#002 とおいくにでは
アラームを掛けなくてもいい日ほど早く起きてしまうものだ。
スマホを手に取るとまるで僕に起こされたかのように画面が付く。通知がたくさん来ているがほとんどは相田からだ。昨日は返す気力もなくご飯を食べた後は眠りについてしまったから。ラインを開いてみるとどれもどうでもいい内容で、すぐに
『特に何もなかった』
『余計な気遣いどうも』
とだけ返した。
六畳の部屋の壁にケースに入ったままのギターがもたれている。サイドテーブルにルーズリーフとシャーペンを転がし、ギターを取り出してまたベッドに腰かける。レスポールのすっしりとしたボディは指でつま弾いてもアコースティックギターのようによく響くから好きだ。手癖を一通り弾いて昨日のことを思い出す。
僕にとって関根さんは何なんだろう。
胸にあるこの気持ちはなんだろう。
メジャーでもマイナーでもないすっきりとしないそんな音のような感情。
まるでコールドプレイのチャーリーブラウンのような、不思議な感覚。
この気持ちを歌にしたら気持ち悪がられるかな。
僕はこの気持ちを大事にしたいわけでは無く、ただはっきりさせたい一心でペンを取った。誰に聞かせるわけでもない、僕の気持ちの決着の為の唄だ。形にすることで、悩むこともなくなる、そんな気持ちで歌詞を書いた。
そして数行のフレーズを鼻歌で歌いながら伴奏を付けていく。歌は横山の役割(ベースボーカルを担当している)だが、趣味で隠れて練習をしているから難しい話ではない。ただコピーしかしてこなかったから自作を作るには知識と経験が不足しているが、そんなことはどうでもいい。自分が満足できればそれでいいんだ。
いい気分で歌っていると力強いノックが響いた。
「朝ご飯できたから食べちゃって!」
母さんはいつもタイミングが悪い。もしくは僕の声と音が大きかったのか。そう思うと急に恥ずかしくなり、どんな顔でリビングに行こうか迷ってるとスマホが震えた。
『昼暇か?相田と駅前のマックで会議するぞ』
横山はいつも急だ。その勢いに助けられている部分は多いんだけど。
『あい』
と返し、リビングにしぶしぶ向かった。
「待たせたな、悪い。」
「誘った張本人が遅刻してんじゃねぇよ。」
「ポテト奢れよな。」
「そういうと思って買っといたぞ。」
会議(という名の雑談会)はいつも二階の、階段から一番遠い窓際の席と決まっている。昼から集まると長ければ21時くらいまで居座ってしまうからなるべく出入りに関係なさそうな端っこにしているが二人はそういう事あまり気にしていないようだ。
「今回は来る10月23日の文化祭で演奏する曲を決めようと思う。」
「んなこたぁわかってるんだよ。」
「先に候補だしといたよ。」
「おお、気が利くな。ありがとう。」
僕らは所謂コピーバンドというものではない。3人でできる好きな曲をやる。だから演出もセットリストも毎回ガラッと変える。
「今回の持ち時間何分?」
「機材転換含めないで30分と部長から言われている。」
「今回結構長ぇ時間もらったじゃん。」
「他の2年生は20分。うちらは特別だそうだ。」
「去年は主役をさらっちまったようなもんだからなぁ。」
定期ライブや文化祭は学年ごとに分数が決まっていて、その中で演奏をするのが毎年のルールになっている。昨年の文化祭、相田の顔の広さと横山の人望のお陰で体育館には入りきらないほどの人が押し寄せた。文化祭は恒例で一番良かったバンドに投票するのだが、ぶっちぎりの投票数で1位を手に入れた。1年で1位になったのはうちらが初だと顧問の竹内先生は褒めてくれたけど、3年生の何とも言えない顔が今でも思い出せるくらい焼き付いてる。
「前回は15分できつきつだったもんなぁ。それで3曲だろ?MCもまともにできてなかったし。今回は余裕を持ってできそうだな。」
「曲数は5曲で考えてる。候補を見させてくれ。」
ルーズリーフにはできる曲、やりたい曲を二人でとりあえず出したものが書いてある。現実的に無理でも、とりあえず好きな曲挙げてみるってやり方だ。
「女性ボーカルや洋楽は俺にはできんぞ。次から省いて書いてくれ。」
「でも1年の時メリーミーやったじゃん」
「エルレは勢いでいけるからいいんだ。エドシーランとか書かんでくれ」
「ああそっか、英語で歌詞を書けばいいのか。」
言った後、ハッとなった。二人も僕を見ている。
「あ、いや、特に意味はなくて。」
「意味はあるだろう。」
「何隠してんだよ。」
二人の圧が凄すぎて僕はしぶしぶ話した。からかってくるだろうと思っていたがそんな事はなく、二人は真面目に聞いてくれた。
「ならその曲、文化祭でやろう。」
「いいじゃん初オリジナル!フレーズ考えねぇとなぁ。」
「でもまだまだ出来てなくって、間に合うかどうか…。」
「あと3か月あるじゃないか。いけるだろう。」
「よし決まりだな!あとは他の曲をどうするかだなぁ…」
半ば強制で決まったが、僕は自分の曲がライブでできる嬉しさと恥ずかしさと不安でごちゃまぜだった。でもはっきりわかるのは、はやく続きを作りたいという事。
「夏休みに入ったら合宿もあるから、そこで一気に詰めよう。」
「楽しみだなぁ。女子の部屋着姿。」
「おいおい。」
その後はいつものように雑談をし、店員さんの白い眼をよそに帰った。
帰り道に、参考になればといろんな曲を聞いた。僕の曲はどんな曲になるだろう。
しっとりとした、でも自然と拳が上がるような、オアシスのドントルックバックインアンガーのような曲が良いな。
空を見上げると星が忘れていたかのように急に眩しく瞬いた。そんな事さえ歌にしてしまいたくなる。もしかしたら、これは一種の病気なのかもしれない。
こころのおと ひとつき @hit0tsuki
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