モデルとなったのはオスマン帝国時代の海軍でしょうか。
あまり知られてはいませんが、奴隷や海賊が総督に上り詰めることがざらにある、ロマンの時代です。
そんな時代の魅力をを独自の言語のリズム感とセンスで紐解き、クリエイティブに編み直した本作は、たとえその時代を知らずとも、これが大胆なフィクションとリアリティのもとに書き上げられた架空の年代記の一節であったとしても、のめり込ませるインパクトがあります。
一エピソードの前後を挟み込む詩情と結句がまた趣深くて良い感じです。
ただこの一戦に全知識と全神経を注入していることがひしひしと伝わってくるほどにパワフルな、『大スペクタクル短編』です。
この人の引き出しはいくつあるんだ!?
私は『コーム・レーメ』が大好きなのですが、再び「架空の世界の歴史にまつわる物語」を書いて、ここまでの完成度を打ち出してくるとは……。
コーム・レーメは歴史という大きなうねりの中で出会った、ある女性たちのお話で、舞台となる国家の歴史も非常に精緻なものでした。今作はその強みを最大にいかした戦記物・群像劇なのですが、舌を巻くのは世界観の完成度――、
それ以上に、情報の整理と管理能力の高さです!
たった二万文字の中に、大量の人物とその思惑、さまざまな作中の歴史事項があるのに、ほとんどつっかえることなくスルスルと飲みこめてしまう。
これは個人差もあるとは思いますが、作者が世界観の隅々までを把握し、きちんと全体を見通して微調整しなければ、こうもスッキリと分かりやすく、かつ全体が有機的につながった作品には仕上がらないはずです。
なんというか、複雑怪奇なパズルがみるみる組み立てられるのを見るような驚きがありました。そして、そのような器用さ一芸というわけではなく、血の通ったドラマもまた存在するから凄まじい。
ラシードの「神は認めるだけだ」というくだりには、その信念に胸を打たれました。
それにしても、気がかりなのはルイのその後ですね……。時代背景的に、絶対ろくでもないことになっていそう……。