんだもの。改めて、あの時は本当にありがとう大見河くん」

「いえ!命がけだなんて大袈裟ですよ。俺なんてたまたま居合せただけですから……」


 あの時のことは本当に偶然だった。

 中学の時、ふらっと立ち寄ったコンビニに不運にも車が突っ込んで来たことがあった。

 コンビニの窓側に居て危険をいち早く察知した俺は、隣りに居合わせた女の子の身をとっさに抱え込みながら庇っていた。そしてその庇った相手というのが八坂奈波だったのだ。

 八坂は庇った甲斐あってかすり傷程度だったが、俺の方はその事故で入院することとなってしまった。そして入院中に、八坂を助けたお礼を兼ねてよくお見舞いに来てくれたのが彼女の姉、八坂美月さんだった。


「たまたま居合わせた相手を助けるなんて、それこそ凄いことだと私は思う。なかなか出来ることじゃないよ」

「そ、そうですかね」


 ダメだ、その照れ笑いを辞めろ俺。

 先生に褒められて思わず口角が上がってしまう。

 先生の俺に対する好感度って案外高かったりするのかな。八坂を後三人くらい助けたら、先生と結婚できないだろうか。


「そんなお世話になった大見河くんにお願いをするのは心苦しいんだけど、あの子に一般常識というか、将来普通に社会生活を送れるくらいの良識を持たせてあげてほしいの。私の言うことは全然聞かないけど、大見河くんの言葉になら耳を傾けてくれると思うから」


 どうしよう。これはつまり、ぼっち八坂の学生生活の支援に加え、ヤンデレな部分の更生そのものを頼まれているわけだ。

 断りたい……

 でも一発目で俺はもう承諾してしまっている。今更それを無しにして、先生をがっかりさせたくはない。


「分かりました、あんまり自信はないですけど。少なくとも人の盗撮はやめるように言っておきます」

「ありがとう大見河くん!」


 この先生の素敵な笑顔だけで、既に色々と報われたような気がした。


✳︎


 学校で面倒を見るとはいっても、八坂とは普段話さない。向こうから喋りかけてくることもない。入学式に俺からした顔見知り的な挨拶以来、日常会話すらしていなかった。

 そこへ昨日のアレだ。八坂が俺に好意を持っていたことよりも、地味で無口な女の子だど思っていた相手からの過激な愛情表現の方に余程驚いたくらいだ。

 今日はあえて八坂の席まで行って朝の挨拶をしてみたが、いつも通りというか、何故か昨日とは打って変わって淡白に返されただけで終わってしまった。

 それでも先生に頼まれたからには、授業のペア分けなんかで八坂があぶれたりしたら必ず声を掛けようと意を決していたのだが、結局ペア分け自体が起こらず、何もないままお昼休みになってしまった。


「おーい、学食行こうぜ」

「ごめん、今日はやめとくよ」


 昼食ぐらいは八坂と一緒に取ろうかと思い、友人である阿部(あべ)の誘いを断ったのだが、


「今日は彼女と二人で飯食うのか」

「え、彼女って誰だよ」

「照れんなって。いつも女連れで一緒に食べてるくせに」


 友人はニヤケ面で俺を小突いて、どこかへ行ってしまった。なんなんだよ一体。

 昼食を取るのはいつも阿部とだし、女を侍らせていたことなんてない。最近仲良くなったから彼のことはあまり知らないけど、変わった冗談を言うやつなのかもしれない。

 そういえば、八坂はいつもどこで何を食べているんだろうか。俺は阿部と教室で過ごすこともあるが、八坂が物を食べているところを見たことがない気がする。

 八坂の動向をうかがうべく彼女の席を見やると、ちょうど鞄からパンと紙パックジュースを取り出しているところだった。

 そんな八坂とふと目が合いそうになり、なんとなくこちらから素早く逸らしてしまう。

 横目にならない程度に視界端で八坂の輪郭を確認するが、彼女はじっとこちらを見たまま微動だにしていないようだ。

 なんだろう。なんでこっちを見ているんだろう。もしかして、食事に誘ってほしいのかな。

 元々そのつもりだったし、と思って席を立ち上がろうとしたところで、


「なんで昨日無視してんの」


 金髪に染まったロングヘアに着崩した制服が似合う女子、金尾かなおに声をかけられた。


「あー、なんか、久しぶり……」

ようが無視するから久しぶりになってんじゃん」


 金尾は苛立ち気味に、髪を耳にかけると小さなピアスがキラリと光る。

 陽というのは彼女が俺を呼ぶ時の愛称で、本当の下名前は陽介ようすけだ。

 久しぶりとは言ったが、金尾と話すのは中学以来かもしれない。


「無視っていうか、用事があったから」

「嘘」

「嘘じゃない。昨日は本当に用事があったんだよ」

「昨日“は”?じゃあ二回も理由なくすっぽかしたわけ」


 なにか、こんな感じのやり取りを最近した気がする。


「なんなの、あたしなんかした?」

「いや、そういうわけじゃないって」


 金尾とは昔からの付き合いで、小学校の頃は男友達のように毎日遊んでいた。しかし、中学に入ってからはお互い遊びの趣味も変わり、一緒にいる時間は少なくなってしまった。それでも、学校では話し友達みたいな感じで仲良くはしていた。

 中学の時の金尾は髪色を明るくして定期的に教師に怒られていたが、高校に入って校則が緩くなってからは見た目の派手さに磨きがかかり、彼女の交友関係も相応にやんちゃな集まりになっていて、なんだか近寄りがたい存在となっていた。


「高校でできた友達と遊んでただけだよ」

「古い友達はもう用済みってこと」

「悪かったって」

「まぁ、あたしも他の友達と遊んだりしてたんだけどさ。でも、せっかく同じ高校に入ったんだから、入学祝いみたいなのやりたいじゃん」

「中学のやつ誘えば?」

「中学のメンツは揃えてもうやったよ。あんたは来なかったけど」

「そうなんだ。じゃあ行けばよかったかな。あ、でも、中学の時に仲良かったやつはこの高校には誰もいないからなぁ……」

「あたしがいるじゃん」

「あぁ、うん」


 金尾、見た目は変わったけど昔のままだ。俺が勝手に意識して、避けてしまっていただけなのかもしれない。


「とりあえず、あたしのこと無視した罰として購買でなんか買ってこいよ」


 本当に何も変わっていない。


「嫌だよ」

「あたしに楯突こうっての」

「従順な俺はもういないんだ。高校デビューなんだ」

「うざ。だったら今日の放課後さ……」

「うおっ?!」

「急になに?話し遮んないでよ」


 今のいままで全く気がつかなかった。左手に惣菜パンの空袋を握り締め、右手に持った紙パックのストローに口をつけながら、金尾の背後に立つ彼女に。

 八坂がなんとも恨みがましい目で金尾を睨みつけていた。


「や、八坂、いつからそこに?」

「……その女、誰?」

「は?お前が誰だよ」


 俺が答える間もなく、間髪入れずに金尾が八坂に聞き返した。

 というか、君ら同じクラスでしょう。知らない訳がないと思うんだけど。


「邪魔だからどっか行って」


 金尾の追撃。


「死ね、金尾……」


 八坂は小声でボソリと呟いた。

 なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか。全く良い印象は持っていないみたいだけど。


「大見河くん。ちょっと一緒に来てほしい」

「あたしが先に陽と話してたんだよね。誰だか知らないけど、さっさと消えてくんない?」


 金尾の方は本当に知らないのかよ。


「彼女は同じクラスの八坂だよ」

「見たことないし」


 そんな訳なかろう。


「……金尾さん。あなたは大見河くんとどういう関係なの」

「ただの友達だけど。それが何?」

「あぁ、そうなんだ。“ただの”友達なんだね」


 八坂は鼻で笑い、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「なんかムカつくな。そういうあんたはなんだっていうの?」

「私は大見河くんの…………大見河くんの友達ですらない」


 八坂は絶望に満ちた表情でがっくりと肩を落とした。

 どうしてそれで、一度勝ち確定みたいな態度を取ったのか理解に苦しむ。


「い、いや。俺と八坂は友達だよ」


 実際に友達かどうかは怪しかったが、元々知り合いだったし、口に出してみれば違和感のある間柄でもないかもしれない。これから仲良くやっていけばいいのだ。


「……大見河くん。うん。今はまだ、私達は友達」


 今はまだ、とか言われても友達以上の関係になるつもりはないぞ。親友にはなれるかもしれないけど。


「高校でできた友達って、もしかしてこいつのこと?あたしの誘い無視してこいつと連んでたわけ?」

「え、いや……」


 俺が否定しきる前に、


「そう。私と大見河くんは毎日一緒にいた。毎日一緒に登校して、毎日一緒にお昼を食べて、帰りももちろん一緒」


 八坂が嘘八百を並べ始めた。


「お、おい、適当なこと言うなよ」

「適当じゃない。嘘でもない。大見河くんが気づいていないだけ」


 ……今まで全く分からなかったんだが、つまりは俺の後を付け回していたわけだ。

 本人が気づいていないのに一緒って言えるかな。ストーキングって言わないか、それ。


「で、でも、さすがに昼飯は一緒だったら気づくだろ」

「私はいつも真後ろで食べてた」


 なにそれ怖。

 阿部の言ってた彼女って八坂のことだったのかよ……


「キモ、ストーカーじゃん。こんな根暗チビの友達やめなよ」


 金尾が汚物でも見るかのような目で八坂を見た。

 

「金尾、そこまで言うことないじゃないか」


 正直、俺もちょっと引いだけども。


「だって事実じゃん。慈善活動じゃあるまいし、友達は選びなって」

「……あなた何様のつもり。大見河くん、こんな金髪ビッチとはもう関わらない方がいいよ。大見河くんまで金髪ビッチになっちゃうよ」


 金尾と関わり続けた末に、金髪ビッチになった自分を見てみたいような気もする。この俺が一体どんな人生を歩んだら、自己の性転換に至るんだろうか。……それとも男のままでか?


「あんま調子乗んなよ」


 八坂の挑発的な言動で、金尾の口調にドスがきき始めた。


「お前こそ、あたしと陽の間にいきなり割って入ってきて、何様のつもりなんだよ」

「金尾さんは知らないかもしれないけど、私と大見河くんは中学の時に知り合ってます。今日いきなり大見河くんに話しかけて、やたら馴れ馴れしくしているあなたの方がおかしい」


 金尾は一瞬呆けたようになってから、その顔はみるみる意地の悪いものへと変わっていく。


「あー、そっかぁ。あたしと陽が小学校からずっと同じ学校に通い続けてる、幼馴染だって知らなかったのかぁ。それなら仕方ないかもねー」

「おさなな……?」

「つーか、中学の時もお前みたいなやつ見たことないんだけど、妄想の中で知り合った系じゃない?あんま思い込みで人様に迷惑かけないほうがいいよ」


 金尾は基本的に身内には優しいけれど、他人というか敵対認識した相手には容赦がない。


「グギギ……」


 グギギて、その怨霊みたいな声はどうやって出してるんだろう。

 八坂が人を呪い殺しそうな顔をしている。


「金尾!だから言い過ぎだってば」


 金尾のあんまりな言いように、俺は彼女を嗜めた。


「なんでこんなやつ庇うの?」

「なんでって、友達だから。八坂もあんまり煽るようなことは……」


 って八坂がポケットから何かを取り出そうとしてる!

 またアーミーナイフなんか持ち出したら騒ぎになってしまう。場合によっては停学になるだろう。先生の頼みを受けた翌日にそんなことになってしまえば、申し訳が立たない。


「こら、八坂!」


 ここは一旦、八坂と金尾を引き離した方がいいかもしれない。

 俺は八坂の手を引いて、教室から走り逃げるように抜け出した。


「ちょっと!…………なんであたしじゃなくて、そいつを引っ張ってくわけ」


 そんな彼女の台詞は、女子二人の言い争いで既にざわついていたクラスの喧騒に呑み込まれ、誰の耳にも届かなかった。



 誰もいない場所を目指して、たどり着いた先は屋上へと続く階段の踊り場だった。

 もしかしたら金尾が追ってくるんじゃないかと思って疾走気味に走っていたため、俺も八坂も少し息が上がっている。

 俺が壁を背にして座り込むと、八坂が崩れるようにして俺の胸元にしがみついた。

 俺の体力と速度で走っていたから、小柄で細身な八坂にはきつかったのかもしれない。


「はぁはぁ、スーハースーハー」


 彼女は俺に寄りかかったまま深呼吸を始めた。


「ちょ、ちょっと何してるんだ」

「息を整えてるだけ」


 起き上がる体力がないのか、それとも変態行為なのか判断つかんな。


「ふぅ……」

「落ち着いた?無理に走らせてごめん」

「平気」

「それで八坂、あんな場所でナイフ出そうとしたりしちゃダメじゃないか」

「なんのこと?」

「とぼけるなよ。ポケットから取り出そうとしていたろ」

「あぁ、これのこと」


 彼女はポケットから黒い物体を引っ張り出した。

 それは以前見た代物よりも大きく、ボトルのように見える。ラベルが貼ってあり、そこには……『墨汁』と書いてある。


「墨汁?なんでそんな物持ち歩いてるんだよ……」

「チャラけたやつらを粛正するため。綺麗に染まったあの金髪を、無様な黒髪に変えてやろうと思った」


 君も俺も黒髪だけど、無様ってことでいいのか。

 先生も言っていたけど、八坂ってやっぱり変なやつだ。


「八坂、どうしてそんなことしようとしたんだ」

「金尾さんが大見河くんと親しげだったから」

「まさか、俺と親しくする相手全員にちょっかいかけるつもりなの?」

「そのつもり」


 俺は大きくため息をついてから、八坂を軽く押し退けた。


「そんなんじゃ、将来本当に好きな人が出来た時に苦労するよ」

「私が本当に好きなのはあなた」


 こちらにその気がないとはいえ、こう面と向かって言われるとどうしてもドキッとしてしまう。


「……八坂のそれは、勘違いだよ」

「どうして?」

「だってさ、俺が言うのもなんだけど、自分を助けた相手を好きになっちゃうなんて気の迷いというか、一時的な物だと思うんだよ。助けられた恩義を恋愛感情だと勘違いしてるだけだ」


 なんとも自惚れで、傲慢な物申しだとは思う。しかしながら、これまで普通の生活を送ってきた自分自身に、飛び抜けて人を惹きつける何かがあるとは思えない。八坂が俺に熱烈な好意を寄せるのは、事故の件が原因としか言いようがなかった。


「勘違いをしてるのは大見河くんの方」

「何をだよ」

「大見河くんが私を庇って抱きしめてくれた時に、もっともっと好きになったのは否定しない。でも、私は言ったはず。初めて出会った時から好きだったって」

「俺らが出会ったのってあの日のコンビニだろ?」

「そう。でも、正確にはもう少し前。私は街で大見河くんを見かけて、それからずっと一緒に歩いてた」


 だからそれ、一緒に歩いてたって言えるかな。

 ということはあれか。コンビニまでついてきて平然と隣を陣取っていたストーカーを、俺は助けてしまったのか。


「……あのな八坂、普通は気になる人が出来たからって後をつけ回したりはしないんだ」


 どうして俺はこんな当たり前のことを言っているんだろう。


「なんで?」

「なんでって、ストーカー行為だからだよ。相手に迷惑だろう?」

「大見河くんは迷惑してるの?」

「別に実害は無いけれども……」

「なら大丈夫」

「全然大丈夫じゃないよ。君、俺の盗撮もしてるでしょ」


 八坂はゆっくりと顔を逸らした。俺が回り込むようにして覗き込むと、再び彼女は顔を逸らす。

 それから俺は、思いつく小言をネチネチと八坂にぶつけてみたが、彼女は伏目がちに黙るだけだった。

 やがて八坂は口を開くと、


「反省した」

「本当に?」

「こういうことは、迂闊に人に知られてはいけないということが分かった」


 先生、この子俺の言うことも聞きませんよ。

 しかしながら、ストーカー活動が本来間違った行為だという認識は持たせられたようだし、更生への小さな一歩と言えなくもないかもしれない。

 しかし、その小さな一歩のために、大きな犠牲を払っていることを俺は気づいていなかった。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのだ。


「あぁ、ご飯食べ損ねた……」


 午後の授業を空腹状態で受けなければならないという事実に意気消沈しながらも、なんとか立ち上がろうとすると、八坂に腕を押さえつけられた。


「どこ行くの」

「教室に決まってるじゃないか」

「金尾さんのところに戻るつもりなのね」

「授業だよ、授業!」

「嘘」


 嘘も糞もあるか。


「次の授業は八坂先生が担当なんだぞ。出なくちゃまずいよ」

「ますます行くべきじゃない」


 八坂はより強く俺の腕にしがみついた。


「離せ!俺は先生の授業に出たいんだ!」

「あの女のところへは行かせない」

「恋愛脳過ぎる!勉強しろよ!」

「午前中に沢山しました」

「午後もやるんだよ!」


 はぁ、ストーキングはやめる気配がないし、授業は平気でサボろうとするし、先生が心配していた理由が身に染みて分かってきた気がする……

 結局、彼女の妨害で授業には出られず、放課後に二人して八坂先生に職員室へ呼び出されてしまった。

 お説教もほどほどに、先生は俺に少し話があるとのことで、八坂は先に帰され俺だけが残る形となった。

 八坂は職員室の扉の隙間からこちらの様子をうかがおうとしていたが、他の教師に注意され閉め出された。


「すみません八坂先生。面倒を見るって言った直後に授業をサボるようなことになってしまって……」

「気にしなくていい、とは教師の立場としては言えないけど、私の方こそごめんなさい。なんだか無理に気負わせてしまったみたいで」


 先生はキャスター付きの椅子に座りながらも、一度姿勢を整えてから謝った。


「いえ、そんな」

「一人でいるあの子と仲良くしてくれるだけでも私は嬉しいから」


 仲良くか。仲良くは出来ているような気がする。八坂の言動に呆れることは多いけれど。


「でも、二人して授業中に密会するくらい仲がいいのも考えものだけどねー」


 含みのある言い方で先生は悪戯っぽく笑った。


「そ、それは誤解ですって」

「ちょっと妬けちゃうかも」

「え……」


 やけるって、妬ける?ファイアー的な焼くとかではなく?先生ってもしかして俺のことを……


「ねぇ、大見河くん」


 先生はからかいの笑みを残しながらも、ふとどこか妖艶な目つきになり、椅子から腰を浮かせて俺の方へと体を寄せた。

 柔軟剤か、それとも彼女自身のものか、フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。

 近い。

 せ、先生、まさか俺と八坂の仲に嫉妬して、こ、こんな場所でキスしたり、とか……?

 今、ここにいる教職員の数は少ない。しかも、各々資料作成や、書類整理なんかでこちらには全く意識が向いていないようだ。

 でも、仮に他の教師に気づかれて八坂先生が無職になってしまっても大丈夫です。将来的に俺が責任持って養うので。

 俺は静かにその時を待った。


「もし、大見河くんがあの子と恋人になったら教えてね。私応援するから」


 先生はそう耳打ちを残して片目を閉じて見せた。

 先生のウィンク、可愛いですね。


「…………いえ、そういう関係になることはないですよ」

「えー、あの子結構可愛いと思うんだけどなぁ」


 先生の方が可愛いですよ。


「でも、八坂のことは嫌いじゃないです。俺自身立派な人間とは言い難いですが、きっと八坂をまともにしてみせます。先生のためにも、先生ために!」


 八坂との可能性をきっぱり否定し、あくまで先生のためだと念押ししてみたがどうだろう。


「ふふっ、ありがとう」


 なんだか軽く流されてしまったような気がする……

 俺は先生の誤解が深まる前に、さっさと八坂が更生してくれればと切に願った。

 先生に帰りの挨拶を終えて、職員室を後にしようとしたところで携帯が振動した。

 金尾からの着信で、通知には今日の放課後の誘い文句が書かれている。これで高校通算四回目だ。

 しかし金尾には申し訳ないが、こちらも四回目になる文言を返さなければならないだろう。

 八坂だ。

 彼女を放ってはおけない。

 金尾の誘いを受けてしまえば、かならず八坂はついてくるだろうし、ヤンデレ行為に拍車がかかってしまうかもしれない。

 どこかで待ち伏せしている八坂の目を掻い潜って金尾と会ってもいいが、実際のところそれは難しいだろう。

 なぜなら八坂は今、扉を隔てて目と鼻の先にいるからだ。なんなら、しゃがんだ状態であることも分かる。

 別に、俺は突然透視能力に目覚めたわけではないし、職員室の扉が透明であるということもない。


「八坂、スカートが挟まってるよ……」


 引き戸を開けると、八坂はビクリと体を震わせてこちらを見上げた。

 耳を戸に押しつけて、聞き耳を立てていたようだ。


「先生の面倒を見るってどういうこと」


 八坂が粘りつくような目つきで詰問してくる。


「なんのことだよ。意味がわからない」

「それはこっちのセリフ。二人で密会する約束もしてた」


 どうせ盗み聞きするならちゃんと聞いておいてほしかったよ。


「なんでもない、多分聞き間違いだ。追加で少しお説教されてただけだよ」


 八坂は訝しげな様子だが、俺はそのまま鞄を背負い持ちにして歩き始めた。しかし、なぜか後ろから足音がついてこない。


「どうしたの八坂。帰ろうよ」

「……え、私が一緒に帰ってもいいの?」

「いいもなにも、俺が気づいていなかっただけで毎日一緒だったんだろ?今更じゃないか。ほら、行こう」

「……うんっ」


 とりあえず今日の成果としては、下校のストーカー行為をやめさせることに成功した。

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好きな人にポンコツヤンデレの更生を頼まれた @handlight

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