【10-2】

「それは! 『人はいつか死ぬ』っていう決まったことを分かっていて、家族が死んでも何とも思わないのと同じことじゃない!!」

「ユウ」

 朝香は一瞬微かに驚いた空気を見せた。が、それも「ユウが感情をここまで露わにしたこと」に対してであって、それ以上の理由はない。

「……アカリの神社は、寂れていた。信仰心が無ければ存在出来ない、『想い』がなければ存在出来ないと、本人が言っていた。……最初から駄目だったんだ」

「何が『駄目』なの? それでも、納得なんて出来ないと私は思う……!」

 何が駄目なのか。それについては何も答えがない。

 今、ようやくきちんと掴めた。

 朝香が何も変わらないのは。


 悲しくないわけではなく。

「悲しさ」があるにはあるけれど、それ以上に「諦め」が勝っているのだ。


「仕方ないんだよ」

 推測を後押しする、朝香の言葉。

 しかしそれにしたって不思議だ。いくら割り切って諦めたとはいえ、こんなに淡白になれるものだろうか。感情の抑圧を軽く飛び越えている。

 ユウの頭の中は、熱くなるばかりだった。

(だって……だって明は)

 真正面から睨みつける。


 ──『朝香のこと、頼んだ』


(あんなに、朝香のことを思っていたのに)

 簡単に諦められてしまったら。

 明の想いはどうなるのだろう。

「……決めた。私は、どうにかならないか、方法を探す」

「ユウ……」

「明が消えたのは、『死ぬ』とは違うのでしょう? ジンさんみたいに、第三者が消したわけでもない。そもそもなぜ消えたのか、はっきりとした原因も分からないわ」

「だからそれは」

「『想いがなくなったから』? 理由が抽象的過ぎるもの」

「どうすることも出来ないよ。……もうアカリは消えた後だ」

「これからどうにか出来ることがあるかもしれないじゃない」


 ふわっ。


 すると、ユウと朝香の間に影が割り入った。

 秋の入り口、蒸し暑い日にふと駆ける涼風のように。言葉を止める。場を止める。時を止めて、意識を逸らす。ユウも朝香も口を噤んで、今の今まで静かにヒートアップしていたことに気が付いた。

 影……粛然とそこに漂う中世的な顔立ちの付喪神は、二人を交互に見た。

 無機質な彼にしては珍しく、微妙な感情を浮かべている。

「……レン」

 朝香が小さく呟く。カメラからたった今出てきたレンは、小さく首を横に振った。髪の右側に一筋入った白メッシュが揺れる。

 それから、長い前髪に隠れていない左目だけで、ユウを見た。

「……」

 レンの表情は動かない。しかし朝香よりよほど遣りきれない色が伺えた。彼にも思う所がある。それでもユウを諫めている。

「……ごめんなさい」

 小さく口にした謝罪と、写真館のドアベルが鳴るのは同時だった。

 軽いはずのベルの音が、入り込んだ秋風と混ざり合って憂鬱な重さを帯びる。レンはあっという間にカメラの中へ戻り、朝香も客の対応へ向かってしまった。

 一人残されたユウは、暫くそこから動かずにいた。

 その日、一件の代行の依頼がもたらされた。朝香はその仕事を引き受ける。あくまで、いつも通りに。


◇◇◇


 ──方法を探す。


 そう言ったは良いものの、どうするべきか。もちろん本気で口にした決意だったが、勢いと意地で反射的に叫んでしまったのもまた事実だ。

 からららら。

 地面で円状に手を取り踊る枯葉に笑われる。

 渦を巻いて秋風が巡っているのだろう。透けた体の真ん中を、ひらひら落ちる葉が通り過ぎて。ユウはため息をついた。

「……感情的になり過ぎたわよね」

 朝香は代行の仕事を務めて。ユウは明を戻す方法を模索する。

 何も言わずに、自然な流れで、今回は朝香と別行動を取ることにした。

 しかし次に帰ったら、きちんと謝らなければならない。八つ当たりをした、と。

「まぁ朝香は……あのやり取りにさえ何も感じていなさそうだけれど……」

 小さく零して苦笑いした。

 気にしてない、と。本当に気にしていない顔で返される場面が簡単に想像出来た。それだけが少し、悔しい。気にしていないのか。

 明に関しても同様だ。ユウが例え何も成果を持ち帰らなかったとして、朝香は全く意にも介さずまたユウを迎えるに違いなかった。責めることも馬鹿にすることもなく。

 なぜって彼はただの一時も、期待なんてしていないのだから。

(……あれ、またちょっと腹が立ってきたような)

 やっぱり何か癪な気がするので、何かしらは持ち帰りたかった。

 ここまで感情的になるのも、久しぶりな気がする。幽霊になってからは、初めてかもしれない。生前の記憶もなく。孤独に漂ってきて。……誰かと共にいなければ、喜びだって、悲しみだって怒りだって湧いてこないものだ。

 ないものねだりだって。

(手は、尽くしたい)

 すぐには諦めない。静かに心に誓う。

 手掛かりなんて一つも無いが、当てなら一つだけあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る