こころのおと
ひとつき
#001 いいかげん
『夢』
黒板に書かれたその文字は綺麗すぎて、なにも考えていないことを否定するかのような目で見てくる。
僕は今はただ、今を好きに生きたいだけ。
それ以上は何も望んでいない。
強いて言うなら・・
「では来週のホームルームで回収するから、用紙の種類は何でも良いから書いてくるように。よろしく。号令。」
「起立、きをつけ、礼」
「さようなら」
「高橋君の夢は何なの?」
ああやっかいな人に絡まれた。
「教えるほど大したものじゃないよ。部活あるから行くわ。」
「えー、けち。」
少し首筋に汗をかいた。男女という区分にすら順応できないから未だに可愛かろうがそうでなかろうが顔さえ見れない。足早に廊下に出て部室に向かうけど、別に急ぐ必要はない。逃げたいんだ、この得体の知れない気持ちから。
席が前後というだけで絡んでくる、ただそれだけの関係性。友達が多いわけでは無いが別に求めているわけでは無い。ましてや女なんて以ての外。だから正直迷惑以外の何物でもない。絡むなら他の沢尻のようなイケてる男子にいけばいい。
。。。
そう思いたいだけ。
「今日の高橋の演奏、勢い無くねー。」
「あ?そんなわけ。。。いや。。。」
「どうした?なんかあったのか?」
「べつに。」
「今日はこの辺で終わっとくか、飯でも食いに行こう。」
メンバーにもわかるくらい、僕の頭の中はさっきの黒板の文字にかき乱されている。いつもならミスなく出来るチョーキングも半音上がってしまった。
「ごめん。」
アンプを片付けながら独り言のように漏らす。
「好きな人でもできたか?」
「ちげえし。」
「横山しらねえの?高橋、関根さんと付き合ってんだよ。」
「はあ!?」
「そうなのか、それは知らなかった。じゃあ振られたか?」
「付き合ってねえし、相田も変な嘘つくな。」
「だって関根さんといっつも楽しそうに話してんじゃんか。」
「それは意外だな、高橋は女子苦手と聞いてたから。」
「向こうが勝手に話してくるんだよ。そんなことより次のライブの新曲、、、」
関根さんから向けられている感情が悪いものではないことはなんとなくわかる、けど問題はそこじゃなくて、それは僕と周りにある。関根さんから僕がどんな風に見えているか、どんな顔して話せばいいか、変なこと言って傷付けてしまわないか、周りから勘違いされてないか。
僕が周りからどう思われてもいいけど、関根さんが僕なんかとつるんでマイナスイメージになってしまうのは嫌だ。僕なんかのせいで華やかしい高校生活が台無しになるのはよろしくない。
『横山と相田と飯食ってくる、夕飯いらない』
昇降口で二人を待ってる間にいつも思う。ベースやドラムは機材が少なくていい。自転車の籠にエフェクターケースは入らないから部活の日はいつも歩きだ。二人が自転車を取ってくるこの長くもなく短くもない時間は余計なことを考えさせる。
「高橋君、なにしてるの?」
「え?あ、いや、横山と相田を待ってる。。」
「そうなんだ、私も部活終わって帰る所なんだ。」
「そっか。」
言葉が続かない。何話していいかもわからない。
「ごめん待たせた。」
「お、関根さん部活終わり?」
救世主のような声が聞こえる。
「そうなの、これから帰る所」
「高橋、夜道は危ないから駅まで送ってあげなさい」
「俺ら新しく出来たラーメン屋行ってくるから」
「え、僕も行くって」
「高橋遅えじゃん、駅からも少し遠いし。じゃ、関根さんまたらいしゅー。」
「関根さん、さようなら」
二人の後ろ姿が遠くなるにつれ首筋にまた汗をかく。
「ごめんね、私のせいで。。。」
「そんなことないよ。。。とりあえず歩こうか。」
「うん。」
「それで、みーこが急に佐久間先生に言うわけ。『やっぱりみそ汁にはしじみが一番合います』って。今まで散々目玉焼きに何を掛けるのが一番良いかの話してたのに」
「手芸部って雑談しかしないの?」
「そんなことないよ!ただ休憩の時間が長いだけ。それでね。。。」
僕の心配をよそに関根さんは絶えること無く話し続けていた。僕がいつも逃げていたせいだが、普段はよく喋る子なんだなと改めて思った。同じクラスだが、休み時間はいつも相田のクラスに行ってるし、放課後は部室かバイトに直行だから。授業中の関根さんしか知らなかった。
「そういえば高橋君の夢って何なの?」
「だから大したことないって。関根さんの夢は?」
「私の?私はね、小さいころから保育園の先生になるのが夢なんだ。年長の時の先生が凄い優しい先生でね、こんな先生になりたいなってずっと思ってるんだ。」
「関根さんは堂々と言える立派な夢があって偉いよ。」
「そんなことないよ。そういえばその先生、お昼寝の時いっつも歌を歌いながらトントンしてくれててね。ふんふんふーんふふーんって。」
「ジョニーナッシュのI Can See Clearly Nowだね、子守歌にしては斬新。」
「うそ!これでわかるの?ロックやってる人は違うねー。」
「少し馬鹿にしてるでしょ」
「そんなことないよ、私音楽疎いんだけど最近はどんなのが流行ってるの?」
「流行りはあまり聞かないけど、BUMPが新しいアルバム出してさ。COSMONAUTってアルバムなんだけどこれが名作で、特にセントエルモの火って曲が好きなんだけどこれはボーカルの藤原とドラムの升って人が富士山登った時の話が歌詞のベースになってて。2番からリズムが複雑になりつつ盛り上がってくる感じが。。。」
言いかけてハッとした。関根さんの顔を見たら困ったような表情だった。すぐにやってしまったと気付いた。
「ごめん。話過ぎた。そこまで聞いてないよって感じだよね」
「ううん違うの、高橋君がたくさん話してくれてびっくりしたっていうか、でも嬉しいっていうか。いつもさらりと躱されるから。」
「僕地味で暗いから、仲良くすると他から変な目で見られるよ。それより沢尻とかああいうやつと仲良くした方が良いんじゃないかな。お似合いっていうか。」
「高橋君は地味でも暗くもないよ。私が話したいから話してるんだよ。去年の文化祭の中庭で演奏してる姿みて、すごいかっこいいって思った。話してみたいなって思った。だから一緒のクラスになれてとても嬉しかったの。迷惑ならもう話しかけないけど」
「別に迷惑ってわけじゃないけど。。。」
僕は関根さんの事をどう思ってるんだろう。今の関係性が丁度良い気がする。でもかといって心地良いわけでは無い。どうにかしたいわけでもない。
いろいろ考えてるうちに駅のホームにつながる階段についてしまった。
「高橋君の話聞けて嬉しかった。学校でも話してくれると嬉しいな。送ってくれてありがとね。」
「うん、でもなんで僕に拘るの?」
「もう。こんだけ話してるんだからいい加減気付いてよね。じゃ、また来週!」
少し急ぎ目で階段を上がってく。長くもなく短くもないスカートは余計なことを考えさせる。振り返って手を振る関根さんにどうしていいかわからず、ぎこちない会釈だけ返した。
「夕飯いらないって言ったじゃない!ご飯も食べずなんでこんな時間になるのよ!急いで支度するからお風呂入っちゃいなさい!」
結局帰ってくるのが19時になってしまった。ギターを肩から降ろしてベッドに倒れこむ。疲労が心なのか身体なのかわからないけど、身体が重いのは確かだ。スマホを見ると相田からラインが入っていたがどうせ冷やかしだろうと思い内容を見る前に閉じた。
僕は関根さんの事をどう思ってるんだろう。
この気持ちはなんて言うんだろう。苦しいけど温かく、鋭いけど柔らかい気持ち。
きっと言葉にできないものをミュージシャンは音に乗せるんだろう。僕にもできるだろうか。僕の夢は
「早く!お風呂に!入りなさい!」
考えるのをやめて仕方なく身体を起こした。風呂から出たら柄にもなく歌詞でも書いてみようか。そんでメロディでもつけてみようか。ついでに出された宿題でもやろうか。気力があれば。
つづく
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