第五章 とある共犯者の告解
5
「……なんてね」
真っ暗な病室の中ひとりうそぶく。たとえVIPルームとて消灯までは自由で無い辺りは流石病院。一定のラインで患者を平等に扱ってくれるのは頭を冷やすのにちょうどいい。
時刻は午後十時といったところか。普段であれば町中を走り回っている時間帯で、内に込められた運動欲求を発散できないのが辛い。はじめ二日間は腹痛でそれどころじゃ無かったけど、治りかけてくると動き出したくてたまらないのだから困ったものだ。頑丈に産んでくれた両親に感謝するべきか、はたして。
「……」
流石の私も今動けばどうなるかは想像がつく。アキちゃんと学校生活を再開させるためにもここは我慢のしどころだ。そうなると、持て余したエネルギーは自然と思考へと注がれる事になる。
「……ふふっ、はははははは――」
――私が考える事と言えばもちろん、アキちゃんの事。
「ははははは……ふう……良かったぁ……アキちゃんが本当の(・・・)理由に気が付かなくて本当に――」
――彼女を守って来たかいがあるってものだ。
思考は七年前を辿り始める。
「やあ」
「⁉」
あの日、事件のきっかけとなったケンカ別れをした帰り道で私は一人の大人と出会った。
「君はとてもかわいいねぇ」
「……」
今となってはその人がどんな顔をしていたのか思い出せない。保身として、自分にとって都合の悪い記憶だから曖昧にしてしまったのか、それとも単純に記憶の劣化か……一つ言えるのは、その異常者はスーツ姿で、当時の私の中で「ごくありふれた大人」の姿をしていたために特徴を捉えられなかった事。
そして、
「君みたいな子とおじさんは遊びたいなぁ」
「……っ」
私を塗りつぶそうとする異様な視線。それに当てられた瞬間私は自分がこの世でちっぽけな存在になった気がして……、
「おじさんと遊ばないかい」
「い……」
あの時「嫌だ」と抵抗出来ていたらどうなったのだろうか。乱暴に掴まれて誘拐される? それとも案外騒ぎになる事を怖れて退散してくれた? 今だからこそそんな想像が出来るけど、九歳だった私にそんな余裕はない。大人という圧倒的な存在を前にして私は声一つ上げることが出来なかった。
「ふーん……君はおじさんと遊びたくないのか……」
「うっ……」
何を言っても自分に不利になる。そう思い込んだ瞬間人間には萎縮以外の選択肢は無い。異常者が一歩、また一歩と近づくごとに私は子供ながら本気で死を覚悟した。
「あ、そうだ!」
あと一歩で相手の手が届く、そんな距離になった所でその男は口を開いた。
「君以外にももう一人かわいい女の子がいるね。確か向こうの公園の方にアキちゃんって女の子がいるはずだよね」
そうでしょうマナちゃん。
「‼――」
私達の名前が出た瞬間すべてが終わったと確信した。ニヤニヤと試すようにねめつけてくる異常者。なんてことない風体の男が瞳で「どちらかを選べ」と迫ってくる。ちぐはぐで、ぐちゃぐちゃで、怖くて動けなくて――
「――――――」
自分が何と言ったのか、私は思い出したくも無い。確実に言えるのは私の選択のせいで彼女は誘拐され、記憶と顔を失った。
そして今もあの異常者は捕まっていない。そしてその共犯者たる私も、恐ろしい事にでかい顔をして彼女の隣に収まっている。
私はアキちゃんが戻ってきて、顔を認識出来る能力を失った時、正直言って安心した。頭のツインテールが無ければ彼女は私が誰なのか判別することが出来ない。それどころか、彼女は相手の表情から感情を読み取る事すら出来ない。
目は口ほどにものを言う。異常者もそう。私も……仮に彼女が顔を取り戻した時、事件の真相をごまかしきれるかどうか……。
アキちゃんも、それに蜷川も人を見る目はあるけど根っこのところで善性だ。それこそ「優し過ぎる」と言いたいくらいに。私もまた誘拐犯や一之瀬先輩と同じ異常者。誰かを騙すために体を張る事に抵抗が無いのだから、その意味で彼女たちを責める事はお門違いか。
友達としてアキちゃんを守りたい。この動機に嘘は無い。友情は何よりも尊いもの。一人になってしまった彼女の側にいる事は親友として当然だ。
そして正しい理由と下心が併存することだって人間にはある。私は人のために全力を尽くすし、私利私欲のために自分すら犠牲に出来る。それだけ。
私が彼女の側に立ち続ける最大の理由は監視にある。今は記憶を失っているけど、あの異常者が事件のきっかけを、私が引き金になった事を言わないはずが無い。記憶を失うほどのトラウマを植え付けられた彼女が、いつそれを噴出させるのか、気を付けなければいけないのはその瞬間。
私がアキちゃんと一緒にいられる時間は長く見積もって高校卒業までだ。彼女はその頭脳で志望先である農業を学べる大学に行ってしまい、そして私はそんな分野に興味が無いから自然と道が分かれる。どれだけ同じ時を過ごした親友でも、進学がキッカケで疎遠になる事なんて自然なこと。
私にとって最も耐えられないのは記憶を、事件の真相を知った後の彼女の視線。きっと彼女はあの雄弁な瞳で私のことを責め立てる。長い間親友を続けてきたからこそ、その反転は凄まじいものになるはずだ。
彼女と過ごす中で私は視線というものにとても敏感になってしまった。きっとそんなふうに見つめられてしまったら……私は死にたくなってしまうに違いない。
だからこそ私は彼女の前でツインテールであり続ける。あの髪型は彼女が私を見分けるための認識票であり、視線の避雷針。魅力的過ぎるその視線は、すこし外してもらう程度が好ましいのだから。
「ああ……アキちゃんはかわいいなぁ」
枕元で寝返りを打つすっぴんの私。
口にした言葉は果たしてどちらの私の物か。
まぁ、事実を言っている事には変わりないか。
ツインテールの戒め 蒼樹エリオ @erio_aoki
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