【8-4】

◇◇◇


 無機物の中は、静謐な環境に包まれている。「中」と言っては、多少の語弊があるだろうか。なぜなら自分は、「中」にいるのではなく「そのもの」だから。

 外の環境とは、基本的に我関せずで生きている。

 無機物として、外のものに影響を与えるわけにはいかないし、与えようともそれほど思わない。ただ彼が自分を必要とすれば、手を貸すだけだ。

 今、ある“ひと”と話す朝香を見つめている。自分は少し離れたところに置かれているので、少し距離を置いたところから。

 その傍らでは、明が身を伏せていた。休んでいるのだろうが、ほぼ眠っているにも近い。彼の元気が無いことは、カメラの付喪神である自分にも分かっていた。

「……レン」

 低く、呟く声。そうして、朝香には聞こえないような声で呼ばれた。

 ので、するりと身を乗り出す。本体から離れる時の感覚は、まさに「窓から身を乗り出す」に近い。

 数回瞬き。明の顔を覗き込む。

 それだけで心配は伝わったようで、「気にすんな」と彼は言った。

「お前はよ……ずっと朝香の隣にいんのか?」

 なぜ今そんなことを聞くのか。分からないが、頷く。

 現時点で、自分の本体カメラが壊れる予兆はない。大切に扱ってさえもらえれば、──次々と新しい機種が登場して、時代には置いて行かれるが──壊れないし、例え壊れても、上手くやれば別のカメラを依り代として生きることも出来る。

 そうか、と明。

「あいつを一人にしないでくれや。ま、レンはオレより前にあいつといたし……言われるまでもないだろうが」

 レンが少し眉をひそめる。

「オレ? オレぁ……有限なんだなって、今回のことで痛感してる。それだけだ」

 力なく口を開けた。と、思えばそれは欠伸だった。

 レンは唇を軽く結び、それから。声の伴わない静かな溜息を一つついた。小さな小さな溜息。目の前の明にも聞こえないくらい。

 ……あの時、ジンに上手く「想い」を伝えられなかったのは自分だ。写真に映る龍姫像に込められた想い。それを届けられなかった。本人に拒絶されていたとはいえ、写真とはそんな程度かと嘆きたくなる。


 想いは脆い。その現身である写真なんて、尚のこと。


 だから不甲斐ないし、遣る瀬無い。

 ジンも明も、なぜここにあるものに気付けないのだろう。カメラであるレンには、こんなにも感じるものなのに。

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